京丁椎さんからのお題
無口な探偵さんの猫探し 前編
ある日、彼――探偵、と言う事にしておこう――の事務所の机の上に手紙が置かれていた。探偵は常に用心深いため、こう言う事は普段なら有り得ないのだが、とにかくそれが現実に起こってしまった以上、受け入れるしかなかった。
彼はその手紙をナイフを使って慎重に開封する。特に罠らしいものはなく、同封されていたのも普通の便箋だった。
探偵はその手紙に書かれた内容を真剣に吟味する。内容は仕事の依頼。詳細は会った時に話すと言うもの。あまりにも怪しい。怪しくはあるものの、裏の仕事ではこう言う方法は別に珍しくもないものだったりもする。
とにかく、鍵のかかった事務所にどうやって侵入してこの手紙を置いたのか、その方法の謎を解きたい気持ちもあって、彼はこの怪しげな手紙の差し出し主に会う事を決意する。
探偵は慎重だ。常に様々な事態を想定して準備する。護身用の武器は勿論、記録用の機器、防弾チョッキなどの防具、その他諸々をしっかり装備して事務所を出る。
待ち合わせ場所はよく猫を見かける事でも有名な小さな公園。彼もよく知っている場所だった。
公園に着くと、いつもは多少はいるはずの利用者が全くいない。時間はまだ朝で、散歩をする人がいてもおかしくない時間帯のはず。
慎重な探偵はすぐに辺りを警戒する。その時間帯に人がいないと言うだけで、彼の緊張感は異様に高まっていた。
「はじめまして」
少女は突然男の背後に現れた。慎重なはずの探偵が背後を取られる。しかも警戒していて少しの気配にも敏感になっているはずの彼が――。
この想定外の出来事に探偵の鼓動は異常なほどに高ぶり、パニックにならないように務めるので精一杯になっていた。
「ちゃんと来てくれたんですね。嬉しい」
探偵の背後を取った少女は、まだあどけなさの残る高校生? それとも中学生? とにかくその辺りの年齢のような見た目の美少女だった。動きやすそうな軽装ではあったものの、それだけで背後を取れるほど、彼も鈍ってはいない。
探偵は、改めて少女の見た目からその秘密を探ろうとする。
「あ、疑っているんでしょ? 安心して、私が仕事の依頼主です」
少女はそう言うと待ち合わせた時の確認用に手紙に入っていた割符のもう半分を差し出した。これが合致すれば本人と言う事になる。当然上手く合致した。
間違いない、彼女が今回の仕事の依頼主のようだ。
「じゃ、話をしましょうか。取り敢えずベンチに座ろ?」
少女と探偵は仲良くベンチに座る。ガタイの良い強面の大男と美少女の2ショット。事情を知らない人がその景色を目にしたら思わず通報しそうな組み合わせだ。
幸い、今の公園には2人以外に人はいない。だからそんな事態にもならないだろう。
少女は名前をみちると言った。勿論それが本名であるとは限らない。ただ、本名でなければならない理由も特にない。取り敢えず、探偵はその名前を信用する事にした。それで、肝心の仕事の内容はと言うと――。
「猫を探して欲しいの!」
仕事内容を聞いたところで彼は立ち上がる。勿論、この仕事に気が向かなかったからだ。百戦錬磨の戦闘のエキスパートがただの猫探しだなんて。
探偵が立ち去ろうとしたので、みちるはそれを止めようとこの仕事の報酬について口にする。
「私から現金はあげられないけど、幸運にはしてあげられる。これってすごい事なんだよ!」
話を聞いた彼は話にならないと歩き始めた。幸運と言う目に見えない報酬に全く興味を惹かれなかったからだ。探偵は安い仕事はしない。ましてや無報酬の仕事など――。
そうして公園を出ようとしたところで、みちるに通せんぼをされる。
「待ってよ!」
さっき背後を取られたのと同じで、今回も全く気配を感じさせる事なく彼女は探偵を先回りしてみせた。足音も聞こえず、存在感すら感じ取らせずに――。その事実に探偵は戸惑い、そうして超自然的な何かの可能性すら考え始めていた。
困惑する彼の表情を見て、みちるはニコッと微笑みかける。
「私、ちょっと仙術をかじっててね。気配を消したり一瞬で移動したり出来るんだ」
二度の想定外の出来事を前に、探偵は彼女の言葉を受け入れるしかなかった。そうして、不思議な力の使い手と言う事実が、報酬の幸運と言う言葉にも強い説得力を持たせていた。
不思議な力を使う目の前の少女に興味を持った探偵は、この猫探しと言う軽い仕事を――すぐに見つかるだろうと言う軽い気持ちで――受け入れる事にする。
「でね、探している猫はこれ」
みちるは猫の写真を探偵に渡す。その写真に写っていた猫は普通の猫ではなかった。しっぽが根本で2本に別れている――所謂猫又だったのだ。写真を凝視していた彼は思わずそれを二度見する。
様々な事件を目の当たりにしてきた探偵でさえ、初めて目にする異形の生物。すぐには信じられないのもまた当然だった。
「きっと初めて見るよね。でも大丈夫、あなたならきっと見つけ出せるから。占いにそう出てたから」
写真に夢中になってその声に我に返った彼が写真から視線を外すと、仕事の依頼主はもうどこにもいなかった。まるで狐につままれたようなその感覚に、探偵は唖然としてしまう。
とは言え、一度受けた仕事を簡単に放棄する事も出来ず、彼は自分の人脈を駆使してこの猫又探しに奔走する。妖怪に関する事件と言うのは闇の業界においてさほど珍しい事でもないらしく、すぐにその手の事件に詳しい関係者に辿り着いた。
「お! 猫又じゃないっすか? レアだなぁ。どこでこの写真を?」
「……」
「え、えっと、じゃあ入手経路の件はいいです。それでこいつを探してるって事ですけど、ちょっとヤバめな案件ですよ……」
探偵のひとにらみでその情報屋は知っている情報を全て教えてくれた。彼の話によると、最近各地で妖怪ハンターが捕獲した妖怪を専門に買っているブローカーが現れたらしいとの事。
その人物は、金持ちの好事家に高値で妖怪を売りさばいているのだとか。
求める情報を得られた探偵が報酬を支払うと、情報屋は脱兎の勢いで彼から逃げるように姿を消した。探偵は対峙した人物を恐怖に怯えさせてしまう自分の纒うツワモノオーラに改めてため息を吐き出すのだった。
得られた情報を頼りに探偵はその妖怪専門ブローカーを探し始める。中々用心深い人物らしくガセネタを掴まれまくりだったものの、地道な調査の末についに本命が潜んでいそうな建物の前にまで辿り着く事が出来た。
「すごいすごーい。やっぱり占いは当たったよ! おじさん、有難うね」
探偵が建物の前まで来たところで、またしても背後から聞き覚えのある少女の声が。気付いた彼が光速の速さで振り向くと案の定、そこにいたのはみちるだった。
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