語部マサユキさんからのお題
思い出の女神を探して ~新幹線で西へ~ 前編
俺は幼い頃に不思議な体験をした。誰も信じてくれないだろうから話した事はないけど、これからも一生誰にも話す事はないだろう。
それはまだ俺が小学校に上る前、幼稚園児の頃の話だ。家の近所に小さな池があって、毎日のように俺はそこで遊んでいた。この時点でオチが分かるると思う。そう、いつものように池で遊んでいた俺は案の定その池で溺れてしまったのだ。
どう言う理由で池に入ったのかとか、理由はさっぱり覚えていない、魔が差したのかも知れない。
とにかく、池で溺れた訳だ。1人で遊んでいたのもあって、そのままだときっと溺れ死んでいただろう。
けど、俺は助かった。池の中にいた誰かに助けられたのだ。普通に考えて人間であるはずがない。彼女は池の底から現れたのだから。美人でグラマーなおねーさん――だったと思う。
今にして思えば、あれは水の女神だったんだ。きっとそうだ。
水の女神に助けられた俺が目覚めた時、そこは自室の布団の上だった。夢を見たんじゃないかって? そんなはずはない。その証拠に、見た事もない綺麗な石を俺はいつの間にか握っていたのだから。きっとこれは水の女神からのプレゼントだったんだ。
ずっと大事にしていたその石だけど、いつの間にかなくしてしまった。物的証拠こそなくしたけれど、今でもあの時の、水の女神に助けられた事はまだしっかり覚えている。きっと永遠に忘れない。
やんちゃ坊主だった俺もそれから15年も経てば立派な大人だ。まぁ法的に大人扱いされるようになっただけで、年齢以外はあんまり胸を張れたものじゃないけど。
そんな駄目大人の俺が道を歩いていると、目の前に猫が現れた。白黒のハチワレだ。どっちかって言うと猫派の俺は当然しゃがみこむ。
そうして、猫に呼びかけながら手を前に出して気を引こうとすると、その可愛らしい顔が俺の方に向いた。
「おっ」
「お願いだ! 助けてくれ!」
「おっ……?」
ね、猫がああ! しゃ、喋っているゥゥゥ! 俺は驚いて腰を抜かす。このいきなりのファンタジー展開に理解が追いつかなかった。
猫はすっくと人間のように2本足で立ち上げると、表情が固まった俺に向かってスタスタとスムーズに歩き始めた。
そうして、側まで来るとペコリと頭を下げる。
「君に頼みがある。どうか我が女神を助けてはくれないだろうか?」
「女神……だと?」
女神と言う言葉に俺は反応する。この猫、女神の関係者、いや関係猫のようだ。当然事情は聞かねばなるまい。俺はずいっと身を乗り出した。
「詳しい話を聞かせてくれ」
この猫、ネルによると、女神は魔王にさらわれてしまったらしい。その魔王を倒せる人間を探していたとの事。いきなりすごいテンプレ展開来たな。
この流れで行けば、当然魔王を倒せるのは俺しかいないってヤツだよ。間違いない。
「私は女神が連れ去られるのを止められなかった。お願いだ、女神の救出に協力して欲しい」
「分かった。任せろ」
「有難う。では、これを君に」
女神の救出をふたつ返事で了承した俺に、ネルは2枚のカードを差し出した。1枚には剣の絵が描かれていて、もう1枚には金貨袋の絵。何とも分かりやすい。
絵を見ただけで大体の意味は分かったものの、一応俺はこのカードの説明を求めた。
「これは?」
「1枚は武器のカード、もう1枚は万能カードだ」
「武器は分かるけど、万能って?」
「簡単に言えばスイカみたいなものだ」
つまり、万能カードを使えば交通費がかからないと、そう言うカードらしい。きっとこれで買い物とかも出来るぞ。なんて万能なんだ。
俺がこの魔法のカードの能力に感動していると、ネルは女神についての話を再開させる。
「残念ながら、連れ去られた女神の正確な場所は分からない……」
「つまり、まずは女神を探し出さないとって事か。その手がかりは?」
俺が話の核心に迫ると、ネルの耳がピクリと動いた。
「君は女神に縁があるはずだ。そうでなければ私の言葉が通じる訳がない」
「まぁ、そうだけど……」
「そのカードは女神の力が込められている。女神が近くにいれば感じる事が出来るはずだ」
つまり、カードを手にした事で女神の近くに行くと感覚でそれが分かるようになったらしい。
こうしてするべき事が分かったところで、俺達はさらわれた女神を探すために駅へと向かった。ネル曰く、魔王はまだ日本の何処かにいるらしい。色々突っ込みたいところはあったけど、強い口調で断言されたのでそれをゴクリと飲み込む。
並んで歩いて駅に向かう間、暇潰しに俺は雑談を試みた。
「このカードさ、ネルが使えば良かったんじゃないのか?」
「猫には使えないんだよ!」
「お、おう……」
この話題がNGだったのか、さっきまで温厚だったネルがいきなりキレてしまう。その勢いに飲まれてつい無口になってしまった。地雷ってどこにあるか分からないなぁ……。
駅に着くまでに、取り敢えずこの近所に女神がいないか神経を研ぎ澄ませてみると――女神っぽい雰囲気がどこかから流れてくるのを感じ取る事が出来た。
この感覚を信じるなら、近くにはいないにしても、確かに日本の何処かに女神はいるっぽい。その方角はどうやら西日本方面のようだ。
と、言う訳で、取り敢えず行くべき場所は確定する。東京より西の何処かだ。
駅についた俺は新幹線のチケット売り場へ。自分の感覚を信じ、まずは名古屋へと向かう。自動券売機でチケットを選んでカードを入れると、そのまま普通に買う事が出来た。この万能カード、本当に使えるんだな……。
新幹線の旅はとても快適で名古屋に着くまでの間、俺はしばし車窓の景色を堪能する。ちなみにネルは俺の隣にちょこんと座っていた。魔法的な力で普通の人には人間の子供に見えているらしい。
静かに車窓からの景色を眺めていたかったものの、ネルの女神話がずーっと続いて、気が付くと名古屋に着いてしまっていた。ネルさん、どれだけ濃い女神推しなんだよ……。
名古屋についた俺達はすぐに探索を開始する。折角来たのだしと、まずは名古屋観光。名古屋城を見たり、名古屋グルメを堪能したり。
十分満足したところで感覚を研ぎ澄ませたところ、女神の気配はもっと西の方みたいだった。
もっと名古屋を堪能したかったものの、あんまりここで長居をするとネルの機嫌が悪くなりそうだったので、すぐにまたチケットを買って新幹線に乗り込んだ。
次の目的地は京都だ。大雑把に移動しながら女神の気配を辿ろう作戦。今のところはいい感じ。
鼻息荒く京都に乗り込んだものの、どうもこの近くにも女神はいないっぽい。ただ、折角京都に来たのだからと少しだけ観光を楽しんだ。清水の舞台とか、金閣寺とか。ま、定番は抑えないとな。
勿論女神を探すふりをしながら歩いたので、多分ネルには気付かれていない……はず。
「京都にもいないとなると、やっぱり大阪だな……」
俺はそれっぽく独り言をつぶやくと、大阪行きのチケットを買った。今回はタイミングが悪かったのか自由席は全て埋まっていて、10分ちょっとの新幹線の旅は立ちっぱなしとなってしまう。
新大阪駅に着いて、取り敢えず降りた俺はホームで思いっきり背伸びをした。
「ふー、大阪だよ大阪。修学旅行ぶりだなぁ」
「お前、観光を楽しんでないか?」
「ななな、何いってんだよ。真面目に探してるって」
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