魔界の王子と契約してしまった件 その5

 体を取り戻した僕は思わず自分の体をベタベタと触る。背中の羽も、悪魔っぽい尖った爪も、指を振ると簡単に召喚出来ていた魔法陣も、悪魔化していた時に出来た事は全て出来なくなっていた。今頃、王子の魂は指輪の中で眠っているのだろうか。

 心の声で呼びかけてみたけれど全く反応はない。今はあまり深く考えなくていいのかも知れない。


「なるほど、こう言うシステム……」

「あれ? 宏樹?」


 僕が玄関前で独り言をつぶやいていると、目を覚ました友達が2階の窓を開けてこっちの方を見ていた。僕ならきっとこの時間はまだ寝ている。早起きだなぁ。

 その友樹はと言うと、本来ここにいるはずのない友達が自宅の前に来ていると言うこの突然の出来事に戸惑っているようだ。や、ヤバイ、なんて説明したらいいんだ。

 こんな時、王子が力を貸してくれたら簡単に誤魔化せられたのに。僕は取り敢えず顔を上げて友達の顔を見ながら手を振った。


「あ、遊びに来たよ!」

「マジ? 嬉しい!」


 特別な言葉は必要なかった。僕らの絆はまだ繋がっていたんだ。僕はそれから友樹に連れられて彼の両親と朝食を共にする。彼らも驚いていたけれど、快く僕を受け入れてくれた。そこで不審に思われないように、手紙を貰って会いたくなって一人旅をしてきたと言う話を咄嗟にでっち上げる。

 朝食後、友樹の母親が僕の自宅に電話をかけていたけれど、王子の洗脳が効いているからきっと上手く話も合うはずだ。


 折角遠くからわざわざ北海道まで来てくれたと言う事で、友樹は朝から僕の相手をしてくれた。具体的には、この地域の案内をしてくれたのだ。


 北海道は広い。だから場所によって印象が全然違う。友樹が越してきたせたな町は映画の舞台にもなった場所で、自然の景色がとても美しかった。色んな場所を歩いてお互いの近況を話し合って笑って――。その会話の中で、今の自分の孤立は話さないように気をつけて、出来るだけ聞き役に徹する。

 この町の事を話す友達の顔はまぶしく輝いていて、それがまるで自分の事のように嬉しかった。


「友樹は引っ越して正解だったよ」

「うん、有難う」


 海の見える丘に2人で座って風を浴びる。何でもない、何気ない時間。だからこそ特別で贅沢な時間。


「北海道すっごいね」

「でしょ」


 僕達はお互いに顔を見合わせて笑い合う。気がつけばいつの間にか夕日が西の空に沈み始めていた。その雄大な景色を僕らはしっかりと記憶に刻みつける。何気ないはずの当たり前の夕景が、特別な一瞬のように感じられた。

 茜色に染まる世界に僕が1人感動していると、同じ景色を見ていた友樹が背伸びをする。


「ここに越してきて良かったよ」


 そう話す親友の横顔を見た僕は、耐えきれなくなってしまった。今しかないと、胸の奥にしまったあった気持ちを勇気を出して告白する。


「あの時は……助けられなくてごめん」

「いいよ、仕方なかったし。それに今日会いに来てくれたじゃん」


 友樹は笑顔で僕の罪を許してくれた。きっと僕が他のクラスメイトと一緒になって無視してしまったあの頃も、事情をしっかり認識してくれていたんだろう。そうでなかったら手紙なんて送ってきてくれたりなんかしない。

 彼のそんな優しい気持ちが分かったから、僕はもうそれ以上この件の事については語らなかった。語れなかった。


 夕日はやがてゆっくりと沈んでいく。空には一番星が光り輝いていた。それは楽しい時間の終わりでもあった。


「じゃあ、帰るね」

「またね。あっ……」


 友樹は昔のように軽く再会を口にして我に返る。そう、そんな簡単に北海道には来れない。普通の移動手段を使うのならば。

 僕は、バツが悪そうな友達の顔を見ながら満面の笑みを浮かべた。


「いや、また来るから」

「うん、じゃあまたね!」


 今の僕は望めば簡単にここに行き来出来る。その秘密を胸に秘めて、僕らは明るく手を振って別れた。友樹はずっと手を振ってくれている。僕は彼が視界から消えるまで道をまっすぐに歩き続けた。

 気がつくとすっかり辺りは暗くなり、満天の星空が僕の地元では見られないくらいの輝きを放っている。


「デビルイーン!」


 周りに誰もいないをを確認して、僕は体を王子に預ける。指輪の中で眠っていた魔界の王子はすぐに僕と体を入れ替えた。


「よく覚えていたな」

(まぁね。って言うか君の力を借りないと家に帰れないし)

「任せろ!」


 王子の転移魔法によって、一瞬で僕は自分の家に戻る。両親は以前の洗脳のおかげで、僕が家にいなかった時間に何の違和感も感じていなかった。

 その後、自室に入ると、王子はそのまま僕のベッドに寝っ転がる。やっぱり昨日の戦闘のダメージが抜けきれていないようだ。


「宏樹、しばらくこの体に宿っていていいか」

(うん、その代わり……)

「ああ、またいつでも北海道に連れていってやる」


 王子は僕と約束するとそのまままぶたを閉じる。次の瞬間、また僕は自分の体に戻っていた。つまり、朝になるか、王子が眠ると元に戻れるらしい。

 魔界の王子とは言うものの、意外と邪悪な存在でない事が分かり、僕はこの厄介な同居人と意外と上手くやれるかも知れないと思ったのだった。



 それからも僕と魔界王子との奇妙な共同生活は続くけど、またそれは別のお話。

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