魔界の王子と契約してしまった件 その4
漆黒の鎌と光の長剣、天使と悪魔の戦いが始まる。特殊な武器同士のぶつかりあう音が夜の北海道の大地に響き渡った。見ようによってはなんて壮大な情景なのだろう。出来ればもっと別の視点で客観的に眺めていたかった。
王子視点から見る天使は自分を殺そうとする気迫に満ちていて、天使の外見にも関わらず悪魔のようにすら見える。戦いを楽しんでいるように見えるのは、僕が悪魔側の視点から見ているせいなのか、それとも――。
魔界王子と天使との実力はほぼ互角のようだった。天使の剣技は王子に上手くいなされ、王子の技もまた天使の剣が上手く防いでいる。もしかしてこれ、永遠に決着がつかないやつじゃないだろうか。
人間と違って簡単には疲れないのか、お互いに全く息を切らせずに際どい攻防は続いていく。
その戦いを心の内側で客観的に見ていた僕は、2人共実は本気を出し切れていないのではないかと感じていた。天使側は相手が人間の体でその心に人間の魂がいる事で本気が出せないように見えるし、対する王子も本来の体ではない人間の体では本当の力が出せないような気がする。
この推測が正しかったのか、派手に剣を振り回して力の探り合いをしていた天使が空中で一旦距離を取って、そのまま武器を構え直した。
「互いに本気が出せないようだな……」
「ふん、お前相手に本気にならなくても」
「強がりは止せ」
空中でのにらみ合いは続く。このままだと本当にずっと決着がつかないのかも知れない。ただ、長期戦ともなれば、僕の体を使っている王子の方が不利になるだろう。そう考えると僕は変に焦ってしまった。
あの異次元武器倉庫の中にもっといい武器はないのだろうか? いや、そんなものがあったら王子はためらわずにそれを選んでいるはず。
どう悩んでも僕は何も出来ないのだから観客に徹した方がいい。いいんだけど――。
にらみ合いが続く中、突然天使の表情が和らいだ。
「そんなお前に朗報だ」
天使は剣を収めると背後から何かを取り出した。不思議な力で空中に浮かぶそれは悪魔の体。ここで持ち出してきた以上、あれは王子に関係したものなのだろう。
「どうした? これはお前の本当の体だぞ」
「くっ……」
「早く本来の体に移れ、お前もその方がいいだろう」
想像通り、天使が持ち出したのは王子の本当の体だった。多分だけど、王子が本来の体に戻れば悪魔の実力が100%発揮出来るのだろう。そうすればこの戦いもまた新たな展開を迎えるのかも知れない。
とは言え、天使側も本気で戦えるようになるのだから状況は振り出しに戻るだけなのかもだけど。
肝心の王子はと言えば、天使のこの提案にすぐに答えを出せないでいた。
(戻らないの?)
「あれは罠だ。戻れば即消滅させられる」
「じゃあ、どうするの?」
やはり王子は天使側の提案と言う事もあって、この話の裏に潜む罠を危険視しているらしい。だからって僕の体を使う限り、あの天使に決定的な一撃を加えるのは無理そうなんだけど。
僕の疑問は、王子の自信たっぷりな笑顔にかき消される。
「あいつはこの体で倒す!」
「愚かな……」
こうして決着のつかないバトルは再開される。魔界の王子といい勝負をする天使は、やはりそれなりの実力者なのだろう。神話とかにも名前が記録されている系の有名な天使なのかも知れない。
漆黒の鎌は執拗に天使の首を掻っ切ろうと狙うものの、簡単にそれをさせる天使ではない。
武技での戦いでは決着がつかないと言う事で、今度は魔法での戦いとなった。お互いに自分の武器をしまうと、ゲームとかアニメで目にするような光線系の遠隔攻撃対決が始まる。
天使側のホーミングレーザー的なエネルギー波を王子はミニ結界で弾き、相手の攻撃が止まった一瞬の隙を突いて右手を突き出してその手の先から魔法陣を出現させ、そこから強力な電撃を天使に向けて放つ。
この電撃もまた、天使の防御結界によって弾かれていた。
物理的な接近戦も魔法的な遠距離攻撃もお互いの力は拮抗している。どうにも簡単に決着は付きそうになかった。
流石に死力を尽くしての攻防戦だけあって、気がつけばお互いに肩で息をするほどに疲弊している。
「はぁはぁ……。流石に強いな」
「ここまで粘られるとは……。想定外だよ」
何かここまで死力を尽くしていたらお互いに友情でも育めそうな雰囲気だけど、天使と悪魔じゃどうなんだろう。同程度の強い力をぶつけ合っているこの状況は、エスカレートしていくと最後はお互いに消滅する最悪の事態しか思い浮かばない。
そんな出来の悪いアニメみたいな最後は嫌だ!
(ねぇ、どうにかならない?)
「お前の力を貸してくれ」
(え?)
「今この体にはふたつの魂が宿っている。うまくシンクロさせれば奴に勝てるはずだ!」
ここに来ての協力要請、こう言う展開って燃えるね。そんな事が本当に出来るかは分からなかったけど、王子の言葉だからきっと出来るのだろう。
どうせこのままだと何も変わらないばかりか、もっと最悪な結果だって有り得るんだ。なら、賭けに乗った方がいい。
僕は一呼吸を置くと、静かに覚悟を決める。
(分かった、やってみる)
「させるかー!」
僕達の作戦を察したのか、天使が焦って突っ込んできた。そのスピードはまるで光の速さだ。少しでも迷いがあればそのタイムラグが致命傷になる。
だからこそ、僕は無心になる。そうして全てを直感に委ねた。
「(シンクロ!)」
ふたつの意識が繋がった時、湧き上がった力はとんでもない万能感を僕に与えてくれた。その瞬間、王子は僕で、僕は王子だった。向かってくる天使がスローモーションに見える。それは勝利への確信だった。
一筋の光のエネルギーと化した天使を僕達は受け止め、鏡のように反射する。天使はそのまま空の彼方に飛んでいった。
「何ィィィッ!」
次に、その光に向けて手をかざす。僕達の手から放たれた魔法は光の先に異空間を発生させ、天使はその空間に為す術もなく飲み込まれていった。空間の出口を閉じて天使の封印はこうして完了。僕達は今度こそ天使に勝ったんだ。
安心したところで奇跡のシンクロは外れ、また僕は心の中の住人に戻る。
(あれ?)
「やっぱりシンクロは一瞬しか持たなかったな」
どうやらこの結末を王子は知っていたらしい。魂が融合した時の高揚感はすごかったけど、あんな状態がずっと続く訳がないよね。
少し残念な気はしたけど、天使は退けられたのだからもうそれで十分だった。
戦いが長引いたせいもあって、東の空が白んでいる。どうやら一晩中戦ってしまっていたらしい。
流石に朝になったら空を飛んでいるのはまずいかもと思っていると、王子が急に急かし始めた。
「早く友を念じろ」
(え?)
「実を言うとな、我は夜の間しか行動出来ぬ。だから急ぐのだ」
(う、うん)
王子が何を言っているのか正直よくは分からなかったけど、朝になるまでに急いで転移魔法を使わなければいけない事だけは理解出来た。
なので、すぐに友樹のイメージ想起を再開させる。親友の笑顔を思い描いた瞬間、一瞬で周りの景色は切り替わり、ある家の前に転移していた。多分この家が手紙の住所の場所なのだろう。
王子はその家の玄関前にゆっくりと着地する。それと同時に朝日が射し始めた。その生まれたての清らかな光を浴びた時、王子の魂は指輪の中へと還っていく。
僕がさっきの王子の言葉をようやく理解した頃、僕の体は僕のものに戻っていた。
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