魔界の王子と契約してしまった件 その3

(あ、悪魔……)

「そうとも、我は悪魔だ。しかも王子ぞ!」


 しまった。悪魔に悪魔って言っても無意味だった。王子はさっきの僕の発言が気に入ったのか、高らかに笑っている。

 しかしどうしよう? このまま僕は一生この悪魔に乗っ取られたまま、体の内側で惨めに過ごすしかないのだろうか。考えろ……考えるんだ。時間だけはたっぷりあるじゃないか。


 僕の体を乗っ取った王子はすぐに何かをするでもなく、ただ空中を漂っている。宿敵を倒しそこねているからまだ警戒しているのかも知れない。何か働きかけるなら、多分今しかない。


 そうだ! 会話が出来るなら、話術で相手の心を動かせないだろうか。昔話で和尚が山姥を懲らしめたように、物理的な力の差はあっても心理戦ならもしかしたら――。

 うん、ダメ元でやってみよう。


(王子は人間界に詳しい?)

「いや、全く」

(じゃあ。僕が人間界を案内してあげるよ)

「ほう?」


 よし、食いついた。魔界王子、案外チョロいのかも知れない。僕は本心を悟られないように、地元の観光スポットを心の中から案内する。ここでしっかりおもてなしが出来れば油断して心の隙が出来るはずと、その可能性に賭けて。


 そうして、まずは地元のグルメスポット、次にゲームセンターやバッティングセンターなどの娯楽施設、最後にいい景色が見られる観光スポットを案内する。あんまり手持ちのお金はなかったものの、そこは魔界の王子、従業員と目を合わせたり機械に手をかざすだけで簡単にフリーパスになっていた。流石は悪魔の魔法パワー。


 王子はどの施設もそれなりに満足したようだけど、最後に案内した地元の絶景ポイントは特に気に入ったようだ。


「ほう、この夜景と言うのも素晴らしいな」

(えっ? 魔界にはないの?)

「そうだな……。魔界の夜景はもっと闇が深い」


 夜景が気に入ったと言うその返事に、僕は一縷の希望を見出す。今がチャンスだとばかりに、思い切って勝負に出た。


(ねぇ、もっと良い夜景があるんだけど)

「よし、教えろ」

(函館って言うんだけど……)


 僕は一か八か、この状態で北海道に行けないかと王子を試す。悪魔、しかも魔界の王子と言うのなら、日本の北の端っこだろうがすぐに飛んでいけると踏んだのだ。


「よし、では念じろ。転移するぞ」


 王子は快く魔法を使う。とは言え、その場所を決めるのは僕のイメージだ。もし間違った場所をイメージしてしまったら、きっと函館ではない別の何処かに着いてしまう。これ、結構責任は重大だ。

 僕は必死に雑誌やテレビやネットで見た函館の夜景を出来るだけ詳細にイメージする。間違えて長崎に着いてしまわないように、間違えて神戸に着いてしまわないように……。


「もういいぞ」


 懸命に集中していたら、王子からの声が届く。どうやら転移は完了したらしい。心の内側から外の景色を感じると……そこには百万ドルの夜景が広がっていた。


(すっげ……)

「このくらい我にとっては造作もないわ。て言うか函館の夜景……すごいな」

(でしょ。僕も生で見るのは初めてだけど)


 目の前に広がる絶景の夜景が長崎とかの他の絶景の夜景ではなく、間違いなく函館の夜景である事は、その地形からひと目見ただけで分かった。僕はついに北海道に来たんだ! 後もう少しで望みが叶う……この後の話の進め方次第で。

 この時、僕は油断していたんだ。大事な事をすっかり忘れていた。


 王子が函館の夜景を堪能していると、ポケットから聞き慣れた呼び出し音が聞こえてくる。誰かが僕に電話をしてきたようだ。王子はすぐに音の正体に気付き、慣れた手付きで電話に出る。


 こんな時に僕に電話をかけてきたその相手は――僕の母親だった。


「返事がないから部屋に入ったらいないじゃない。電気もつけっぱなしにして。今どこにいるの?」

(うわ、ヤバイよ、どうしよう……)

「安心しろ、何の問題もない」


 そう言い切った王子は僕の声色を使って話し始める。


「予定通り旅行に出たんだよ。電気は消しといて」

「あ、そうだったわね。うん、電気は消しとく。旅行、楽しんでね」


 どうやらそれで母親を納得させたらしい。流石は悪魔の洗脳魔法。このやり取りに僕は感心してしまう。


(これでもう大丈夫なの?)

「お前が帰れば洗脳は解けるようにした。これでいいだろ?」

(うん、助かった、有難う)


 心の中でお礼を言うと、心の中がほわっと暖かくなったような気がした。魔界王子、褒められ慣れていないのだろうか。やっぱり案外チョロいのかも知れない。


「ところで、お前の願いは何だ?」

(ここだよ、北海道に来たかったんだ)

「なら願いは叶ったな」


 確かに北海道に来るまでは本当に簡単だった。ただ、本当のゴールはここじゃない。僕はダメ元で要求をエスカレートさせる。


(まだだよ、北海道は広いんだ)

「どれだけ広かろうが、我ならば一瞬ぞ」

(もしかして連れてってくれるの?)

「人間界を案内してくれた礼だ」


 やっぱり言ってみるものだ。今までの観光案内もいい方向に話を進ませてくれた。僕は早速友樹の手紙の住所と、同封されていた写真の風景を強くイメージする。

 それだけで間違いなく到着出来るかは分からなかったけれど、必死で念じた。念じまくった。そのイメージを受け取って王子はまた空間を転移する。


 次に出現したのは、確かにその写真の風景の場所だった。まだ夜だから、もしかしたら違う可能性もあるけれど。その空気の雰囲気が間違いなくここだと訴えている――ような、気がする。初めて来た場所のはずなのに不思議だ。

 悪魔に体を受け渡したせいで、謎の感覚にでも目覚めたのだろうか。


「ここか?」

(多分。でもここは写真の場所だよ。本当に辿り着きたいのは……)


 そう、本当に行きたかったのは手紙の住所、今の友達の引っ越した家の方。確かに同封されていた写真の景色も壮大な北海道を感じるには十分素晴らしいけれど、この景色を僕ひとりで見たい訳じゃない。

 けれど、写真は映像で思い浮かべ易かったけど、住所の文章でその場所に正確に転移出来るものなのだろうか? 一度疑問を感じてしまうと、思いがそこから動けなかった。

 不安な思いは伝播して、王子にそのまま伝わる。


「不安に思うな。その者を強く念じればちゃんと辿り着ける」

(じゃ、じゃあ……。やってみる)


 王子の言葉に僕はハッとする。住所で考えるからダメだったんだ。さっきの函館の夜景も夜景のイメージだけで辿り着けていた。単純に親友を、友樹を強くイメージすれば良かったんだ。

 ここまで来たら魔法の力を、王子を信じよう。


 僕が友樹の姿のイメージをし始めた瞬間、背後から謎の攻撃を受けて空中で停止していた王子は為す術もなくそのまま落下する。


「バカめ! 油断したな!」


 そう、さっき倒したはずの天使がもう復活してきたのだ。場所が北海道に変わったのに現れたと言う事は、天使もまた転移魔法みたいなのが使えるのだろう。急降下した王子は地面にぶつかる直前で何とか意識を取り戻して復帰する。

 そうして、ドヤ顔で見下ろす天使と同じ高度にまで急上昇した。


「味な真似をしてくれるじゃねーか」

「ふん、逃げても無駄だよ。今度は油断しない」


 天使の手には、前のバトルで召喚しそこねた光の武器が握られている。もう不意打ち作戦は通用しないらしい。

 王子もまたすぐに異空間倉庫から武器を取り出し、そのまま臨戦態勢に入った。

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