魔界の王子と契約してしまった件 その2
「な、なんだよそれっ!」
『指輪はもう外れんぞ』
ペンギンぬいぐるみはニヤリと笑う。いや表情は変わらないんだけど、その口調とイメージで笑ったように見えてしまう。焦って指輪を外そうとしたものの、本当に指輪はどれだけ引っ張っても全く動かせなかった。
もう引き返せない。どうやらこの現実を受け入れるしかないようだ。
そんなやり取りがあって、僕は捨てられたぬいぐるみを家に持ち帰る。ゴミ捨て場で独り言を喋り続けているその状況が、客観的に言ってが恥ずかしかったからだ。
自室に戻って安心した僕は、早速さっきの話を再開させる。
「復讐って天使を倒しに行くとか? その、僕の体を使って」
『その必要はない』
「え?」
『天使はすぐに我を滅しに来るだろう』
どうやらその天使とやらは、この魔界王子の無事を感知して完全に消滅させるために動き出すだろうとの事。つまり、待っていれば勝手にターゲットはこっちにやってくる。
逆に言うと、だからこそ早目に依代となる人間を見つけ契約を焦っていたのだろう。ここまでの会話で大体の事情を察した僕は、改めて大変な事になってしまったと、さっきゴミ捨て場で足を止めた事を後悔した。
『お前の協力が必要なのだ。ぬいぐるみに宿っていても力は出せん』
「僕の体に宿ったらそれが出来るようになるの?」
『当然だ。本来の悪魔の力も使えるようになる』
「へぇ~」
悪魔の力を宿した人間なんて聞くと思わず厨ニ心が疼いてしまう。ダークヒーローに憧れない男子はいない。とは言っても、体を貸すだけで精神はこの魔界王子が乗っ取っちゃうんだから、必ずしも正義の味方な事をするとは限らないんだけど。それどころか悪の限りを尽くしてしまうかも知れない。
体の主導権を譲った後、僕には何もする事は出来ないのかな……。暴走しそうになってしまった時に、どうにか止められたならいいんだけど。
と、ここまで考えたところで、僕はまだ重要な事を聞きそびれていた事を思い出した。すぐに身を乗り出してペンギンの顔をじっと見つめる。
「ねぇ、君の名前……」
『む、我か? 我の名は……』
魔界王子は名前を聞かれ少し戸惑っている。神秘的な話とかだと、名前は無闇に他に明かすべきではないとかそう言うのをよく聞くから、それで言葉に詰まっているのかも知れない。
10秒ほど沈黙の時間が流れただろうか。僕がぬいぐるみに意識を向けている間に、鍵を締めていたはずの自室の窓が開く。
「騙されるな! 君は利用されているだけだ」
「う、うわあああ! ふ、不審者ー!」
窓から現れたのは見た事もないファッションセンスの不審者だった。ひらひらの白い布状のものしか羽織っていないガタイのいいムキムキな金髪の青年。身長は180センチ以上はあるだろうか。顔は堀の深い端正な……はっきり言えば美術館の石膏みたいなイケメンで目が青くて、一体どこの国の人? 状態。
僕の自室は2階にあり、窓からいきなり現れる事自体がまず不自然。そんな感じでとにかく突然の出来事でパニックになってしまい、僕は全く冷静な判断が出来なかった。
「や、私、天使だからね。怪しいものじゃないからね!」
状況からも容姿から言ってもその不審者の正体は予想通りなものだった。天使が肉眼で目に見えるって現実も受け入れ難いものがあったけれど、既に喋るぬいぐるみと言う不可思議現象に遭遇しているので、認識は早かった。
目の前の青年を天使と認識した上で、僕は現実的な対応をする。
「か、帰ってください!」
「あ。ああ……。用事が済めばすぐに帰るさ。そのぬいぐるみを渡してくれ」
「嫌です!」
本来ならここで素直にぬいぐるみを渡せば良かったんだと思う。そうすれば僕が巻き込まれたトラブルはここで丸く治まったはず。
けれど、僕は咄嗟にそれを拒否してしまった。多分、まだ何も始まっていなかったからなんだろう。天使はこの予想外の反応に困惑の表情を浮かべた。
「な、何故だ?」
「まだ願いを叶えてもらってないので!」
僕はドヤ顔で胸を張る。そう、僕には願いがある。それを叶えられるチャンスがあるのに手放すなんて出来ない。
要求を拒否された天使は、僕の様子をじっくりと観察し始めた。その視線は僕の右手に移ったところで止まる。
「その指輪……もう手遅れか。仕方がない……」
意味深な天使の言葉に嫌な予感を感じて、頬に冷や汗が流れる。もしかして魔界王子と一緒に粛清される流れ?
そう想像した瞬間、僕は命の危険を感じ、緊張感で鼓動が激しく脈打ち始める。
そんな中、ぬいぐるみの中の魔界王子が叫んだ。
『早く我と繋がれ!』
「えっと?」
『デビルインと叫べ!』
「や、やめろ!」
そのテレパシーを聞いた天使が焦って手を伸ばしてきた。逆に突然のこの行為が恐怖のトリガーを引いてしまい、僕の取るべき選択肢は確定される。
「デビルイーン!」
この修羅場を切り抜けたいがために発したその一言は、僕の意識を飛ばしてしまう。一瞬で体の感覚がなくなったかと思うと、意識の外で誰かが僕の体を使っているのが実感として分かった。
そう、さっきまでぬいぐるみの体に宿っていた魔界王子だ。
王子は僕の体に宿ると、悪魔の力を発動させて家の外にテレポートする。おまけに背中に悪魔の羽を発現させて空を飛んでいた。
天使もすぐにそれに気付いて、背中の羽を羽ばたかせて追いかけてくる。
「ふふ、やったぜ……」
「人の体を借りるとは罪深き事を……」
「うっせ! 借りを返してやる!」
王子は右手を上げて指をパチンと鳴らす。すると空間に裂け目が出来、そのまま右手をその空間の中に潜り込ませた。どうやらその空間は収納庫のようなものらしく、ガサゴソと漁った彼はお目当ての物を掴んだのかニヤリと笑う。
そうやって取り出したのは、死神が使うような異様に刃の部分の大きい鋭利な鎌。
「この漆黒の鎌でお前を刈り取ってやる」
「ならば、その子供ごと魂を救済するまで!」
対する天使も手に何か力を込めて光を集め始めた。アニメとかだと武器的なものが具現化する流れだ。
ただ、光の武器が確定化するまで待つ程、魔界の王子は優しくはなかった。素早く飛び込んで距離を詰めると、手に持った鎌を一気に振りかぶる。
「先手必勝! デスデリート!」
「うあああ!」
武器を召喚する一瞬の無防備状態の隙を突かれ、王子の一撃で天使は為す術もなく光の粒子状態になり霧散する。この呆気ない決着に、心の中で戦況を見守っていた僕も拍子抜けしてしまった。
(勝ったの?)
「いや、追っ払っただけだ」
魔界王子は意外と冷静に状況を把握していた。まぁ、一度倒された相手だし、油断は出来ないんだろう。それにしても攻撃がヒットして姿が消えたのに決着が付いていないだなんて厄介だな。どう言う状態になったら勝った事になるんだろう。
ただ、多分あの様子だとしばらくは復活出来ないのだろうけど。
取り敢えず当面の危機は去ったと言う事で、僕は何とか体の主導権は戻せないかと頑張ってみる。一生懸命精神を集中をするものの、全く状況は変わらなかった。
(で、どうやったら戻れるのこれ)
「ふははは!」
(え?)
「この体はもう我の物だ。お前になど戻すものか」
どうやら王子は僕を騙していたらしい。いや、騙された方が悪いのか。しっかり話を聞く前に体を明け渡してしまったから。まさかこんなオチが付くだなんて。
僕は自分の甘い決断を呪うと共に、そのように話を仕向けた王子を罵った。
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