ましろ こゆきさんからのお題
魔界の王子と契約してしまった件 その1
放課後、夕暮れの教室、教室にはもう僕ひとりしかいない。聞こえてくるのは部活動を頑張っている生徒たちの声や音。掛け声や打撃音や楽器の演奏……。そんな当たり前の光景。
2年の春から部活をやめてしまった僕にはもう居場所と言うものがなかった。唯一の友達の友樹は、もういない。
「はぁ……。北海道かぁ……」
夕日が射し込む教室で僕はもう一度手紙を広げる。メールやSNSにメッセージが当たり前のこの時代に、彼は律儀に手紙を僕に送ってくれた。差出人にはその唯一の友達だ。今はここにいない気楽に話しかけられる相手。話の合う、趣味の合う同士。
手紙を送ってくれたのはいつか会いにきて欲しいと言う意志……と、言うのは考えすぎかな。
ここから北海道は遠い。ヒッチハイクでも成功しないと高校生の小遣いでは片道の交通費も出ないだろう。夏休みにでもバイトすれば……。
僕はもう一度手紙に目を通す。どうやら引越し先で彼は元気でやっているらしい。こっちにいた時とは考えられないくらい明るい言葉が並んでいる。
僕との会話をしていた頃は病んだ言葉が飛び交っていた。だから、その引越が正解だった事が自分の事のように嬉しかった。
彼、友樹は親の方針で携帯電話を持っていなくて、だから今まで連絡のしようがなかった。これからは文通でもしようかな。ネットが当たり前の今の時代にね。逆に新鮮でいいのかも。
手紙に同封されていたのはその北海道で撮ったらしい雄大な自然の写真。北海道の雄大さが分かるその写真はまだ見ぬ地への憧れを膨らませる。きっと地元の人にとっては何でもないようなその風景写真を、僕はずっと眺め続けていた。
友樹は僕にとって唯一の話し相手、友達と言うか親友に近いポジションだった。ただ、彼から見た僕はどうだっただろう。手紙からは僕を安心させる言葉が並んでいるけれど……それが本心かどうかは分からない。
何故なら、僕は友樹を助けられなかった、いや、助けなかった。それで結果的に引っ越しせざるを得なくなって――。
いじめられていたんだ。クラス全員から。そう、僕を含めたクラス全員から。僕は彼の味方になれなかった。最後まで友樹の側に立てていたなら……。そう思うと後悔しか浮かばない。胸が締め付けられてしまう。罪が重くのしかかる。クラスで彼を孤立から救えたのは僕しかいなかったのに。
いじめ事件の後、僕はクラスの誰とも交流を持たなくなった。これは友樹に対する罪滅ぼしと言う意味もあった。彼を孤独に追いやった僕がその後もみんなと仲良く笑い合うなんて、自分自身が許せなかったんだ。
人間関係を拒否すると簡単に孤立は成立する。1人になるのがこんなに呆気なかっただなんて……。考えてみたら、きっと最初から僕に人望なんてなかったんだろうな。
何度も読み返した手紙をしまって僕は下校する。通い慣れた1人の帰り道。上空には一番星が光り輝いていて、もうすぐ空は一気に夜の色に着替えてしまうのだろう。何度も往復した通学路は目をつむっていても歩けるくらい見慣れたものしか視界に映さない。
見慣れた住宅、見慣れたコンビニ、見慣れた公園、見慣れたゴミ捨て場……と、ここまで来て、僕の目が見慣れないものを発見する。それは誰かが捨てた全長30センチくらいの汚れたデブッチョなペンギンのぬいぐるみだった。
「ぶさいくなぬいぐるみ……」
僕は見慣れなかったそれを確認した後すぐに通常モードに戻る。ぬいぐるみなんて特に興味はない。帰って録画した深夜アニメの続きでも見よう。そう思いながら、ゴミ捨て場を通り過ぎようとしたその時だった。
『おいちょっと待てぇい!』
突然怒気を含んだ大声呼び止められたのだ。ここで呼び止められるとは思っていなかったのもあって、驚いた僕はちょっと飛び上がってしまう。恐る恐る振り向くと、そこには誰もいない。
えっと、何これ? もしかして不可思議現象? 今までこんなホラーな状況を体験した事がなかったのもあって、僕は恐怖で顔がひきつってしまう。すぐに走って逃げても良かったんだけど、逆にその声の正体を知りたいと言う好奇心にも抗えなかった。
そう言う経緯もあって、声を発した存在の正体を僕は怯えながら探しまくる。もしかしてあの電線に止まっている小鳥? それとも目に見えない幽霊的なアレ? それとも、それとも……。
キョロキョロと顔を動かしながら後ずさっていると、さっき目にしたペンギンのぬいぐるみと目が合った。まさか……ね。
『無視してんじゃねぇよ』
しゃ、シャベッタァァァ! ぬいぐるみがあ、喋っていたあああ! 声の正体はガッツリそのぬいぐるみだった。どうやら実際に発声しているのではなく、テレパシー的なものを使って思念を僕に飛ばしているようだ。だって頭に直接響いてきているから。
僕がその現実を受け止められずにいると、そのテレパシーの主はそんな事にお構いなしにまくしたててきた。
『聞いてくれるか? 我は魔界の王子なのだが、ちょっちミスってこの体に宿ってしまった』
「はぁ……」
『助けてくれたら願いを叶えてやろう』
参ったな、何だかその手の話のテンプレのような展開になってしまった。これが物語ならその内敵が現れて、なし崩し的にバトルに巻き込まれてしまうヤツだ。
厄介事はゴメンだけど、やっぱり願いを叶えてくれると言うのは魅力的すぎる。自らを魔界の王子と名乗るこのぬいぐるみの言葉がもし本当なのだとしたら……。
この手の物語をいくつか思い浮かべた僕は、後で失敗しないよう、念のために質問する。
「願いって、その……魂を……売るとか……?」
『それは悪魔を呼び出した場合の話だろう』
「でも、僕何の取り柄もないんだけど」
『構わん、我と意思疎通出来るだけで十分だ』
この話が真実なら、僕にリスクはあまりないようだ。とは言え、あまりに話が出来すぎているような気もする。うまく自分の要望を聞いてもらえるように誘導しているのかも知れない。
そこまでする自称魔界王子の目的は何なのだろう。少し落ち着いてくると、好奇心が僕を突き動かしていく。
「君を助けるって、何をするの?」
『我を堕とした天使への復讐だ』
「ええ~」
『安心しろ。別にお前に戦えと言うのではない』
どうやら王子は天使に負けてぬぐるみに宿ったと言う事のようだ。復讐のために協力しろって事みたいだけど、どうやってそれを成し遂げるつもりなんだろう?
定番シチュなら代わりに僕に戦わせるような流れだけど、そうじゃないみたいだし。じゃあ一体何をさせようって言うのだろう。
王子の話に興味を持ってしまい、僕はすっかりこの異常な展開を受け入れてしまっていた。
『この指輪をはめろ』
ぬいぐるみはそう言うと僕の前に指輪を差し出した。ここまで話を素直に受け入れてしまっていたのもあって、その指輪を受け取ると試しとばかりに素直に右手の人差指にはめてしまう。
サイズはまるで測ったようにぴったりで、不思議と違和感を全く感じなかった。
「これは?」
『これでお前の体に宿れる、お前の同意が必要だがな』
そう、それは魔界王子が僕の体に宿るためのアイテムだった。つまり、天使と戦う時、僕の体を使うと言う事なのだろう。
同意が必要と言う条件があるとは言え、悪魔に勝手に体を使われる事を想像すると、嫌な予感しか思い浮かばなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます