隠れ里の何でも屋さん その4

 お互いに体をほぐしながらの虚勢の張り合い。店長がここまで強かっただなんて知らなかった。まだ勇者の攻撃を一度もまともに受けていないし、これならもしかしたら行けるのかも知れない。私は少しだけこの状況に安堵をして、肩の力を抜いた。

 でも勇者の背後にはあの何でも出来そうな魔法使いもいるし、油断は出来ないな。


 と、思っていたら早速ここで魔法使いが動いた。


「アルド様、ここは一旦引きましょう」

「お前はゼルマを連れてここを離れろ!」

「は、はいいっ!」


 魔法使いの助言を勇者は一蹴する。それどころか倒れた仲間を連れて離脱しろだなんて一体どう言う事? 彼女は怯えてるし、何か嫌な予感しかしないよ。

 私はこの状況を黙って見守るしか出来なかった。魔法使いは倒れた戦士を魔法で浮かせてそのまま洞窟の外に向かう。これで戦況は確実に2対1。


 だけどこれで有利になったようには全然見えない。この状況でまだ店長が余裕そうなのが唯一の心の支えだ。あれが虚勢でなけゃいいんだけど……。


「いいの? 1人になっちゃって」

「今から最大の技を使うからな、仲間は邪魔だ」


 どうやら勇者が人払いをしたのは本気の攻撃をするためだったらしい。仲間を避難させないと使えないってどんだけ! それにここ洞窟なんだけど、その攻撃に耐えられないって事はないよね? 

 うっ、考え始めたら段々怖くなってきた……。


「て、店長……」

「俺は大丈夫だ。アイラは自分の身を守る事に専念しろ」

「は、はい……っ」


 私はすぐに自分に対して耐魔法防御、耐衝撃防御など、防御系の魔法をかけまくる。店長にはさっきの防御魔法がまだ発動中だから改めて重ねがけしなくてもいい。目の前の少年勇者はそんな私達の様子を見てククク……と笑い始めた。


「ふーん、強がるね。面白い……」

「ここまできて言うのもアレだけどさ、考え直してくれないかな? 俺達は君がお宝を返してくれればそれでいいのよ」

「うっせー! 勇者様に命令すんな! 今から僕のとっておき、稲妻魔法剣をお見舞いしてやる!」


 店長の飄々とした言い方が気に食わなかったのか、それとも今までの攻撃の効果がなかった事に既に苛ついていたのか、ここで勇者は激高する。やっぱりお子様だわ。

 現役の勇者だから確かに強いのだろうけど、そこに精神が伴っていない。授けられた力で調子に乗って本人はその力に見合った努力をしていなんだろうな。

 店長、どうかこんなお子様になんか負けないで!


「やれやれ、仕方ないな……」


 店長はそう言うと、いつもの間抜け顔からキリリとシリアスモードに変わる。まとっているオーラのレベルも急激に上がっていった。今なら私でも肌で感じられる。この人が元勇者だって言う事を。

 かつて世界を救った実力の持ち主で、その力が今も全く衰えていないと言う事も。


「そうだ、それでいい……。いいぞ! お前の本気を僕は打ち破る!」

「ま、後輩を指導するのも先輩の役目だわな……」


 先に動いたのは勇者だった。この時点でもう私は2人の戦いを目で追えていない。動体視力の高いエルフの目を持ってして視認出来ないって、勇者同士の戦いってどれほど規格外なのよ! 

 ぶつかりあうふたつの巨大な力が生み出した高出力のエネルギーはまばゆい光と高温を発生させ、思わず私は目を覆う。


「きゃああっ!」


 次の瞬間、大爆発が発生して洞窟は山ごと木っ端微塵に吹き飛ばされていた。巨大なクレーター状の爆発跡には何とか魔法で耐えきれた私と店長。そして、前のめりで地面に倒れている勇者……。どうやら勇者対決は元勇者の勝利で終わったらしい。

 戦いの結果を見届けた私は、気が抜けてペタリとその場に座り込む。


 店長は体についたススを軽く手で払うと、倒れた勇者の前に行き、その場でしゃがみこんだ。


「お宝、返してくれるよな」

「くそっ……」


 こうして生意気勇者もついに負けを認め、盗まれたお宝も無事に戻ってきた。勇者はこの隠れ里でめぼしいお宝を盗み尽くした後、しれっとそれを首都で換金するつもりだったらしい。未然に防げて何よりだよ。


 店長に負けた勇者は自分の実力不足を自覚してリベンジを宣言。そのまま仲間を連れてどこかへと去っていった。

 今度またこの里に来たら、その時は戦う場所を考えないとね。次はどれだけの被害が出るか予想もつかないし。

 取り敢えず、今はそんな未来がすぐに来ない事を願うばかり。


「な、上手く行ったろ?」


 店長は私に向かってケロッと笑いかける、全くこの人は……底が知れないなぁ。頼りないようで頼りがいがあって、その根拠のなさそうな余裕が実力に裏打ちされたものだと言う事が分かったのが今回の件での一番の収穫かな。そう、それが分かっただけでもね。

 私は浮かれている彼に、もうひとつの現実を突きつける。


「あ、そうだ。あの作戦のために借りてきたお宝ですけど、洞窟が吹き飛んで全部ダメになっちゃったじゃないですか」

「それはしゃーないじゃん」

「損害賠償分で今月も赤字ですよー! 店長のバカー!」


 私は加減を知らなかった店長をポカポカと叩く。彼も嫌がらずに叩かれるままだ。やっぱりこのお店には私が必要だな。うん、これからもずっと。




 公国の外れには普通の人には辿り着けない隠れ里がある。その里は亜人種や魔物が仲良く暮らしている。里の中には何でも屋があって、頼めばどんな仕事も快く引き受けてくれる。

 そのお店には昼行灯の人間の店長と元気で明るいエルフの従業員がいて、常時仕事を募集中。


 はぁ……、今日も暇だなぁ。

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