隠れ里の何でも屋さん その3

「そりゃ俺1人だったら逃げてるさ」

「え? そ、それって……」

「援護頼む!」


 店長はそう言うと、いきなり勇者に向かって駆け出した。私はとっさに魔法を発動させる。


「盾魔法レベル4!」


 突き出した両手から光の魔法陣が浮かび上がり、そのエネルギーが店長の体を包んでいく。これで防御力は格段に上がったはずだ。勇者の攻撃にどれほど効果があるかまでは分からないけど、まず一撃で倒されると言う事はないはず……。


「うおおおー!」


 店長は技の間合いに入ったところで素早く剣を振り下ろす。きっと何かの剣技を使ったのだろう。この時に発生した剣圧で周囲に土埃が発生して、辺りは何も見えなくなった。


「やったの?」


 初めてまともに見る店長の技の威力に、私は思わずそう口走ってしまう。さっき店長が技を放った時、確かに勇者はその動きについていけていなかった。もし技を受けていたならきっと無傷ではないはず。

 そんな淡い期待を抱きながら、私は視界が戻るのをつばを飲み込みながら待つ。その間、時間にして数秒がとても長く感じられた。


「へぇ、ちょっと驚いたよ」


 土埃が収まると、そこには無傷の勇者が立っていた。店長の渾身の一撃、まるで効いていなかったみたい。防げると分かっていたから敢えて避けなかったんだ。

 この結果を読んでたのか、店長は振り返って笑顔で私の顔を見る。


「はは、やったかのフラグ回収だな」

「何でそんな余裕なんですか!」


 状況は全く変わっていない、いや、さっきの攻撃が効かなかった分更に悪化していると言うのに、どうして店長は全く態度を変えないんだろう。私だったら……。

 ここで思わず最悪の想定をしてしまい、私は体の震えが止まらなくなってしまった。


「やい勇者よ! 人の物を勝手に奪って何が勇者だ!」

「はぁ? 勇者ってのは魔物相手なら何やっても許されるんだよ?」


 やめてー! ここに来て更に勇者を挑発するの止めてー! 私は店長のこの行為を止めたかったのだけれど、それが言葉となる事はなかった。恐怖が体をこわばらせていたのだ。

 この行為を止める者がいない中で、挑発合戦は続いていく。


「へぇ、知らない間に勇者の定義も変わっていたのか。残念だな……」

「おじさんごときが勇者の何を知っているって言うの?」


 軽口の応酬ではお互いにどちらも負けを認めず――2人は剣を構えながらジリジリと距離を詰め、隙をうかがい合っている。勇者と本気で事を構えるなんて私には信じられないけど、店長だって無謀な事を真顔で行えるほど馬鹿じゃない。

 もしかしたら何か勝算があるのかも知れない。もう私はそれに賭けるしかなかった。


「アルド殿、ここは私めにお任せを!」


 この緊張状態の均衡を破ったのは勇者側だった。パーティの戦士が不意をついて店長に襲いかかってきたのだ。この展開を想定していなかった私は、思わず両手を口に当てる。


 けれど、戦士の重厚な一撃が攻撃相手の体を傷つける事はなかった。店長はまるでその行動が事前に分かっていたみたいに紙一重で剣撃を避けると、ひらりと体を捻りながら、まるで洗練された舞踏のような動きで戦士に一撃を与える。

 このたった一度の反撃で、歴戦の戦士はその場にバタリと倒れ込んだ。


 そうして、店長は口角を上げながら倒れた戦士を改めて見下ろす。


「テメーじゃ話になんねーな」

「も、もしかして……あなたは……」


 戦士が倒されたその手際を見ていた勇者パーティの魔法使いが、ここで意味深な言葉をつぶやいた。私は思わず彼女の方に顔を向ける。

 もしかしたら今まで謎だった店長の過去が、ここで分かるかもと思ったのだ。


「何であなたがこんな田舎に?」

「何でって……。ここの暮らしが気に入ったのさ」


 魔法使いに追求されて、店長は照れ隠しなのか頬をポリポリと掻き始める。この唐突なやり取りに、要領を得なかった勇者は首を傾げた。


「どゆ事?」

「アルド様、この人は元勇者ですよ」


 魔法使いの発した言葉に私も言葉を失う。店長が、元勇者? それが事実なら、この戦いに余裕があるのも納得だ。

 元と言うと、かつて魔王を退けた実績があると言う事に他ならない。勇者は目的を果たすまでその称号を自らの意思で辞退する事は出来ないからだ。確か、以前の魔王の脅威が打ち消されたのが約20年前。計算も大体合っている。

 こうして店長の正体も判明して、現勇者も流石に態度を改めるのかと思ったら、逆に対抗心を更に燃やし始めていた。


「へぇ……。でも元、なんでしょ」

「そ、今はしがない何でも屋の店長だよ」

「ちょうどいい、現役勇者の本気を見せてやる!」


 勇者はそう言うと自分の持っている剣に力を込め始める。これ、多分必殺の特殊スキルを使うつもりだ。勇者にしか使えない強力な技。本気で放たれたなら、いくら元勇者とは言え現役を引退した店長は無傷ではすまないだろう。


「店長!」

「ああ、もう一度頼む!」


 その一言で、私は自分が次に取るべき行動を理解する。すぐに両手を前に突き出して意識を集中させた。


「た、たてまほ……」

「瞬速剣技! 残影!」

「きゃあ!」


 私が魔法を発動させようとしたその隙を突いて、勇者が突然攻撃を仕掛けてきた。まさか自分にその刃が向かうとは思っていなかったため、この突然の状況に体が固まる。

 見えない程の素早さでその切っ先が私の体を切り裂こうとした瞬間、店長がかばうように現れて勇者の攻撃を軽くいなした。


「おいおい、相手は俺だぞ」

「こう言う場合、サポートメンバーから倒すのが戦闘のセオリーでしょ」

「ま、確かにな……」


 不意打ちを防がれた勇者はすぐに距離を取り直して構えを取る。一安心した私はすぐに店長に魔法をかけた。


「盾魔法レベル4!」

「ありがとな」


 これでまた店長の防御力が上がった。盾魔法の効果は相手の攻撃を一度防ぐと失効してしまう。なので激しい戦いを想定して、いつでもすぐに発動出来るように私は構えを取り続けた。

 問題は勇者側の魔法使いなのだけど、何故か全く動こうとしない。リーダーである勇者の実力を信じているのか、それとも――。


 店長と勇者のにらみ合いはしばらく続いたものの、緊張感の中で一瞬の呼吸の乱れが合図になった。最初に動いたのは、勇者。スキルを使って素早さを倍に上げ、店長に向かって一瞬で距離を詰める。

 この作戦を読み切れなかったのか、店長はワンテンポ遅れて間合いから離れようと背後に飛び退いた。


「うおおっ! 必殺剣技……」


 この隙を狙って勇者は体を大きくひねり、攻撃のモーションに入る。握った剣は勇者魔法の影響で怪しく輝いていた。多分切れ味は何倍にもなっているに違いない。

 対する店長も相手の攻撃をしっかり見極め、対抗出来そうな必殺の剣技の構えに入っていた。


「「メガスマッシュ!」」


 2人の剣技が空中で衝突し、途端にエネルギーが激しくスパークくする。お互いに剣に魔法を込めていたために、その余剰エネルギーがぶつかりあって爆発したのだ。

 ふたつの強い力は測ったように全く同じ分量であったために、等しく反発力がかかり、2人は同じ距離だけ吹っ飛んだ。お互いの攻撃は相殺されたのだ。


「その程度ですか、勇者様?」

「へぇ、結構やるじゃん」

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