隠れ里の何でも屋さん その2

 大したお宝を持っていなそうな普通の住人には特に被害らしき被害の話は聞けなかったものの、村の重要な役職についている守護者と言われている方々に話を聞きに行くと、この推理が当たっていた事が証明された。


 泉の女神の倉庫、洞窟のモンスターの宝物庫、森の守護者の蔵、また別の妖精村の村長の家――。いずれも高価なお宝を持っていると言う噂のあるところでは、大事にしていた貴金属類とかレアな宝具類とかが綺麗サッパリなくなってしまっていたとの事。


「これってもしかして……」

「ここまで来ると犯人は妖精ではない可能性が高いぞ」


 各お宝がなくなったのも、フクロウがなくしたのと同じ日らしい。いくら妖精がいたずら好きとは言え、ここまでの短期間にここまでのお宝を拝借するなんてちょっと考えられない。もっと欲深い何者かの仕業と考えるのが妥当だろう。


 私達はこれらの情報を踏まえて一旦店に戻る。犯人の目的はまだ分からないものの、多分まだ盗んだお宝はそいつらが所持したままである可能性は高かった。

 そこで、窃盗犯がどこかに行ってしまう前に、捕まえるための作戦を練っていく。お宝を取り戻さないと報酬が入ってこないんだから真剣にもなるよね。


 それで散々話し合った結果、ここはオーソドックスに罠を張って犯人をおびき出すと言う作戦に決定。そのために、里の全住民に協力をお願いした。

 まずは、沢山のお宝を手に入れた新参者の魔物が洞窟に住み着いたと言う噂を流してもらう。更にお宝を持っていると匂わせるチラシを沢山作ってそれを配りまくる。トドメに村のあちこちにポスターを張りまくる。

 そんな感じで、私達は思いつく限りの手を徹底的に使いまくった。


「これで窃盗犯が引っかかってくれなかったら、とんだ大赤字ですね」

「バカ言え、被害者がこんなに多いんだぞ。お宝全部取り戻せたらうへへ……」

「謝礼は私が管理しますから」

「そんな御無体なぁ……」


 そう、店長は被害者全員からお宝を取り戻す契約を結んだのだ。上手くいけば久しぶりに大きな稼ぎになる。それで彼の顔はニヤけまくっていたのだけれど、店長にお金の管理を任せるといつもすぐに使い切ってしまうんだよね。

 だから私が財布の紐を固くしないと。すごく残念そうな顔をしてもダメですからね!



 その頃、村の外れで風に舞うチラシを拾う人影が――。


「ほう、これは……」


 その人影はチラシのキャッチフレーズを読んで、ニヤリとにやらしい笑みを浮かべる。どうか上手く引っかかってくれますように。



 窃盗犯が動き始めたその頃、私達は手筈通りに洞窟内でスタンバっていた。村中に広めた噂に犯人が興味を持てば、いずれはこの洞窟にやってくるはず。それまでの手口から考えて、留守を演出すればきっとノコノコとやってくる。そうなる事を信じて物陰で待つばかり。

 一緒に隠れている店長は、既に私が引くくらいにテンションを上げまくっていた。


「ウハハハ、いつでも来いだぜ」

「でも何も本当にお宝を用意しなくったって……」


 そう、律儀にも私達は村の有志から借り受けたお宝を洞窟の奥に用意していた。これは店長のアイディだったのだけど、私はそこまでしなくちゃいけない理由を理解しかねていた。


「バカ、本物を使わないと相手も信用しないだろ」

「もし相手が強くて奪われたらどうするんですか」

「勇者でも来ない限り俺は負けん!」


 店長はそう言って胸を張る。どうやらかなり自分の腕に自信がお有りらしい。私はまだ店長の本気の実力を知らないから、この言葉を本気と受け取っていいのか、冗談として流せばいいのか判断が出来ず、微妙な表情を浮かべてしまう。



 待ち伏せを初めて1時間ほど経った頃、洞窟に聞き慣れない気配が漂ってきた。ターゲットがちゃんと罠に引っかかってくれたのだろうか? 

 私がその相手の確認をしようとそうっと顔を覗かせると、この村の住人ではない存在、人間らしき人影が3人分、洞窟の奥に向かって歩いてくるのが分かった。


「お、来た来た」


 店長はこの状況に何だか嬉しそうだ。ま、あの3人をとっ捕まえれば久しぶりに美味しいものが食べられるかもって思ったら頬が緩むのも仕方ない。相手も手練なのか、私達が待ち伏せているのを気配で感じ取っていた。


「どうせ罠だろーけど来てやったぜ!」

「お宝泥棒め、神妙にしろいっ!」


 作戦がバレていたのなら仕方ないと、店長は窃盗犯三人組の前に堂々と姿を表した。この後のバトル展開を考えて剣を構えている。私もサポートのためにワンテンポ遅れて顔を出した。エルフが得意なのは弓なのだけど、今回は防御魔法に専念する。これは店長の作戦に従っての事だった。


 はっきり姿を確認したその窃盗犯の姿はやたらと立派そうな鎧を身に着けた戦士と、魔術コーティングを何層にもかけたローブを着込んだ魔法使いと――キラキラの特別な防具を身に着けた物語の主人公っぽい少年?


 どうやらこの3人組のリーダーはその少年らしい。まだあどけなさの残るこの子が何故そんな凶悪な事を? 

 それに、この少年の持つ剣のデザイン、どこかで見た事があるような……。


 私が3人組を頭の中で分析していると、いきなりバトルが始まった。リーダーの子が店長に斬りかかってきたのだ。残りの2人は微動だにしない。よっぽど少年の実力を信じている――いや、違うな、私達を舐めているんだ。こんな隠れ里の人間なんて大した事ないだろうって。


「雑魚は引っ込んでろっ!」

「へぇ、筋は悪くねぇな……」


 少年の剣は店長の剣技に軽くいなされた。流石店長! と、私は心の中でエールを送る。この店長の熟練の技に驚いたのは実際に対峙している少年ではなく、背後で様子を見守っていた熟練の戦士の方だった。


「な、あの剣技は!」

「ふーん、おじさん田舎者の癖にそこそこ強いね。じゃあちょっと本気を出そうか。まさかこんな所で光の封印を解く事になるとはねぇ……」


 光の封印! 少年の発したその言葉で私は彼の正体を思い出した。その想像が正しければ、この戦いに勝ち目はない。


「店長、無理です。相手は勇者ですよ!」

「みたいだな」

「へぇ、こんな田舎にも僕の事が知れ渡ってるとはね」


 相手の正体が分かったって言うのに、店長は全く態度を変えようとはしなかった。勇者が相手だなんて勝てる訳がないのに、どうしてそんなに平然としていられるんだろう。少年は少年で正体を看破されてますます調子に乗り始めているみたいだし。

 私はこの状況に1人テンパって、まだやる気満々の店長に向かって叫ぶ。


「逃げましょうって!」

「逃げねぇよ」

「何でですか! 勇者に逆らったら殺されます!」


 勇者と言えば魔王を倒せる唯一の存在であり、人間側の最強の存在であり、特に魔物や亜人種にとっては逆らっちゃダメ、殺されても文句は言えないと言う絶対的な存在。

 確かに勇者だったら里の有力者だろうがお構いなしに盗みを働けるだろうし、そこに罪悪感なんてこれっぽっちも抱かないだろう。


 相手が勇者だって分かっていたら私はこの作戦を止めたのに。私達が勇者になんて敵うはずがない。そんな絶対者を挑発してしまっただなんて――でも、もう手遅れなのかな。


 この絶望的な状況に対してなお、店長は普段の飄々とした態度を崩してはいなかった。私には彼の心が分からない。一体どうしたらそんな余裕でいられるの?

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