第9話 旅の目的

「・・・ぅん??」


 グレンデルが目覚めて見た天井はシャンデリアが優しい光を反射して部屋を照らしていた。


「ここは、どこ?」


 ゆっくりとした動作で上半身を起こす。あたりをキョロキョロと見回してみる。金色の額縁に入った高そうな絵が飾られた壁。その壁も凝ったデザインの彫刻が施された石壁。緑に光る宝石が装飾された花瓶に花が鮮やかに咲いている。白衣に身を包んだメガネでボサボサ頭の・・・あ、ドクター。


「あ、おはようドクター。」


「おはようグレンデル。そんなにキョロキョロしてやっと見つけれる存在感なのか俺は?」


 グレンデルが朝の挨拶をする。

 返事を返したサリスはニコニコ笑ってるけど目が笑ってない。なんでだろ?


「ドクター、ここはどこ?」


 こんなに豪華なお家に縁は無いはずとグレンデルは思っているようだ。


「ここはリューシュの家だよ。昨日の午後に来た豪邸の客室だ。」


 金だけは持ってるんだよな、と最後にサリスは付け加える。


「リューシュさんのお家か。豪華な内装・・・」


 ポツリと呟いたところで両開きの木製のドアが片方だけ開く。


「よぉ、お目覚めかい。お医者さんとお姫さん?」


 執事のような服装をした青年が二人に声をかける。

 声の主は、整った顔立ちでオールバックの黒髪。身長はサリスと同じくらいだろうか、見たところグレンデルよりは年上の雰囲気がある。


「ん?あんたは確か・・・」


 見覚えがあった青年にサリスは少し思案顔。グレンデルは全く心当たりが無く、ベットに座ったまま二人のやり取りを眺めていた。


 思い出したサリスはあぁ、と声を上げた後確認をするように答えた。


「ランスルーか、確かこの家唯一の執事だっけか。」


 ランスルーと呼ばれた青年は頷きつつ返事をする。


「あぁ、俺はお嬢さんの世話してる。名前はそこのお医者さんが言った通りランスルー。」


「サリスでいいよ。こっちはグレンデル。」


 お医者さんと呼ばれるのが嫌なのか名前で呼ぶ様に訂正するサリス。


(私の自己紹介省かれちゃった。それにしても、ランスルーって人、なんだか気が強そうだな)


 グレンデルはあまり良い印象が無かったのかペコリと頭を下げるだけで挨拶を終えた。


「突然邪魔して悪いなサリス。お嬢さんが二人を連れて来いってうるさいんだ・・・出来れば付いてきてくれると助かるんだが」


 恐らくリューシュの破天荒さに振り回されてるのであろう。ランスルーは少し疲れたように要件を伝えた。


「リューシュが俺達を呼んでるのか。分かった行こう。グレンデル、立てるか?」


「うん、大丈夫。」







 二人はランスルーに付いてきて行き、リューシュの部屋に案内された。


「相変わらず朝日が反射して眩しいなこの部屋は・・・」


「眩しい・・・目がショボショボする」


 反射光が眩しい部屋に入り文句を言いながら、目の上に手をかざして光を遮るサリスと目をこするグレンデルだった。


「入っていきなり私の部屋の文句か〜、でもでも!!大発見だよ!?知りたい!?知りたいよね!!」


「眩しい。お嬢さんカーテン閉めるぞ」


 何も言われなくても黙ってカーテンを閉めるランスルーと朝からいつも通り元気なリューシュが対照的な光景だった。


「気を取り直して!!大発見教えるね!?これは凄いぞ〜!!」


 と言ってリューシュが取り出したのは、真っ二つに折れた黒の杖だった。


「サリスくんが倒したあいつが持ってた杖だよ〜!!これちょっと触ってみて!!もう邪神の影響は無いから触って大丈夫!!」


 と言いサリスに杖の先端側を、グレンデルに持ち手側を手渡した。


「・・・っ!!!!なんだこれ!魔素が膨れ上がる!?」


 サリスは自分の身に起こった異変に驚きを隠せない様子だ。


「あ、、頭がっ、、いた、い」


 対するグレンデルは頭を抑えてしゃがみこんでしまう。


「はいはーい!!それまで!!」


 リューシュが二人から杖を取り上げる。

 サリスは杖を離した途端「なんだこれ」と息を荒らげて言った。

 しかし、グレンデルは頭痛が止まらないでいた。


「あれ??グレンデルちゃん!?大丈夫なの!?」

 想定外の事態なのだろうリューシュが慌ててグレンデルに駆け寄る。


「だ、大丈夫、だよ。リュー・・シュさん。もう、ちょっと、まっ、てて?」

 グレンデルは言い終えると意識を手放した。










 杖を持った瞬間グレンデルを襲ったのは強烈な頭痛だった。記憶が無いグレンデルは今までを知らないが、それでも今までには無い程の頭痛だった。


 その後、脳に飛び込んできた景色は荒れ果てた荒野に佇む夫婦とその子供。

 母親と思しき者は子供に何かを語りかけているが何を言っているのかは分からない。聞こえない。


(子供は、両親と両手を繋いでいる?私・・・この場所、来たことがある?)


 それは見覚えがあるようで無い、経験したようでして無い、そんな景色だった。

 そしてグレンデルは思い出したかの様にとある単語が頭の中に響く。






《最果て》と。






 しばらくするとグレンデルは突然目を覚ました。飛び起きる様に体を跳ねさせ起きる。


「っ!!はぁ、はぁ、、ドクターただいま。」


「うわぁ!!!」


 グレンデルの突然の覚醒に肩をビクッと震わせるリューシュ。


「あ、あぁ。おかえりグレンデル。具合は大丈夫か?」


 サリスも突然の事で少し驚いている様子だ。


 こくりと頷きグレンデルは先ほど見た景色の答えを導き出した。


「ドクター、リューシュさん、私。記憶が少し戻ったみたい。」


「まじか!!!記憶が、戻ったか!」


「えぇ〜!気絶してたら記憶が戻ったの!?不思議だね!!良かったね〜!!」


 サリスは目頭を抑え感無量といった様子。

 リューシュは自分のことの様にピョンピョンと飛び跳ね喜んでくれている。


「あと一つ、分かった事もあるみたい。」


「聞こう。グレンデル。何が分かった?」


「《最果て》に行けばなにか変わる気がする。」


 その場の空気が一気に重くなる。

 サリスとリューシュ、ランスルーも黙り込んでしまったからである。


「最果て、か・・・」


 サリスは苦い顔をしてグレンデルの話を噛み砕いている様だ。


「最果てか〜・・・最果てねぇ〜・・・」


 リューシュも少し戸惑っている。


「どうしたの?ドクター?リューシュさん?」


 二人のあからさまな異変に気づいたグレンデルは二人に問いかける。


 リューシュはゆっくりとした口調で口を開く。

「最果ての地はね、因縁の場所なの。私にとっても、サリスくんにとっても、この世界の人間にとっても。」


 グレンデルは先ほど見た光景をもう一度思い浮かべた。

「え、それってどういう・・・」


 グレンデルの質問を遮るようにサリスは立ち上がり

「そんな事より、あの黒い杖はどんな魔道具なんだ?」


 と、再びいつもの調子を取り戻しリューシュも慌てて普段の様子を取り繕う。


「あ、あぁ!聞いてよ〜!!この魔道具自体は魔素を増幅させる機能しかないみたいなんだ〜!!!恐らく邪神に近しい人間だと乱暴な魔法が使えてしまうんだろうね〜・・・」

 それととさらに続ける。


「二つに折れちゃってるから断面が見えたおかげで〜!!分かったことがあるんだよ〜!!聞きたい??言うね!?この魔道具の核は恐らく結晶だよ〜!?さっきの反応を見ると多分って言うか絶対グレンデルちゃんの!!!」


 リューシュがそう言い終えるとグレンデルは

「え、ほんと、に??私の記憶が戻ったのも結晶に触ったから・・・?」


 少し涙ぐんた声で言ったのだった。


 聞いていたサリスも驚いているようだ。一人でなにか呟いている。

 するとリューシュはグレンデルの目線と同じくらいまでしゃがむとグレンデルの頭を撫でながら

「記憶が見つかって良かったね〜??グレンデルちゃんの結晶は悪いように使われてるみたいだけど、こうして触ると戻ってくるみたいだから、私も安心したよ〜!」


 とニコニコといつもの調子で言った。


「水をさすようで悪いが、その様子じゃ全部の記憶は戻ってないんだよな?」

 一人で考えていたサリスから声がかかる。グレンデルは頷くと「なるほど」と言いさらに続ける。


「奴らは終焉徒と名乗っていた。それにさっきグレンデルが記憶を取り戻した時に出た最果ての地。恐らく俺の見立てだと終焉帝が送り込んだ刺客が終焉徒で、奴らが持つ黒い魔道具にグレンデルの結晶が含まれていると思うんだ。しかも少しづつ。」


 ニヤリと笑ったサリスは


「まだまだ魔法の旅は続きそうだぞ?グレンデル。しかも相手は終焉帝だ。生半可な相手じゃないぞ。しっかり魔法も鍛えないとな?」


 と少し嬉しそうに言っていた。

 グレンデルはまだ魔法を使う旅が続くことが嬉しかったのだろう、「うん!魔法頑張る」と強く頷いた。


「やっと旅の目的が出来たわけだ。終焉徒の討伐と最果ての地を目指す。とりあえずこの二つを目標にしよう。」


 ようやく旅の本当の目的が決まった二人は「準備する〜!」と言ってリューシュの部屋を飛び出した。


「ありゃりゃ〜・・・意外と行動力あるんだサリスくん・・・」


 速すぎる展開に付いていけなくなったリューシュはポカーンと取り残されていた。




「じゃあ、俺達はそろそろ出発するよ。世話になったなランスルー。」

「お部屋貸してくれて、ありがと。」


 荷物を持った二人は豪邸を出発する。


「あぁ、また近くに来たら寄るといい。」

 見送りにはランスルーしかいないのは少し寂しかったが、とにかくまずはフレイに会いに行こうと神殿を目指すことになったのだ。


 二人は豪邸を背に歩き出した。


 すると突然背後から突風が吹き抜ける。

「うぉ!なんだなんだ?リューシュのイタズラか?」

「びっくりした。」

 二人は背後を振り返るがそのにはランスルーが立っているだけだった。

「リューシュさんじゃなかったか。」

 とグレンデルが言い、前に向き直ると顔面に柔らかい物がぶつかる。ポヨンとした感覚はなぜか知っている感覚だった。


「やっほ〜!!なんだか面白そうな事になるし、私も連れてってよ〜!!いいでしょ!?いいよね!?」


 自分の胸に飛び込んできたグレンデルをギューッと抱きしめながらリューシュが言う。サリスは呆れ顔で


「やっぱりお前か・・・まぁ戦力的にも頼りになるからいいけどさ、」

 と区切り続ける。


「そろそろグレンデル離してやれ?そのままじゃ窒息する。」


 胸に呼吸を遮られバタバタと手を動かすグレンデルを指差し言ったのだった。

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