第8話 魔法の真髄
リューシュが『ウイン・ソール』を発動。スナイダーを翻弄し血飛沫を撒き散らしている。
「すごい。ドクター、リューシュさんが一方的だよ。」
グレンデルはフードから覗かせる左目で森をキョロキョロと見回し声をあげた。
「あぁ、これなら圧勝だろうな。俺達は見ているだけでいい。リューシュの奴、長いこと暴れ回る機会が無くて鬱憤が溜まってたみたいだな。」
サリスはヘラヘラ笑い白衣のポケットに手を突っ込む。
すると再び森にリューシュの声が響く。
「『ウイン・ソール』!!スナイダーくん!?もっとテンポ上げてくよ〜!?」
リューシュは文字通り風になった。
「あぁ!リューシュさん見えなくなっちゃった。すごい。魔法でこんな事まで出来るんだ。」
グレンデルは先程魔法を発動する時に使った杖を見ながら素直な感想を独り言の様につぶやく。
「グレンデル、スナイダーから飛び散る血の量が多くなった。深い傷が刻まれてる証だ。もう奴は死ぬだろう。」
サリスはふぅ、と一息つくと同時二人の背後から聞いたことのない低い声が響く。
「スナイダーさんは、死にました。私には分かります。我々、終焉徒のために働き、死にました。あぁ、寂しい。寂しい。忘れないようにしないと。彼の存在を。」
突然聞こえてきた声にグレンデルは肩を震わしゆっくりと振り向いた。隣に居たサリスは片手剣を抜きすぐさま臨戦態勢に入る。
「グレンデルさんと、サリスさん、ですね?私には分かります。忘れないようにしているのでね。この杖が、教えてくれます。」
そう言ってスナイダーと同じ服装をした男が二人が見覚えのある杖を振りかざす。
「黒い、杖・・・」
「先が二股、おじいちゃんが持ってたやつ。」
「やはり見覚えがありましたか。この杖を。テーレー様より授かりしこの杖が教えてくれましたからね。」
「お前も終焉徒って奴なんだな。だったら俺達の敵って訳だ。俺も遠慮なく行かせてもらうぜ?」
サリスは片手剣を持っていない方の手をポケットから出し両手で剣を構える。
それを見た謎の男は「おぉ」と声をあげパチパチと手を叩く。
「まさか、まさか魔術師様が私、ツンドルフのお相手になって下さるなんて!私、幸せの極みです。決して忘れることはないでしょう!」
ツンドルフと名乗る男は喜びに浸った笑顔でサリスを見据える。そして、しかしと続ける。
「そちらの少女、グレンデルさんは私、知りません。名前も聞いたことのないのです。あなたは忘れても良いように、思います。」
そう言うとグレンデルに飛びかかる。やせ細った体は宙高く舞い上がりグレンデルの真上に到達する。
「テーレー様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
と叫びを上げグレンデルに向け杖を振る。振られた杖からは黒色の波動が出現し、グレンデルを呑み込もうと迫り来る。
「っ!『ウイン・ソール』!」
サリスはリューシュが得意とする魔法を発動し間一髪、グレンデルを抱きかかえ波動を回避する。
「ドクター!あのっ・・・!」
グレンデルが声を上げ問おうとするがサリスの説明が先だった。
「グレンデル、あいつが叫んだ『テーレー』だがそれは忘却の邪神の名だ。あの波動はおそらくテーレーの二つ名と同じく忘却の波動って所だ。当たったらどうなるか分からんがマズイのは確かだ。ヤバかったらさっきの炎の壁で防げ。」
「・・・っ、分かった!」
サリスの腕から降りたグレンデルは忘却という言葉に恐怖を覚えたが防ぐ術を教えられると理解が早い。
サリスとグレンデルはふた手に別れる。
「グレンデルさん!貴女を始末してから魔術師様と、戦う事にしましょう。テーレー様の忘却の波の前では全ては羽虫と同じ!」
どうやらツンドルフの狙いはグレンデルのみのようだ。グレンデルは自分に飛んでくる波動を覚えたての魔法で防ぐ。
「『フレイ・ウォール』!『フレイ・ウォール』!・・・うん、防げる!」
グレンデルは炎の壁を創り続け波動を焼く。
「グレンデルさん。いいですよ。魔素に愛されている。とても協力的に魔素が力を貸している。嫉妬してしまいますよ。えぇ。」
波動を打ち続けるツンドルフはグレンデルを固執して狙っていた。
「グレンデルには申し訳ないが、脇腹がら空きだ。『ウイン・ハッシュ』」
両手で持った片手剣を右手で持ち、空いた左手が緑に光り始める。光に刀身を掲げると刀身は緑の光を纏う様に光る。
「切り裂け!」
風の刃となった片手剣はサリスが振ると
ヒュンッ!と風切り音をたて空間を薙ぎ飛ぶ斬撃と化した。
「まだまだ、続きますよ。テーレー様の加護はこんなものではっ!・・・ぐふっ!」
サリスが放った斬撃はツンドルフの脇腹を捉え切り裂き血が溢れ出る。
「なる、ほど。風神の力を、こうも巧く操るとはさすが魔術師様・・・しかし、テーレー様の慈悲の前ではそれも無意味!」
叫んだツンドルフは自分の脇腹に黒の波動を打ち込む。
すると溢れ出ていた血は止り、痛みも消えた様に見えた。
「ドクターすごい、でも、あの人には効いてないみたい・・・」
グレンデルは驚きのあまり動けないでいた。
「傷口に血を出すことと、痛みを感じる事を忘れていただきました。さぁ、こちらの攻撃の番ですね!?」
(っ!波動が!!)
ツンドルフは突如グレンデルとサリスの二方向に向け波動を放つ。サリスは素早く『ウイン・ソール』を発動。高速で回避を行う。しかし、サリスの斬撃とツンドルフの回復にあっけに取られていたグレンデルは回避行動をとるが、遅すぎた。
右足に波動を受けてしまう。
「ぅう・・・痛く、ない?・・・!?」
波動を受けたはずの右足には目立ったダメージは無かったが立ち上がろうとしたグレンデルはすぐに違和感に気がつく。
「右足・・・動かない?あれ、私の足、棒みたい・・・」
右足の感覚が一切なく動かすことはおろか踏ん張りも効かない状態だった。
グレンデルが状況を理解するとツンドルフの声が聞こえてきた。
「グレンデルさん!ようやく捉えました!貴女の右足は動くことを、忘れてしまったのです!!」
「グレンデル!!」
波動を受け座り込んだままのグレンデルはサリスの声を聞くも、動くことすら叶わずもう一度放たれた波動の餌食になる。
「あはぁ…♪やっと当たって下さいましたか。痛みがないのもまたテーレー様の慈悲!痛みを忘却しているからなのです!」
二度目の波動はグレンデルの首から下を全て喰らい体の自由を根こそぎ奪い取った。
ツンドルフはその隙を見逃すはずもなく更に大きい波動を放ちグレンデルを亡きものにしようと叫ぶ。
「これで終わりです!!グレンデルさん!とても、呆気なかったですね。」
「ドクター・・・おじさん・・・助け、て。」
うつ伏せで倒れたグレンデルは言葉を放つ事がやっとの様子だった。
脳裏にはサリスとフレイの顔がよぎり、グレンデルは来るはずのない助けを求める。すると目線が土の上から上昇。かろうじて感覚が残っている頭の側面にポヨンと柔らかい感覚が伝わる。
「ごめんね〜!?サリスくんでも、フレイ様でも無くて!!でも私が来たから大丈夫だよ〜!?」
なんとグレンデルはリューシュに抱えられていたのだ。
「っ!!!リューシュさん!」
リューシュは発動していた魔法により高速でサリスの元にたどり着いた。
「リューシュ!カタがついたのか!?」
「あっちは雑魚だよ〜!!こっちが今回のボスみたいかな〜!?ボスだね〜!!」
「ド、ドクタぁ・・・」
スナイダーとの戦闘を終え二人を探していたリューシュはニコニコと笑い、グレンデルは安堵からドクターを見ると涙目を浮かべる。
そして、ツンドルフを見据えたままのサリスは提案する。
「リューシュ、長期戦はキツい。お前の斬撃は傷口を無効化されて意味がない。一発で決めるぞ。」
提案するサリスにニコニコしたままのリューシュは目を見開きニヤリと笑みを浮かべる。
「お!?サリスくんが得意なやつね!!いいよ〜!私が合わせるよ!グレンデルちゃん?手伝って!!」
「え・・・?手伝うって??」
「さっきの壁を作ればいいんだよ〜!!!」
イマイチ現状が呑み込めないグレンデルは抱き抱えられたままリューシュの腕の中で「わかった」と頷く。
「さぁ、一発やっちまうぞ!」
サリスは片手剣を構え
「よーし!!ワクワクしてきたよ!」
「やるよ〜!?サリスくん!『フレイ・フォース』!!」
リューシュが魔法を発動するとサリスの体は炎を纏ったかのように燃え上がる。サリスは構えた剣の先をツンドルフに向ける。
何かを企んでいる事を察知したツンドルフは一発で三人を殺すための魔法を使う。
「何をしようと無駄なことです!テーレー様の力の前では無力!無力!」
杖を無茶苦茶に振り回し辺りが次々と黒く染まっていく。
「触れたものを亡きものにする全方位の波動!!その名も
ツンドルフを中心とした黒の波は周りの景色を飲み込みながら三人を包もうと迫ってくる。
「今だ!!守れグレンデル!!」
「うん!『フレイ・ウォール・サークル』!!」
地面から湧き上がる炎の壁は三人を包む円形のドームとなり波動から守る。
しかしドームはじわじわと侵食され消えていく。
しばらく守ることが出来たが波動の侵食は止まる気配はない。
「ドクター・・・もう限界、壁、壊れちゃうっ」
グレンデルは心配そうにサリスを見やるが、サリスは炎を纏い構えたまま笑っていた。
「待たせた。準備完了だ。『ウイン・ジェット』!!!」
魔法を唱えると同時、爆発的な暴風を足元に発射したサリスはツンドルフに突っ込む弾丸と化す。
永劫忘却がサリスを襲うも纏った炎がかき消す。
「なっ!!永劫忘却をかき消しただと!?テーレー様っ!テーレーさ、まぁぁぁ!!!」
「あばよ。お前の大好きな杖ごと真っ二つになっちまえ。イカレ狂信者が。」
サリスはツンドルフに向かってつぶやくも既に上半身と下半身が離れた彼に聞こえたかは定かではない。
炎のドームが全て擦り切れ無くなったと同時にリューシュとグレンデルが見たものはは二つに切り裂かれたツンドルフの亡骸と黒の杖だった。
「っ!!!」
ツンドルフが死に、杖が折れた時、グレンデルの全身に鈍い痛みが走る。忘れさせられていた感覚が戻って来たのだ。
しかしその痛みは戦いが終わった今ではどこか心地のいい痛みだった。
「終わったね〜!!!なかなかの力だったよ〜!!やっぱりサリスくんは強いねぇ〜」
しばらく経って、リューシュがピョンピョン跳ねながら戻ってきたサリスを迎える。
あの勢いだとかなり遠くまで飛んでしまったようだ。サリスの顔には疲れが浮かんでいる。
「久々に動いたから体中が痛ぇよ・・・それよりグレンデルは??」
しかし、サリスはグレンデルの安否が気になりそれどころではないようだ。
「大丈夫〜!ちゃーんと元に戻ってゆっくり寝てるよ〜」
リューシュに抱えられっぱなしのグレンデルはスヤスヤと眠っていた。
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