第6話 午後のフレイグスの街並み

 午後になっても賑やかさが衰えないバザールを横目にサリスがつぶやく。

「さて、依頼の怪しい人物の事だが、とりあえずデーヴィのおっさんの所に行くか。あの怪しい魔道具が関係するのか気になる」

「あの杖、すごく嫌な感じした。それにしてもまだ賑わってるんだね。バザール」

「あぁ、これからバザールの目玉が出るらしいからな」

 サリスが指をさした先にあるポスターには18時からイベントがあると書かれている。

「私ちょっと見てみたいかも」

「やめとけ。どうせろくなイベントじゃねぇよ」

 暫く話しながら進むとデーヴィの魔道具店が見えてきた。



「おーい!おっさん〜!また来てやったぞ〜」

 店に入るやサリスが大声を上げる。

「そんな大きな声を出さんでも聞こえとるわい小僧!」

 デーヴィが店の奥から出てくる。


「お、おっさん、生きてたな。早速だがさっき見せてくれた黒い杖また見せてくれ。」

「んん??黒い杖?何の話じゃ?」

 心当たりが無いのかデーヴィは頭をポリポリと掻きながら首を傾げる。

「おじいちゃんが見かけない人が持ってきたって言ってた黒くて先が二股に分かれた杖。覚えてない?」

 う〜む、と少し唸ってからデーヴィは答える


「悪いのグレンデル。黒い杖なんて取り扱った記憶が無いわい」

 本当に記憶が無いのだろう。デーヴィは申し訳なさそうにグレンデルに謝る

「おいおい、歳がかなりいってるのは分かるが、肝心なところでボケるのはよしてくれよ・・・」

 サリスやれやれと目を細めながらデーヴィを見る。

「おいおいサリス。私はまだまだ現役じゃぞ。お得意さんの顔もしっかり覚えとるわい。それに黒い二股の杖なんてそうそう忘れるようなもんじゃないわい」


 それを聞いた2人はお互いの顔を見合わせる

「ドクター、おじいちゃん記憶取られてる?私みたいに」

「可能性としてはありえるが記憶を奪うなんて真似できる大きな力を持つ人間がこの街に居るって事か?居たとしてあの杖と関係があるのか?」


 後半はブツブツと独り言の様に呟いていたのでグレンデルには聞こえなかったが、黒い杖を持ち込んだ人物はまだこの街に潜んでいる可能性が高いとサリスは結論づけた。


「デーヴィのおっさんから杖を貰ってからはまだそんなに時間が経ってねぇからな」が根拠らしい。

「それに黒い杖と北西の怪しい動きは無関係に思えないな」と付け加えた。

「じゃあ北西に向かおうドクター。おじいちゃんの記憶取り返さないと・・・」

 記憶を奪われる恐怖を知っているからかグレンデルは普段よりも語気が強い。

「あぁ、そうだなグレンデル。守護神様からの依頼だ。急ごう」

 2人の会話をポカンと聞いていたデーヴィに「用事を思い出した」とサリスが告げ2人は今日2度目の魔道具店を後にした。



「この国、フレイグスの北西と言えば富裕層が暮らしている地域に当たるな。そんでこの地図の中央の辺りが今俺達が居る所」

『フレイグス国内』と大きく書かれた地図を指差しグレンデルに説明をする。

「少し遠いね。魔法車で行くの?」

「あぁ、そのつもりだ。20分とかからんだろう」


 先程停めた魔法車にたどり着くとサリスは離れるようグレンデルに言う。


「フレイ・フィール!」


 朝に見た光景が再びグレンデルの前で起こる。炎は魔法車の機関部に吸い寄せられ、魔法車は再び唸りを上げた。

「さぁ乗ろうグレンデル。目指すはフレイグスの北西、富裕層の街カナルだ!」




「スヤスヤとおやすみの所悪いが着いたぞグレンデル」

「・・・ぅん?もう着いた、の?」

 後部座席で横になっていたグレンデルはフラフラと起き上がるとサリスの目線の先にあるものを見た。

「着いたぞ、カナルの入口にな」

 それは大きな扉だった。しかしそれはどこか見覚えのある扉だった。

「おじさんの所の扉に似てる?」

「おお、よく覚えてたな〜グレンデル。これも勝手に開くからとりあえず魔法車から降りようか」

 2人が魔法車から降り、扉の前に立つと扉はひとりでに開く。

「この扉は神殿のものとは少し違ってフレイの恩恵があるものしか通さない様になっているんだ」

「じゃあ、私ひとりでも通れるんだ」

 サリスはうんちくを披露しながら、グレンデルはフードを被りながら少し嬉しそうに扉を通った。


 扉を通るとそこは中央街のメインストリートとは華やかさが明らかに違う大きな通りがあった。道は隙間のない石畳で舗装され、街灯は凝った金装飾が施されている。立ち並ぶ建物は皆豪邸だった。

 グレンデルは息を呑む光景に「わぁ・・・」と言ったまま辺りをキョロキョロと見回している。

「さて、グレンデル。綺麗な街に感動している所に水を指したくはないんだが、カナルでも聞き込みをするわけだ。少し当てがある。そこに寄っていこう」

「う、うん。分かったドクター」

 先々歩くサリスを追いかけるように小走りでグレンデルが着いていった。



「確か、ここだ」

 サリスが足を止めた豪邸は他の家とは一線を画す大きさだった。

 サリスは入口の門に立つ執事に「リューシュの友人のサリスだ」と伝えると「どうぞサリス様」とあっさり中に案内される。

「ドクターって有名人?」

 大きな庭を歩きつつグレンデルは尋ねる。

「富豪の友達が居るってだけさ。しかもかなり変人だから面白いやつ」

 ニヤニヤとサリスが答える。

 すると豪邸から一人の人物が出てきたのが見える。

 その人物はサリスの姿を確認するや手を大きく振り、大声で歓迎の言葉を上げた。


「おぉぉぉぉ!そこに居るのは〜!私の大親友の〜!?サリスくんかなぁ!?サリスくんだよね!?サリスくんだ〜!!私、また会えて嬉しいよ〜!!」


「相変わらずリューシュはうるさい奴だな・・・」

 耳を塞いでも聞こえる大声に愚痴るサリス。

 リューシュと呼ばれた高級そうなワンピースの上にパーカーをだらしなく羽織り、長い緑髪を束ねた笑顔の女性はアハハハと笑い「今日はどうしたんだい!?私の笑顔を見に来たのかい!?」と再び大声を出す。


「お前に聞きたいことがあって来たんだよ・・・」

「聞きたいこと!?私のスリーサイズかい!?それとも私の笑顔の秘訣かい!?それはね〜・・・んん!?」

 自分のペースで喋り続けるリューシュは喋る途中でグレンデルを見つけると

「なんだい君は!?とっても可愛い子じゃないか!?サリスくんの子供かい?それにしてはサリスくんに似てないね!!子供じゃないね!!君は何者だい?」

 勢い良く尋ねられたグレンデルはビクッと身を震わし恐る恐る答える。

「わ、私?私はグレンデル・・・ドクター、にお世話になって・・・」

「グレンデル!君はグレンデルちゃんって言うのかい!?いい名前だね!?いい名前だよ!」

 言葉を遮られたグレンデルは少し不満そうに「ありがと・・・」と返す。


「それにしてもサリスくん〜。こ〜んなちっちゃい女の子にドクターなんて言わせてるんだねぇ〜?」

 サリスに近寄り、ん〜?と目を細め問うリューシュにサリスは「うるせえ便宜上だ」と返す。

「で〜、なんの用だっけ〜!?探し物の手伝いだっけ!?聞きたいことがあるんだっけ!?聞きたいことがあったんだよね!最近出てきた怪しい人物についてだっけ!?」

 本題を聞かれずとも言い当てたリューシュにグレンデルは「すごい・・・当てちゃった」と驚く。

「相変わらず心読んでるみたいな奴だなお前はさ・・・」

「ふふ〜ん!私を甘く見ちゃダメだよ〜!?サリスくん、グレンデルちゃん?」

 えっへんと胸をはるリューシュは「詳しい事はお家で話すよ!?ここで話す!?お家で話そう!!」と2人を豪邸に案内した。


 グレンデルが目にした豪邸の中は予想をはるかに上回る豪華さだった。廊下の至るところに絵画が飾られ、額縁すら宝石で彩られている。天井にはゆらゆらと鮮やかに照明を反射したシャンデリアが揺れている。

(わぁ、、綺麗なお家、、)

「わぁ、、綺麗なお家、、って思ったでしょ!?グレンデルちゃん!!思ったよね!?」

 心を読まれたかのように言われたグレンデルは目を見張り

「う、うん」

 と答えた。

「どぉ?私自慢のお家は!?綺麗だよね!?綺麗でしょ!?でも私の部屋が一番綺麗だよ!行こう行こう!?そこでお話しようよ〜!」

 自宅を褒められ嬉しそうに飛び跳ねるリューシュは自室へ案内するため階段を登り始めた。


「どうだ?グレンデル、かなり変人だろ?」

「ドクターのお友達、変なのしか居ないね。話すの、楽しいけど」

「お前は嘘をつく事を知らないのかよ・・・もう少し包んでもいいんだぜ?」

 グレンデルの直球の返答に呆れるサリスを階段を登っている途中のグレンデルが振り返り答える。


「でも、みんな悪い人じゃなさそう。ドクター、行こ?」


「そりゃあどうも」

 とサリスも階段に足をかける。

「綺麗なお部屋、、楽しみ」

 ワクワクとリューシュに付いていくグレンデルは小声で呟く。

「期待しない方がいいと思うけどなぁ」

 サリスはため息混じりに言う。

「ちょっと〜!聞こえてるよ〜!?サリスくん〜!!ちゃんとお掃除してるんだからね!?お掃除してるっけ!?お掃除したよ!」

 ほっぺたを膨らませたリューシュは「ここだよ〜!」と自室の扉を開ける。

 そこで2人が見たものは、壁一面が大量のナイフで覆われた大きな部屋だった。


「ここが私の自慢の部屋だよ〜!!どうどう!?綺麗なお部屋でしょ〜!?綺麗だよね!?刃物の輝き!!」

 カーテンを全開にしているため日光が部屋に差し込みその光をナイフが反射して部屋全体を明るく照らしていた。


「相変わらず悪趣味で眩しい部屋だなおい!!」

 眩しそうに目を手で覆うサリスは部屋に入ると文句を言う。

「そういうサリスくんも、デリカシーないよねぇ〜?」

 機嫌が悪くなったのか、げんなりしたリューシュはため息をつく。


「ドクター、この眩しい部屋で人って暮らせれるの?」

 グレンデルの反応も相変わらずだった。

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