第5話 炎神の前でのブーツは蒸れる

 デーヴィの店から歩いて10分ほど経っただろうか、二人の前に赤い石造りの建物が現れる。大きさはかなり大きく、正面から見ると大きな壁のようだった。

「よし、神殿に到着だ」

「すごく大きいね・・・」

「あいつは結構見栄っ張りなところもあるからなその表れだろう」

 ニヤニヤと笑みを浮かべサリスは迷わず神殿に入る。

 グレンデルもその後をついていくがその足取りは緊張からか少し重い。



 両開きの石の扉が入口になっているようでサリスが近づくとひとりでに開く。

「石が勝手に空いた・・・」

 目を見開き驚くグレンデルを見て、これが見たかったんだよな~とサリス。

「やっぱ最初はビビるよな~。神のやることはイマイチ分らん」


 扉が開ききると中からは熱を持った風が強く吹き抜け、しばらくすると少し弱くなる。


「ドクター、神様怒ってる??」

「いつも通りだよ安心しな。おいで。置いてくぞ~?」

「ドクター待って」

 先へと進むサリスをグレンデルが小走りで追いかけ二人は奥へと進む。


 長い長い廊下の左右の壁を松明が照らす。どこを見ても一面燃え上がる様な赤色の石。

 その長い廊下の終わりが見えたのは足が疲れたという理由でサリスがグレンデルをおんぶして歩きだしてすぐだった。


「ほら、グレンデル、広間に出たぞ。ここでフレイに会う。疲れたから降りてくれ・・・」

 サリスは背中の上で疲れた足を休めつつ寝ようとしていたグレンデルを背中から引き離す様に下ろす。

「ん、魔法車より乗り心地良かったよドクター。ありがと」


 広間とサリスが言った空間はとてつもなく広く、壁の松明の光では端の壁は見えず、明らかに先程の廊下とは何かが違っていた。

 空気は張り詰め重く感じ、その場に居るだけで汗が出るほど熱く、流れている時間さえも今までとは違う。そんな錯覚すら覚える。


 グレンデルはそれを感じ取りすぐにフードを深く被り、杖を構えて周囲を警戒する。

「ドクター、ここなんだか嫌な感じする。暑いし、それに息が詰まる感じがする」

 対するサリスはヘラヘラといつも通りである。

「フレイの近くはいっつもこんな感じだからなぁ、慣れるしかないな」


 サリスは大きく息を吸い、ニヤリと口角を上げ叫んだ。


「おぉぉぉぉい! フレイぃ!! 顔見せに来てやったぞー!!」

 サリスの叫びはしばらく広間に反響し、そしてふたたび静寂が訪れた頃広間に変化が現れだした。


 グレンデルとサリスの前方の景色がぐにゃりと歪み熱による陽炎でゆらゆらと揺らめく。陽炎の中心から一点の炎が灯ったかと思うとそれは火の竜巻となり辺りに熱波を放つ。天井に竜巻が届きそうなほど伸びると少しづつ収束し空中にメラメラと燃える炎となる。その炎から筋骨隆々の上半身が現れる。腕を組み浮かび上がる顔には笑みが浮かんでいる。その顔は人間で言うと40歳に見えるだろうかしかし衰えは全く感じない容姿だった。


「俺のことを呼び捨てにするとは大したやつだと思ってみたがやはりお前しか居らんようだなサリス!愉快愉快」


 炎から現れた炎神フレイは呼び出した声の主がサリスとわかると豪快に笑った


「久し振りだなフレイ。そんなに人に会うのが珍しくなっちまったか?」


「あぁ、この国の守護神とはいえこんな殺風景な神殿だからな。仲良くなりたいが人間はあまり寄り付かんよ。だがこうして旧知の友が訪れた!今日は良き日よ!!」


「こんなに人と仲良く喋る神はあんただけだよ・・・」


「はっはっはっ!!ヘルメスやウインは冷たい奴らだからな、それに比べ俺は守護神まで務めておるからな変わり者なのは確かだな」


 と先程より大きな声で笑い続ける。

「サリスが来る時はいつも一大事だからな、俺もワクワクしてるのさ!で?何の用かな?」


 フレイは炎で出来た眉を上げサリスに問う。

「あぁ、まずはあんたにこいつを見て欲しいんだ」


 サリスはそう言いながら自分の後ろに隠れていたグレンデルを前に出す。

 フレイは品定めをするような目線でグレンデルを見、

「ほう、若くて可愛いお嬢ちゃんじゃないか。なんだサリスお前託児でも始めたのか?」

 と言い放った。


「冗談はよしてくれ。神の冗談はツッコミ切れん」

 サリスは珍しく呆れ返っているようだ。

「はっはっ!どうやら違うようだな!皆まで言わなくても分かる。そのお嬢ちゃん、ドライバーなんだろ?」


 グレンデルは自分の正体を何をすることも無く言い当てたフレイに驚きの眼差しを送る。

「ドライバーを見るのは久々だ!!やはり今日は良い日だったな!!お嬢ちゃん、俺は君が気に入ったぞ!何の用かな?俺に出来ることなら聞いてあげよう!」

 グレンデルはサリスの後ろから3歩ほどフレイに歩み寄ると


「ぁ、あの、神様、魔法ください」

 グレンデルは遠慮がちに要件をかなり端折って伝える。

「なるほど!恩恵か!いいぞそんなもの幾らでもお嬢ちゃんにあげるぞ!それと神様って出来れば呼ばないでくれ!ムズ痒くて仕方が無い」

 快諾と呼び名の変更を言い放つフレイをグレンデルはキョトンと見つめる。

「そんなに簡単に魔法くれるの?・・・えっと、おじさん」

「おぉ!!!おじさんか!その呼び名は初めてだ!なんとも愉快な子だな!ますます気に入った!!恩恵は幾らあげても俺にデメリットはないからな!簡単に恩恵は渡せれるよ。心配する必要はないさ」

 フレイはガハハハと大笑いしながら答える。

「ただ!条件がある!恩恵を与える前に神は試練を与え無ければならん。そうでないとお嬢ちゃんの体内魔素が俺の属性を受け入れてくれんからなぁ?」

 今までの笑いとは違う笑みをフレイは浮かべる。

「し、試練??」

「おい!フレイ!グレンデルはまだ戦闘能力が無いんだ、試練は早すぎる!」

 首をかしげるグレンデルをよそにサリスが声を荒らげる。

 フレイは尚もニヤニヤと笑ったままだった。

「心配はいらんよドクターサリス?簡単な試練さ・・・」

 グレンデルはサリスの方を向きニコリと笑う。

「ドクター。私なら大丈夫。試練頑張って乗り越えるよ」

「しかし、相手は神だ!何を言い出すか分からないんだぞ!?」

 サリスの心配もお構いなしにフレイが試練を言い放つ!






「もう一回おじさんって呼んでくれ!」






「・・・え?」←グレンデル

「・・・は?」←サリス



 その場の時間が、止まった。

 二人の頭は同じ疑惑が浮かぶ。

 まさか目の前の神は少女に再び[おじさん]と呼ばれたいと思っているのか。と


「簡単だろ!? な!? お嬢ちゃん!!」

 フレイは自分の事を人間と同じ様に呼ばれたがっているのをサリスは知っていた。しかしそれ自体を試練にする程だとは予想もしていなかったので呆気に取られたままだった。

 そんな事を知ってか知らずかグレンデルはあっさりと確認をとる。

「私がもう一回おじさんって呼べば魔法使えるようになるんだ。わかった。もう一回呼ぶね?」


「あぁ、頼むお嬢ちゃん。出来ることなら可愛くな!」

 グレンデルは呼吸を整え、大きく息を吸うと、炎で出来た神に向かい上目遣いで呟きがちに


「お、おじさん。炎の魔法使えるようにして」


 言い終えたグレンデルの頬が心なしか赤いのはフレイから放たれる熱のせいではないかもしれない。


「よぉし!!良いだろう!我が恩恵、炎の恩恵をグレンデルに譲渡する!」


 満足げな顔をしたフレイが右手をグレンデルの前に出し開くと掌の上に小さな火の粉が集まりやがて小さな炎が産まれる。それをフレイが握りしめ、再び手を開くと、赤く輝く拳程の大きさの石が出来ていた。


「これは【魔石】。属性主の恩恵を体内の魔素に記憶させるための石だ。グレンデル専用のな」

「これを持ってれば魔法が使えるの?」

「お嬢ちゃん。こいつを大きく握るんだ」


 差し出された魔石をグレンデルが受け取り強く握る。すると握りしめた指の隙間から炎が漏れ手を包む。その炎は熱さは全く感じない。そして炎はグレンデルの胸に吸い込まれるように飛び、魔石の輝きが失われる。


「これで完璧だ。お嬢ちゃんは炎の魔法を使えるようになった」

 グレンデルはニコリと笑い、輝かなくなった魔石はギュッと握りしめたまま

「ありがとう」

 と一言伝えた。


「魔法の発動なんかは全部サリスに聞くといい。あいつは使い慣れてるからな」

「フレイ、全部俺に押し付けかよ・・・でも助かった。ありがとう。これでグレンデルは魔法を使えるようになった。さてグレンデル、ここには用はなくなった。そろそろ行くとするか」

「うん、魔法使ってみたい」

 サリスとグレンデルはうなずきあい、神殿から出るためフレイに礼をいい振り返った時、フレイが二人に問う。

「最後に聞きたいことがあるんだ。お嬢ちゃん、ドライバーである君が今までどの恩恵も持ってなかったと言うのは少し引っかかるのだが?」

 そうだよな・・・とサリスは1人小声で言うと

「実はグレンデルは結晶が誰かから奪われた様なんだ。だから恩恵も持ち合わせて無いし、魔法の発動方法も知らん」

 フレイは驚きの表情を浮かべる。

「なるほどな・・・他人の結晶を奪うなんて輩が居るのか・・・しかし、そんな事が出来るのはかなりの実力が無いと無理な話。お前達二人は結晶を探す旅に出るために俺の所まで来たと」

「そういう事だ。今の所手掛かりは掴めて無いけどな」

 やれやれとサリスはため息をつく。

 それを見たフレイは何か心当たりがあるのか少し考えた。

「・・・そう言えばこの国の北西の方から少し変わった奴らが出入りしている様だな・・・少々怪しげだとは思ったが国には実害は及んで無い。まだ放置しておるが調べてみる価値はあるかもしれん。俺からもサリスの腕を見込んで調査をお願いしたい」


「そういや、デーヴィのおっさんも怪しげな奴が来たって言ってたな・・・よし、その依頼受けよう」


「私の記憶、もしかしたら戻る・・・?」

 そうサリスに問うグレンデルは少し不安そうに見えた。

「大丈夫だ。グレンデル俺がいるからな。それにお前はもう魔法が使える」


「では依頼をした!報酬も用意して待っておこう!サリス、お嬢ちゃん、頑張ってな!いい報告待ってるぞ!!」

 そう言ってフレイは炎となり、その炎は少しずつ消えていった。

「よし、次の目的も出来たし、行くとするか」

「うん。ドクター、おじさんの依頼頑張ろう」

 そう言って二人は神殿を後にした。


「そう言えば、フレイはどうだったよ?熱苦しかったか?」

 帰り道、サリスはフレイについてグレンデルに尋ねた。

 グレンデルは先程貰った魔石をポーチに入れながら答える。

「うん。でもいい神様。でも、すごく熱かった。ブーツが蒸れる」

 それを聞いたサリスはアハハハと笑い、その笑い声は長い廊下にこだました。

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