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エリー.ファー

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 自分でも何が正しいのかなんて分かってはいないのだ。

 どうしても、ここにいてはいけない。

 ここから逃げ出さなければいけない。

 こんなにも安っぽい光の中に自分の身を落としてしまったのだから、おかしくなるに決まっている。そこから抜け出そうと思ってもがいたところで、誰かの餌食になるに決まっている。

 どういうことなのだろう。

 何も、何も自分には残っていない。

 ありふれた人生すら、手に入らないのは、自分が選んだことなのか。

「もう、時間だ、ほら、体を拭け。」

 俺は静かに体の周りから出ていく湯気を見つめていた。自分自身の感情がそのまま期待になって行ってしまえばどれだけ楽だろう。

 この場に、自分以外にもっと貧困にあえぐ人間がいたら、この思いを形にできただろうか。

 そんな疑問を浮かばせては、また拳を握って影に向かって二三発繰り出す。

「お前はこれからは商品なんだ。自分のことを大切にしろ。」

「結局、同じだろう。」

「何が、だよ。」

「火星のスラムでも同じだった。命をかけて殺し合う。それがエンターテイメントに昇華されてただの殴り合いになっただけだ。ここに、俺たちは、何のプライドもない。」

「プライドがないことを別段、こっちも意味があると思っている訳じゃない。金さえ稼いでくればそれ以上の意味など、こちらで幾らでも用意してやる。ほら、行くぞ。」

「逃げるために、ここに来たのに、結局、殴り合いか。殺し合いから喧嘩になって低俗のまま、自分の人生を塗り固めている。それが分からない俺ではない。」

「分かったことが、そのまま賢いことに繋がるならな、みんな、お堅い仕事に就きながらこういうところでストレスの発散なんかしないんだよ。お前ははけ口だ。」

「今日は、誰と戦わされる。」

「知らない。」

「知らない相手と戦わされるのか。」

「そういうことだ。」

「何がしたい。」

「こちらとしては金もうけができればいい。」

「もう、腕も足も、顎でさえ、改造した。親からもらった体にこんなにもメスを入れて、すべてからエンジン音が鳴り響いてくる。ふざけるな、ふざけるなよ。」

「似合っているじゃないか。」

「もう、殴ることしかできない。」

「どうする。」

「なにが、だ。」

「ここから逃げてみるか。」

「何度も何度も試みて、その度に、俺の体の中のなかにある。マイクロチップが作動する。心臓が握りつぶされるような痛みで動けなくなる。」

 逃げることもできない。

 きらびやかなリングに上がる以外の道がない。

「いいじゃないか。殴って、生きていける。死がなくなり、病がなくなり、人々が完全に管理されて、暴力すらない。」

「ここにある。」

「あるんじゃない。作り上げた。」

「満足か。」

「何が、だ。」

「満足、なのか。そう聞いているんだ。俺は。お前に、俺がそう聞いているんだ。こんなことをして、満足か。なぁ、満足なんだな。」

「エンターテイメントは好きか。」

「大嫌いだ。」

「本当だな。」

「あぁ、本当だ。」

「しかし、そのエンターテイメントの中でしか、お前は日の目を見ることもない。」

「こんな偽りだらけの世界に愛着も、何もない。」

「そうか、残念だ。」

「殺すのか。俺を。」

「殺すだろうな、それは、さすがに。」

 俺は少しだけ後ろに下がり、ロッカーに肘を当ててしまう。

 そうか。

 もう。

 もう、下がれないのか。

 目の前の男は歯の間から黒煙を吐き出しながら、両頬と、両足についた、歯車を回し、エンジン音を頭部から吐き出しながら、大きな声で笑い始める。

 出入り口の向こうに続く、リングからは俺の名前を叫ぶ観客たちの声が聞こえてくる。

 レーザーが廊下を反射して、視界に入る。

「チャレンジャーのまま死にたかった。美しくなくていい。チャンピオンなんて、悲劇の産物じゃないか。」

 誰かの笑い声がリングから響いてくる。

 耳を澄ましてみる。

「今日こそ死ねよチャンピオンっ、全財産つぎ込ませやがってよっ、ぶち殺すぞこの野郎っ。」

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