エピローグ

――――――二一一七年、人類は過去の偉人の遺し給うた機構(システム)を手に入れた。完成したそのシステムはこれまでの人類史に於けるどの発明よりも画期的で暴力的で無神経な発明だと言っていいだろう。何せその瞳はすべてを見通してしまうのだから。

いやはや、このシステムを作った神様は全く持ってプライバシーと言うものを考えていないのではと、つくづく作業中に思う。自分がシステム技師に任命されてからずっとずっと、このシステムと向き合ってきたがまだまだ底が見えない。そもこれは我々人類に扱いきれる代物なのかどうかという疑問さえ湧いてくる。

まぁ、何が何でも使いこなして見せるが。


「まーたしかめっ面でメンテナンス作業か、オースティン。全く、そんな一年中眉間にしわ寄せてたら俺みたいにモテないぜ~?」

後方から声が聞こえた。この聞くだけでちょっとイラッとするこの声音の持ち主は―――

「余計なお世話だカイル。そもそもなぜお前はここにいるんだ?別に今は休憩時間じゃあないだろうに。どうせまたお偉方に駄々こねくりまわしてサボりに来たんだろう?」

「ハハ、バレてやんの。まー、その通りだよ。だって俺は忙しいからネ!少しは休憩を挟まないとやってられないんだよー。天才だし、俺」


彼がここに来るのはいつものことだ。日常的にサボりに来るというのは如何なものなのか。

そんなこちらの事を他所に、ぼやき始めるカイル。

「全く、マルドゥクのやつ、勝手にいろんなことするんだもんなー、参っちまうよ」

「神様なんて、そんなもんだろう。それに、モスデータやらifやらも綺麗サッパリ、メンテナンスで取り除いてくれたんだ、悪さばかりするわけじゃないだろう?」

「ま、それもそうだ、別にいいかね、少しくらいのやんちゃは許してあげようじゃないか、天才故に」

「んで、どうだカイル。その身勝手な神様達から、なんか連絡は来たのか?」

ボサボサの頭を掻きむしりながらぼやくカイルに質問する。  

「ん、来たよ。最初は奴さん、突っ慳貪な態度取ってたみたいだが最近は大人しく一緒にアカシック・レコードを見守ってるんだと。随分と丸くなったもんだなぁ」

「そうか……。結構仲良くなったのか?」

「んー、まぁ少しはなったんだろ、こうして連絡よこすくらいだしな」

あの特異事変から長い年月が経った今、マルドゥクと彼は共に私達を見守っているそうだ。


彼を打ち倒した後、私たちは状況の沈静化を図るのに多大な時間を要した。アカシック・レコードが一時的に使用不可になっていた状況を、人々は酷く怖れ嘆いた。この世の終わりだなんて言い始めるニュースキャスターもいた。

まぁ実際、一度終わりかけた(というか終わった)んだが。

それらの心配を吹き飛ばすべく、私たちはあの手この手で言い訳を作っては放って、作っては放ってを繰り返し、なんとか世界中の人々を落ち着かせた。

無論、神霊の存在は一切明るみに出していない。あれは、アーバンレジェンドの中で生き続けていたほうが良い代物だ。彼らもそれを望んでいた。

  

「なーなー、飯食いに行かね?」

「まだ作業中だと言っているだろう」

「いいじゃーん、ばれねーよー、ってかお前別に部下に任せちまえばいいじゃんかよー」

「嫌だ」

「なんで!真面目か!」

「なんででもだ。そら、いい加減にしないと―――――――――」

  

「オースティン・レイニー主任の言うとおりだ。カイル・ベイカー特別技師。君の素行にはいささか問題が多い。あまりに酷い場合は特別技師の任を解くのもやぶさかではないと所長が仰っていたぞ?」

ホールに低い声が響く。聞くものを否が応でも緊張させる老練たるこの声の持ち主は―――――

「げっ!?エルダー所長!?な、なんでこんなところにいらっしゃって……」

「君の奥さんから通報を受けてな。彼女、相当に怒っていたぞ……」

「……アミータ、そんなに怒ってました?」

「……相当だ。正直、少し怖かったぞ」

「死んだな、カイル」

「うぉい!親友ならもう少し俺のことを案じてくれても良いんじゃない!?ほんとに死ぬぞ!?」

「やっぱり、ここにいたんですね、カイルさん」

「「「あっ……」」」


カイルがとっちめられている最中、さらに二人の客がやってきた。


「オースティンさーん!またお弁当忘れていきましたねー!?」

「んー、君たち、サボるのは良くないネー?」

所長の任から退いたアルウィンと、レイラだ。

「すみません……レイラさん……」

「もう!せっかく可愛い奥さんが毎日お弁当を作ってあげてるのに!」

「すみません……」

「ふふっ、オースティン、お前も道連れだ……」

「カイルさん、話、終わってません」

「はい……」


新たな生活に、新たな関係を築き、そして新たな日常として、並んで正座され説教されている男性二人。


「全く、毎度のことながら学ばないな、君たちは……」

「全くネ」

現所長と前所長が顔を見合わせ、苦笑いする。

「そういえば、アルウィンさん、この前言ってたことなのですが……」

「ん?あー、あれネ。本当だヨ」

「そうですか……、いや、私のところにも届いてはいたのですが……」

「はは、最初は信じられないよネ」

「何が届いたんすか……」

「あ、お疲れ様、二人とも」

説教から開放された二人の手綱を握るように、レイラとアミータが歩み寄ってくる。『なかなかの貫禄だ』とエルダーはひっそり心の中に所感を述べた。


「メッセージが届いたんだよ」

「メッセージ?どんな内容なんです?」

「ほらこれ」

宙にバーチャル画面が表示される。

「これ、誰からなんです?」

「ん、それはね――――――――――――――」


人の物語は、機械仕掛けだ。

錆と油に彩られた歯車。

積み上げた時間こそが原動力で。

大きな歯車はそれに呼応し、ゆっくりと回り出す。

それぞれの歯が噛み合い、次の物語を紡ぎ出す。


世界は彼女のように美しく在り続ける。

人々は彼女のように粛々と営みを続ける。


あたたかい日々。

「また明日」と言える、その幸せを、私は気づけたと思う。

だから、どうか。

どうか、末永く、この星の営みが続きますように――――――――

P.S

キングーも答えを得たようだ。

このメッセージを送ったこと、くれぐれもばらしてくれるなよ?

信じているぞ、我が朋友達よ。




~Fin~

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人神叙事詩 猿烏帽子 @mrn69

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