十一章・神命裁定

徐々に勢いを失う炎。

燃え盛る身体は次第にその熱を失っていた。

「―――――――――――」


「やった―――――――――――!!!」

歓声に湧き上がるオペレーションルーム。

ついに、諸悪の根源を打ち倒したのだ。

それは同時に、自分たちの「故郷」を守り通したということだった。

  

「っ、立ってられん……」

大の字に寝転がるエンキドゥ。

彼も自身を爆熱に晒しながら攻撃をしていたため、立ち上がる余力はなかったが、その耳に届くオペレーションルームの歓声に浸りながら、笑顔を浮かべていた。

  


そんな歓声に湧き上がる中、マルドゥクは何やら少し思案すると、横たわるキングーに近づいていった。

  

そのことに、オースティンたちも、エンキドゥも気付いていなかった。

彼らが気づいたのは、彼が言葉を発した時だった。

  

「キングー。我が宿敵よ。余と共に、人の物語を見てみないか」

「――――――――――」

  

静寂が訪れる。

今、この異形の神はなんといったのか。

  

「な、何言ってんだマルドゥク……!」

「何を言っているのです……!?」

「乱心したか、マルドゥク……!」

  

「余と共に、人の物語を見てみないか、と言った」

毅然と言い放つマルドゥク。

  

「馬鹿か!マルドゥク!お前、キングーを治療して、アカシック・レコードを一緒に守るとでも言うつもりか!?」

「そうだが」

「――――――――――――――――――――」

あまりのことに言葉が出ない。


神の尺度というものは人には理解できない結論を出すことがある。

神様が人々から畏敬の念を抱かれているのも真に、人智を超えた力を持ちながら、人知の外にある答えをさも当然のことのように出すことが理由だった。

神とは、人からすればとても身勝手で、それこそ自然災害と変わりないものなのだと、この時改めてオースティン達は理解しただろう。

だが、それは同じ神でさえも、理解の範疇を超えた解答だった。

  

「ソノヨウナ真似ヲシテミロ、オ前ヲ食イ殺スゾ……ッ」

マルドゥクの声に呼応してキングーが声を絞り出す。

「オ前は、我ガ妻ヲ壊シ、ワタシモ壊シタダロウ……!ソンナ相手ト共ニ、ヒト如キノ物語ヲ見ルダト……!?吾ラヲ嘲ルノモ大概ニシロ……!」

連なる呪詛をただ聞き入れるマルドゥク。

エンキドゥやオースティン達の声を尻目にマルドゥクは声をかけた。

「なら、言い方を変えるとしよう。余共に生きよ、これは神令である。」

「ナ……!?」

  

「マルドゥク!戯言もいい加減にしろ!」

エンキドゥがふらつきながらも、マルドゥクのもとに辿り着く。

  

「戯言ではない」

「ならたちの悪い冗談だ!お前は自分の故郷を守って欲しいだなんて抜かしておいて、お前を信じてくれた人たちを裏切るつもりか……!」

「そうではない」

「ならなんだって言うんだよ!」

「愛だ」

「……は?」

マルドゥクは至極真面目に、その一言をつぶやいた。

「この者には愛が足りぬ故、人の輝かしい、愛の物語を見せたいのだ。」

「――――――――――――――――」

「―――――――――フザケルナ!!!」

激昂するキングー。

「全テ、オ前ガ奪ッタクセニ!!!!」

「キングー、汝の過去を垣間見た」

「ナニ……?」

「汝はこれまで、多くのものを害してきた」

淡々と言葉(じじつ)を述べていくマルドゥク。

「神を、人を、世界のすべてを喰らい尽くしてきた」

それは言い逃れ様のない、罪の在り処。

「だがそれはひとえに、寂しかったから、だろう?」

「――――――――」

「余は確かに、お前から愛を奪ってしまった。だからこそ、今の余に出来る最大の弁明として、人の物語を見てほしいのだ。その為になら、余はお前に我が神格の半分を分け与えることも吝かではない。お前からすれば、これは傲慢極まるものなのだろうがな」

「……ナゼダ、ナゼ、オ前はソンナニモ人ノ物語ヲ見セタガル?」

「余が人間を創ったのはただただ、神へ奉仕する生き物が欲しかっただけだった。だが、人々はそんな身勝手な我ら神々に対し、様々な形で感謝の念を伝えてきた。中には二千年以上もの年月を経た今でさえその形を残すモノもある。人々は長くて百年ほどしか生きることが出来ないほど脆弱な生き物であるというのにだ。余はそれが不思議で仕方がなかった」

「マルドゥク……」


人と神。

歴史をどれだけ遡ったとしても、切っても切れぬ、生命の縁。

創った者と創られたモノ。

別に、神は人だけを創った訳ではない。他にも多くの動物を創った。

だが、実際に姿を見せた訳でもないのにやたらめったら多くのことに託つけて感謝の念を形に表してきた珍妙な生き物は、人だけだった。

神々はさぞ不思議で仕方がなかっただろう。

こいつらは何故こんなにも我ら神々を信じて、崇めるのかと。

神の中には人が増えすぎだからという理由で地上に大洪水を起こした者もいれば、人を攫い、無理やりに強姦し、挙句の果てに殺したなんて者もいる。

理不尽、理解不能。

人からすれば神とはそんなものであるはずだ。

だが人々は、神を恐怖する一方、確かに神を愛していたのだ。

人は、人の数だけ愛を表現する方法を持っていた。

それはあたたかくておだやかなもの。


「余は何故人々がこのような真似をするのかを知りたくてな。それ故に人の物語をを蒐集することにした。最初は愚かだと思うこともあったが、キングー、お前に始めに攻撃された時、余は激昂した。その時は、自分でもわかっていなかったが、長い間見守り続けて、余も人に絆されたのだろうな。人の物語を、愛を壊されることが我慢ならなかった。他の神に何故かと問われても余は答えられなかった。だが今なら分かるぞ」

「――――」

ただひたすらに、思うがままを話し続けるマルドゥクの話を聞き続けるキングー。

「余は、羨ましかったのだ。愛される、ということがたまらなく、羨ましかった。」

「ナニ……?オマエハ、スベテ、ヲ、モッテイタダロウ……?」

キングーとて、その答えは意外なものだったらしい。

それもそうだ。

彼は最高神にまで上り詰めた神なのだ。

キングーからすれば、彼は"全てを持っている"に等しいだろう。

「あぁ、確かに余は全てを持っていた。だが、それはただ、"持っている"に過ぎなかった」

「ナニガ、フマン、ナノダ……!」

怒りを滲ませながらキングーが問いただす。

「余はお前のように愛を知ってはいなかったのだ。産まれてすぐに、余は神々に求められ戦った。そこには情なぞ無く、あるのは威信のための道具としての使命だけだった。だから愛を羨んだ」


マルドゥクは一生を天涯孤独で過ごした。

他の時空では子を設けたりしたこともあったろうが、この世界のマルドゥクは戦った後、すぐに「天命の粘土板」の守護神になった為、他の神との交流も少なかったそうだ。


「愛を羨んだ余は、愛の源流を知れば、余も愛を知ることが出来ると思ったのだ。様々な物語を見た。だが、真理には至らなかった」

「ハ、サイコウシンニノボリツメタクセニカ」

キングーが嘲る。

彼からすればその愛を奪ったのはマルドゥクの方だった。

「うむ。人の世を探し続けても見つかることは無かった。だが、答えは最初から直ぐ側ににあったことを、お前が初めて来た時に知った。」

「ゴタク、ハ、モウイイ。オマエノアイナゾ、シッタコトカ!イマニオマエノクビヲ――――」

「この世界に愛が溢れる理由、それは汝の妻、ティアマトの産み出した世界だからだ」

「――――――――」


彼女の名を聞いた瞬間に、ドクンと身体に衝撃が走ったような気がした。

「この世界の在り方は、ティアマトそのものだ。人々は彼女のように、慈愛を知り、粛々と営みを続けている。故に、彼らが積み上げてきたモノを見ることは、汝の終わりのない怨恨に何かしらの答えをもたらすのではないかと思ったのだ。余が、人を愛してみたくなったように。」


ティアマト、彼女の、ように。

忘れかけていた熱に火が灯る。

温かい毎日を望む憧憬の念は、いつしか全てを壊したいという憎悪の念に変質していた。


ワタシ、は、そんなものを望んでいたのだろうか……?

いや、いいや。

違う、違った。

そうじゃなかったのだ。


この身体の震えがいつまでも止まらなかったのは。

壊せることが嬉しかったからじゃない。

壊してしまうことが怖かったから。

食べれることが満たされることだったからじゃない。

食べることでより寂しくなっていくからだった。


ワタシが望んでいたモノは――――――


「ハ、ハハハ……」

  

そういえば、昔自分でもそんな事を思っていた気がする。

それに、彼女の言っていたことも。

だけど、いつの間にかそれを忘れて、ただひたすらに食べることで寂しさを埋め合わせようとしていた。

彼女は確かに、多くの生命の母となることを望んでいた。

「天命の粘土板」が極点に達したこの時空は、彼女の願いが一番の形で現れているものと言ってもいいだろう。

そんな事にも気づかずに、ワタシは全てを喰らい尽くそうとしてきた。

それは、彼女の願いを踏みにじる行為であることに気づけずに。

  

「ナゼ、気ヅケナカッタノカ――――――――――――――――」

あまりにも遅かった。

もっと速くに気づけていたのなら、こんな結末を辿ることはなかったのかもしれないのに――――――――

「遅スギタ――――――――」

  

あまりの悔しさに涙が溢れ出る。

あまりの愚かさに怒り狂いそうになる。

あまりの無念さに全てを忘れてしまいたくなる。

  

でもそれが許されることはなかった。

「だが、気づけただろう?」

マルドゥクはこちらを見つめていた。

「気づけたのなら、それは幸せなことだ。中には気づけないで一生を終える者もいる。生きている内に気づけたなら、まだやれることはあるだろう」

「――――――――」


あぁ、そうか。

ワタシはまだ、生きている。

まだ、世界を見つめることが出来る。

なら――――――――

「……本当ニ、見ラレルノカ」

「うむ。この時空の創造神である余が約束しよう。この世界の遍く命の輝きの美しさを、汝は知ることが出来るだろう」

「ナラ――――――――」

美しい世界を見れるのなら――――――――

「ワタシ、ハ、生キタイ……」

「うむ。」

「世界ヲ、見タイ……」

「よくぞ応えてくれた。汝は今日このときから、我が惑星の朋友とならん」

マルドゥクの治療が始まり、視界が光に包まれる。

  

遠い星での記憶。

二人で過ごしたあのあたたかい毎日。

隣に君はもういないけれど。

  

「あぁ、わたしは、やっぱり――――――――」

  

気づくのが遅くなってしまったけれど。

君はずっと、側に居てくれていたんだね。

気づけなくて、ごめんね。

  

「ティアマト、君と共に在りたい――――――――――――――――」

  

色を取り戻していく世界。

これから世界は、どんな声/言葉を聴かせてくれるのかな。

  

「楽しい、あたたかい日々を、――――――――――――」  

  

物語は続いていく。

ここより先に綴られる言葉に限りはなく、響く声は高らかに空に届こう。

続いているのだから、心配する必要はない。

     

さようなら、あなたの全てだったもの。

あなたは全てを知りながら、それに気づいていなかった。

  

さようなら、わたしの全てだったもの。

わたしたちは、ほんの少しの希望を胸に抱き、今まで通りの日常に気づけた。

     

さようなら。

  

さようなら。

  

あぁ、この言葉の後に、

「また明日」

なんて言葉が紡がれる楽しみが、ずっと続きますように―――――――――

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