十章・返報回帰
全てを咀嚼し終えた捕食者は、かつて無いほどの充足感に溺れていた。
「天命の粘土板」を書き換えた彼は現実世界にいる全人類をも捕食していた。
「イッパイ、イッパイ!」
全時空系最大量のリソースを喰らった彼/彼女はさらに力を増し、残る二つの時空も既に補食し終えていた。
つまり、それはここより「先」に、如何なる生命活動が生まれることが無いということだった。
「タリナイ、タリナイ……」
何もない世界に、キングーはひとり、かつてのように漂い続けていた。
「ゥ……」
たらふく食べたからか、少し眠くなってきた。
瞼が重い。今は眠ろう。
いっぱい食べたから、楽しい夢を見れるかな。
微睡み、完全に意識が眠りに落ちるその間際、彼の身体を異常が襲った。
「ギ―――――――!!!!?????」
「イタイ、イタイ、イタイ―――――!!!!?????」
身体の中から引き裂かれるような感覚。
自分の大切なものが引き剥がされていくような感覚。
構成していたものが引き抜かれていくような感覚。
「ガギ、ガアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――!!!!?????」
世界が明滅する。
あまりの痛みに自分が分からなくなる。
希釈する意識。
音が流れてくる。
――――――エテメン・アンキ、起動開始。――――――
これはたぶん、「声」というモノ。
「ナnデ、NaンdE――――――――――――!!!!?????」
この声を知っている。
知っている。
知っている!
――――――生命は矛盾を孕み、可能性を生む――――――
紡がれる声。
知っている。
この声の持ち主を知っている!
――――――余は「過去」であり、「未来」であり、――――――
何故、何故、何故、何故……!
「a҉a҉a҉A҉a҉a҉a҉a҉a҉a҉a҉A҉A҉A҉A҉A҉――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!」
――――――余は、――――――
「mAルドゥkuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
――――――決して消え失せる事のない、「現在」である――――――
最後の言葉に呼応し、キングーの半身が破裂する。
飛び散る鮮血と、無辺際の情報。
捕食されたモノ達が声に応じ元の形に回帰する。
キングーは文字通り、"時間の矛盾"に串刺された。
「n҉a҉u҉d҉b҉a҉d҉f҉j҉a҉@҉g҉a҉@҉j҉a҉p҉d҉h҉n҉a҉―――――!!!!!!!!」
言葉にならぬ悲鳴を上げる捕食者。
「こうして直接相見えるのは何千年ぶりか、キングー」
「n҉a҉n҉d҉e҉,҉n҉a҉z҉e҉,҉n҉a҉n҉d҉e҉e҉e҉e҉e҉e҉―――――――――――――!!!!!!!!」
「分からぬか、お前は"時"に殺されるのだ。余のエテメン・アンキは太虚の七日間であり、『現在』を形にした神殿だ。故に、膨大なリソースを必要とするが、余は過去にも、未来にも干渉出来る。余は、我が朋友達がお前の尖兵を相手取っている間、領域を隔離し、その干渉の為のリソースとした。彼らが居なければ、このような真似は出来なかっただろうな」
「キングーの顕現を確認……、は、反応が急激に弱まりました……!?」
「周辺領域が不安定になりつつあります……、あれ?徐々に安定に向かってる……?」
「顕れただけでこれか……、反応がもう一つあるぞ!?」
「我が御使い。よくぞ我が託けを果たした」
「な、マルドゥク!?」
咀嚼された情報が蘇生する。
「マルドゥクだって!?」
「いつの間に出てきたんだ!?」
オペレーションルームに動揺が広がる。彼らからすれば、マルドゥクは突然その場に顕れたのだ。
正確に言うのならば、マルドゥクは"そこにいた"事になっているのだが。
「ふっ、そう慌てるな、我が朋友達よ。これも全て、汝らの尽力あってこその"結果"だ」
「え、え?」
「どういうことだ……?」
「時限爆弾、というやつよ。お陰で、余の神殿も吹き飛ばされたがな」
「んー、さっぱり分からないネ!」
マルドゥクの神殿、エテメン・アンキは「現在」を形にした神殿である。アカシック・レコードを捕食する際、キングーは全てを捕食した。その時にこのエテメン・アンキも例外なく彼の胃袋に流し込まれていた。
これは実際に彼らの時空が辿った"結果"だった。
では何故、捕食された彼らは蘇生を果たしているのか。
それはマルドゥクが、"時間を火薬とした爆弾を仕掛けていたから"だった。
彼はアカシック・レコードから必要量の領域を隔離、それをデコードし、リソースにした。
それを用いて「現在」から未来にアクセスした彼は、そこにスイッチとなる"矛盾"を検出するプログラムを組成した。
そのプログラムはただ、"時間を確認するだけ"の単純なモノ。
だが、それは起爆剤にはうってつけの衝撃になるのだ。
マルドゥクの"現在"とは、その性質上、どの時間にも存在する物だ。
連綿と続く"イマ"。
だが、形而上のものであるが故、その神殿がオースティン達の時間に干渉することは無い。
否、干渉してしまえば、"現在"と"イマ"が同時に存在することになってしまう。
"二つの同様の時間の存在する"という矛盾が生まれ、それを観測すると事象飽和が起きる。
少し前の物理エンジンを搭載したゲームを思い出してほしい。
一つの3Dモデルが存在する位置に、もうひとつの3Dモデルを配置させるとどうなるか。
物理エンジンは同じ空間に存在しえない質量があると、常軌を逸した演算結果を生み出す。
その結果が、3Dモデルがぐちゃぐちゃに混じり合ったり、弾け飛ぶように3Dモデルが吹き飛ぶ様を生む。
これと同じことがキングーの身体に発生したのだ。
エテメン・アンキ、"現在"を捕食したことにより、キングーに元から流れている"イマ"に、もうひとつの存在し得ない時間が現れた。そこに、マルドゥクが仕掛けたプログラムによる"観測"が行われた。
結果、二つの同様の時間による矛盾が生まれ、事象飽和によりキングーの半身が吹き飛んだのだ。
「k҉o҉r҉o҉s҉u҉k҉o҉r҉o҉s҉u҉k҉o҉r҉o҉s҉u҉―――――――――――!!!!!」
「今こそ好機だ。我が御使い、朋友達よ」
「お、おう!」
「事情は分からないけど、分かりました!」
「敵対神霊キングー、当初の観測反応より力は減少していますが、なお膨大な力を有しています!」
「手負いの獣ほど恐ろしいものはない、油断せずに確実に仕留めるぞ!」
「了解!」
「攻性プログラム、一斉掃射!」
エルダーの指示の下、光の矢がキングー目掛けて放たれる。
「儂たちも行きますかね!」
「いや、余は行かぬ」
「なんでまたー!?」
「働け、御使い」
「働いてるでしょうがっ!……あー!もう!」
駆け出すエンキドゥ。
対してマルドゥクはその場から動こうとはしない。
「オースティン、我が朋友よ」
「なんでしょうか……?」
「粘土板をここへ」
「今この場に粘土板は届いていません。情報を送らせることも出来ましょうがしかし、キングーは未だ力を有しています。ハッキングされては意味が無い」
「余が道を作る。それを介して送らせよ」
マルドゥクが宙をなぞり一筋の小さな光が伸びていく。
「パイプラインが生成されました!これなら行けるかも!」
レイラの報告が飛ぶ。
「っ、すぐに探検隊に通信を送れ!今すぐにだ!」
エルダーの指示が飛んでから約3分後、粘土板の情報がパイプラインを通じて届いた。
「届きました!」
「ここへ」
「は、はい!」
マルドゥクに促され、緊張しながら粘土板の情報を転送するレイラ。
「よくやった、我が朋友」
「あ、ありがとうございます!」
「うむ。では――――――――――――」
マルドゥクが指を鳴らすと二つの粘土板の情報が結合し、光を発し始めた。組み上がっていくプログラム。光は形を変え、しなやかな曲線と、空間を貫くような直線を描き出す。
「御使いを呼び戻すが良い」
「り、了解」
「エンキドゥ!戻ってこーい!」
「わしゃ犬か!」
キングーと対峙していたエンキドゥが帰還する。
それを確認するやいなやマルドゥクはキングーに目掛けてその粘土板の光を放った。
「これは……」
光に包まれたエンキドゥが再び姿を表した時、彼の両手には弓と、矢が握られていた。
それはかつて、英雄だったマルドゥクがティアマト討伐に用いた、神弓。
"文字"という形にエンコードして、粘土板に刻まれた、彼を英雄たらしめる象徴。
「それが彼奴を倒すのに必要になる。お前が持て、エンキドゥよ」
「……初めて名を呼んでくれたな、マルドゥク」
「そうだったか?」
「そうだよ……、ったく何でもかんでも任せてくれちゃって」
「すまぬな」
「すまなくねぇよ、むしろ――――――――」
キングーに目を向け、姿勢を低く落とすエンキドゥ。
「――――――――最高の気分だ!」
放つ言葉と同時に彼は今再び、一条の流星とならん。
「a҉a҉a҉A҉a҉a҉a҉a҉a҉a҉a҉A҉A҉A҉A҉A҉――――――――――――!!!!!!!!!!!!」
「決着をつけるぞ、キングー!」
空を奔るエンキドゥ。
流星の如き輝きから分かたれた無数の光がキングーに降り注ぐ。
だが、キングーも半身を吹き飛ばされてなお、それに反撃する力を有していた。
「k҉o҉r҉o҉s҉u҉k҉o҉r҉o҉s҉u҉k҉o҉r҉o҉s҉u҉―――――――――――!!!!!」
「むっ―――――!?」
雄叫びとともに形を変えていくキングー。その形はまるで、半身が焼け焦げた、燃え盛る巨大な鷲の如き様相を呈していた。
星に縋る巨鳥。
「っ、くらえ!」
後方に矢を放つエンキドゥ。
だがそれを容易く躱してのけたキングーは大きく旋回し咆哮を上げた。
「aa҉a҉A҉A҉A҉A҉A҉――――――――――――!!!!!!!!!!!!」
「!」
降り注ぐ羽根。
キングーは燃え盛る羽根を飛ばし、エンキドゥを貫こうとする。
「拡散!」
ありったけの力を込めて、矢を放つ。一矢は光を放ちながら拡散し、燃え盛る炎の嵐と激突する。
「はっ!」
その嵐を貫く様な一矢をエンキドゥが放つ。
「aa҉a҉A҉A҉A҉A҉A҉――――――――――――!!!!!!!!!!!!」
炎の嵐をかき分けて飛来する光の矢が、キングーの右翼に突き刺さる。
だが、キングーは熱を発しながらこちらに攻撃してくる。
「……ちっ!」
自らの損傷をものともせず、神速の勢いで突撃してくるキングーに、エンキドゥは後退を余儀なくされた。
明確な殺意。
あれの目的はただ一つ。
目の前の敵を。
彼方の神を。
全てを焼却してでも、全てを破壊する力の権化。
空に舞い上がるは太陽の如く燃え盛る巨鳥。
炎は自我をも灼き尽くしながらすべてを灰燼に帰す。
「aa҉a҉A҉A҉A҉A҉A҉――――――――!!!」
ただひたすらにエンキドゥを追い続けるキングー。
被弾した部位から迸る血飛沫さえも、炎の雨と化す。
激しく燃え盛る風雨に紛れてエンキドゥが急降下する。
対してキングーは負傷をものともせず、エンキドゥと正反対、そこが自分のいるべき場所でもあるかのように、空の中点目掛けて急上昇していく。
爆ぜる焔。
日輪は大空に浮かび、その巨躯を大きく反らせながら、巨大な炎を吐き出した。
「k҉o҉r҉o҉s҉u҉―――――――――――!!!!!」
徐々に炎を纏いながら巨大化する分かたれし太陽。
「あれはまずい……!」
地面に着地し、天を仰ぐエンキドゥ。炎は勢いを増し、天蓋となりて宙を塞ぐ。
あれが墜落すれば、周辺領域をも吹き飛ばせるほどの威力があるだろう。
躱したところで衝突の衝撃波からは免れることは出来ない。
ならば、残された手段は一つ。
「砕くしかない―――――!」
少しでも角度がずれれば威力は大幅に減少する。
狙うは墜落する太陽の中枢。
矢に自分の力を注ぎ込む。
光を纏わせた鏃を天へと衝き上げる。
「穿け――――――――――――!!!!」
立ち昇る光の柱。
降り注ぐ焔の磐。
両者が衝突するさまは、星が生まれる瞬間のような光景だった。
互いに勢いを増しながら、拮抗する力。
そこに、
「攻性プログラムを隕石の中枢目掛けて撃ちまくれ!」
「了解!」
無数の小さな光の矢が放たれる。
あの隕石の纏うものと比べれば、あまりにも儚い、蝋燭の炎のような光。
だがそれは、まるで人の一生の様な儚さを示しながら同時に、人の放つ輝きを表していた。
その輝きはそれこそ星の瞬きのように。
轟音を響かせながら、隕石に亀裂が奔る。
光量を上げて激突する無数の矢と一柱の極光。
「「行けぇええええええええ――――――――――――!!!!!!!!!!!」」
「aa҉a҉A҉A҉A҉A҉A҉――――――――――――!!!!!!!!!!!!」
極光に貫かれる隕石。
中心を穿たれた隕石は、周囲に巨石を撒き散らしながら小さくなってゆく。
太陽は黒煙を上げながら、その顔を曇天の向こうに覆い隠されていった。
宙を塞ぐ炎熱の壁。
その向こうにいるキングーにまでも、極光は届こうとしていた。
だが、キングーは隕石が破られるやいなや、すぐに飛行を開始し、回避しようとしていた。
「逃がすな!」
「攻性プログラムの攻撃が間に合いません……!」
オペレーションルームの人員を総動員しての攻撃だが、一歩、届かない。
「案ずるな」
マルドゥクの声が響く。
飛行を開始したキングーの周囲に巨大な鎖が顕れた。
「――――――――――――!!!」
突如出現した鎖に四肢を絡め取られ、空中で身動きの取れなくなったキングーに迫る、一矢。
「これで終わりだ、キングー」
一穿。
太陽はその役目を終え、灰海の彼方に沈みゆく。
キングーは肩口を光により消し飛ばされ、地面へ墜落していった。
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