八章・大樹焼却

余は、お前たちの営みを見守ってきた。「万能」を与えられたと言ってもいい。

余は、それを全て投げ打って、お前たちと永らく共に有り続けた。お前たちは、終ぞ、余の「天命の粘土板」を見つけた。

お前たちを神の争いに巻き込んできた事は、申し訳なく思う。お前たちが私達神の存在を信じなくなるのも道理だろう。

それでも。

彼の者たちは、余を信じた。

「そ҉の҉信҉頼҉に҉応҉え҉る҉時҉だ҉。҉」

「――――――「天命の粘土板」、防陣撤去。来るが良い、キングー。此度の戦は、余、一人ではないぞ?」

 

「――――――時は来た。お前さん方、頼んだぜ?」

「はい!」

全職員が返答する。その声は、神を相手取るに相応しい覇気が込められていた。彼らの仕事はエンキドゥのバックアップ。

侵攻してくる尖兵がどこにいるかを検索し、彼に伝える役目と、攻性プログラムによる援護攻撃。加えて、敵の情報収集。


「頼もしいな」

「任せとけ、エンキドゥ。敵の首取ってこいよ?」

「はっ!お前がその名を呼ぶとはな!まったく、気味が悪いったらないな!」

クククッ、と意地の悪い笑みを浮かべるエンキドゥ。

だが、その間には

「任せたぞ、カイル。天才の力、見せてくれ!」

「おう!」

確かな信頼があった。

「カイル、エンキドゥ。準備に入れ。アカシック・レコードの防御波形が弱まってきた」

「おう!」

「オースティン、しくじるなよ?」

「心配はいらない。上手くやるさ」

ここまで来たのだ。ここで勝たなくて如何とする。

 

私は一人、観測データに埋もれていたひとつのメッセージを思い出す。幾万の字間の中、孤高に揺蕩うささやかな願いを。

――――――信じている。朋友達よ、どうか我らが「故郷」を―――――


先日の彼との通信記録をまとめていた時に見つけたそれは、何物にも変えられぬ思いがあった。

人と神。

在り方が違えど、私たちは確かに、同じ星に生きていた。

 

オペレーションルームにアラート音が響き渡る。

 

視座は違えど、我らはきっと、同じ願いを抱いている。 

なら。

勝てるはずだ。あの捕食者にも。

 

「アカシック・レコード、防御波形完全停止!」

「中枢領域より侵食増大!敵勢、来ます!」

「――――――行くぞ、オースティン」

「あぁ、分かっている」  

「管理者権限にて命ずる。オペレーション、「神霊戦争」、始め――――――!」

「目標、敵対神霊、キングーからのアカシック・レコード防衛!我らが故郷は、私達が守る――――――!」

 

オペレーションルーム中央の画面にはバーチャル世界が映し出されている。宇宙のような世界に無数に浮かぶ、無数の泡(データ)の数々。それこそが、人類の営みの証だった。ストーリー・テラーの対象領域を"現在"に設定し、アカシック・レコードの状況をリアルタイムに画面に描き出していた。

 

「こんなんだったんだな、アカシック・レコードって」

「あぁ、きれいだ……」 

普段描き出すのは何かの記録のみだ。こうして、アカシック・レコードを描き出すことは稼働以来、これが2度目だった。

 

「四〇年ぶりくらいだネ、この景色は」

「所長、見たことあるんですか?」

「うん、ボクがまだ20代だったころ、前所長が観測したんだ。だから、レイラちゃんはまだ生まれてないネ」

「所長にも若かりし頃があったんですねぇ……」

「当たり前でしョ!?」

 

「侵食領域の特定完了したぞ!カイル!」

「あぁ!対象領域までのショートカットを作成する!天才一人でも事足りるが、ここはお前さんたちにも頼むぜ!」

「はい!」

「もちろんです!」

「俺のチームでショートカットを作成する!3分待ってくれ!」

今いる場所から、向かうべき場所を設定し、通るべき場所を生成する。

「リーダー、経路演算、終わりました!」

「こちらも終わりました!」

「でかした!終わったら好きなだけ飯おごってやる!」

各所から飛び交う伝令。今ここは、惑星の最前線だ。

「領域-八九、アカシック・レコードから隔離!」

「マルドゥクのメンテナンスだ!隔離が完了した部分はいい!他の部分を守り通せ!」

「敵影確認!情報構成-人型多数!」

「オースティン!出来たぞ!」

カイルからの報告が飛んでくる。

「了解!エンキドゥ!行けるか!」

「おう、儂に任せておけ!全て蹴散らしてくれるわ!」

「ショートカット起動!領域への転送を開始します!」

画面上に侵食領域の様子が映し出される。

そこには人型と、それに付き従う獣のようなウィルスが映し出されていた。

「これが……アダム……!」

「データを食おうとしてるぞ!」

そこに奔る、一条の光。

「エンキドゥ!」

「つまみ食いとは、躾が成ってないんじゃないかね!」

彼の発射する光に切り裂かれていく大群。

「すごい……」

「そら、ぼーっとするな!援護攻撃だ!」

「了解!」

「領域確認、方位角固定!」

「攻性プログラム、発射!」

宙より降り注ぐ、光の矢が領域を掃射し始める。

「頼もしいじゃないか!そら、オマケだ!」

迸る光線。徐々に形を変えていくその光は、猛る嵐と成る。

「aaaaaaaaaaaaaaaa――――――!!!!!!」

光束の嵐に呑まれていくアダムたちは次々に鏖殺されていった。


「対象領域制圧完了までわずかです!」

「いいぞ、エンキドゥ!そのまま突っ走れ!」

「あいよ!」

電脳体である彼は、領域内を文字通り光速で動ける。

並の雑兵では彼を止めることは出来まい。

 

「領域-十二、四十八、七十三の隔離完了!」

「報告!領域八十、侵食開始!巨大な敵性反応有り!」

「モニターに映し出せ!」

「これは……」

「龍!?」

「でかいな、エンキドゥが領域を制圧し終わるまでの間、攻性プログラムで攻撃し続けろ!」

エルダーの指示が飛ぶ。彼はここで指揮官を任されていた。

 

「おおおおおっ!!!」

宙を奔る流星。光は領域の遍くを照らし、すべての闇(アダム)を呑み込んでいく。

画面が白く染まる。

再び映し出された領域には

「終わりだ。次行くぞ!」

エンキドゥただ一人が映し出されていた。


「ショートカット出来たぞ!」

「エンキドゥ!そのまま次の場所に転送させる!巨大な龍型のアダムがいる!油断するなよ!」

「分かってる!」

「ショートカット起動、転送開始!」

「報告!領域-十四、五十五、一〇四、一二〇が敵勢に制圧されました!」

「侵攻が早い……!」

「龍への攻撃を中止!他領域への侵攻をなんとしてでも食い止めろ!」

「了解!」

「領域-一四五から三二一、隔離成功!」

「よし!」 

現在、アカシック・レコード全六六六領域のうち、マルドゥクが隔離が完了した領域が一八〇。

敵に制圧された領域は計一五八。残り三二八領域は未だ侵略者の手は届いていなかった。

 

「エンキドゥと龍型アダム、交戦開始!」

「隔離完了した領域に振っていたリソースを全部攻性プログラムに当てろ!」

画面には、

「ふっ!」

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA―――――――!!!!!!!」

宙を並走する流星と彗星。領域内を飛び回る光に巻き込まれるアダム達。

「そぉら!」

龍に目掛けて放たれる光。

だが。

「GAAAAAAAAAA――――――!!!」

「ちっ、でかいなぁ!」

龍の巨躯は未だに健在だった。ダメージがないわけではない。ただそれがあまりにも膨大な情報量を有していた。

「攻性プログラムは!?」

「ダメだ!他領域への侵攻を阻止するのに精一杯でリソースはもう余ってない!」

「中枢領域よりさらに敵反応!」

「増援か……!」

「まずい、エンキドゥが戦っている今、一気に攻め込まれたら一巻の終わりだぞ!」

「どうにかあの龍を倒さないと……!」

 

こうしている間にもエンキドゥは戦い続けている。

だが、徐々に押されつつあった。

「GAAAAAAAAAA――――――!!!」

「ぐっ――――――」

 

「エンキドゥ!」

何か手立てはないのか……!

「あの!」

「なんだ、レイラ!また敵か?!」

「いえ!あの、隔離領域と現存領域の間に落ちたアダムが消滅したんです!」

「何!?」

「もしかしたら、それを利用すれば行けるかもしれません!」

「しかし、狭間に一体何があるんだ……?」

「いえ、"何もないから"、消えるんじゃないでしょうか!」

「何もないから……?どういう意味だ?」

「えっと、あの狭間、どうやら"何もない"空間として設定されてるみたいで……」

「そうか!そこ敵が侵入すれば、空間は自動的に消去にかかる!」

「場所はどこだ!?」

「中枢付近、領域-一二-一三です!」

「遠いな……」

「ショートカットを使えば……!」

「ダメだ、情報量が多すぎる!」

「領域-八十から一気に飛ばさなければいい!短いショートカットを多数生成するんだ!」

「はい!」

「了解だ!」

「人手が足りん!他のチームから何人かよこしてくれ!」

「了解!」

「エンキドゥ!」

「応!なんだ!今ご覧の通り忙しいんだが!」

「いや、どこにいるかわからないネ!」

巨躯である龍に立ち向かうため、エンキドゥは光速で周囲を動き回り続けていた。

「領域-十二-十三の狭間にある、空白領域までそいつをおびき寄せろ!道中、何度かショートカットを生成する!そいつを他の領域に残すなよ!」

「注文が多いこったなぁ!いいぜ!やってやろう!」

「カイル!どうだ!」

「今やってる!だがもう少し時間をくれ!絶え間なく対象が動く以上、特定座標に入り口を作るしか無い!」

「報告!攻性プログラムによる侵略阻止失敗!領域-十五、五十六、百五、百十九への侵攻開始!敵総数、百二十万を突破しました!」

「領域-五、-一三〇、三二八、四五〇、隔離完了!」

「リソースを回し続けろ!侵攻を少しでも遅らせるんだ!」

マルドゥクの隔離作業が進む。だが全ての領域を隔離するまでにはまだ多くの時間を費やす必要があった。

「はぁっ!」

「GAAAAAAAAA――――――!!!!!!」

迫る巨躯をすんでのところで躱し、光を射出する。肉薄する両者。

戦闘開始から既に3時間近くが経過していた。

「電脳体だから疲れを知らないってのはいいもんだナー」

「所長、そんなこと言ってる場合じゃないですって」

「はは、ごめんちゃい」


「ショートカットが出来たぞ!」

「エンキドゥ!移動を開始しろ!途中のショートカットを逃すなよ!」

「待ってました!」

腰を低くし、スタートダッシュの構えを取るエンキドゥ。

「GAAAAAAAAA――――――!!!」

迫る顎門。

「行くぞ?お散歩の時間だ!」

地面を踏み抜いて飛行を開始する。より速く。

流星はより輝きを増して、領域を蹂躙する。

双方の移動による余波が、アダムを粉微塵に打ち砕いていく。


「第一地点、ショートカット来るぞ!」

「アレだな!」

宙に穿たれた一点の光。

エンキドゥはスピードを上げ、ぐるりと旋回し、その光に突入する。

それに続いて龍も、その巨躯を走らせ彼の光の軌跡を追う。

「入った!」

「やはりギリギリか……!」

転送式が軋み、悲鳴を上げる。

エンキドゥ一人なら長距離の転送も何ら問題はない。

だが、桁外れの情報量の巨龍が転送するのには多大なリソースと強靭なプログラムを必要とした。

「アブね!」

出口からエンキドゥが飛び出してくる。

それに続いて、

「GAAAAAAAAA――――――!!!」 

出口そのものを破壊しながら巨龍が姿を表した。

「お利口さんだな!褒美にこれをくれてやる!」

一気に急降下を始めるエンキドゥ。

他のアダムを蹴散らしながら、巨龍の腹部に狙いを定める。

「拡散!」

淡い光が彼の手から放たれる。それはゆっくりと浮上していき、彼を追い、下降してくる龍の腹部に付着した。

「通るついでだ!ある程度倒しておくか!」

瞬間、光が爆発し、拡散した光が巨龍の飛ぶ真下の敵を吹き飛ばしていく。

「次のショートカットが来るぞ!」

「ん、あれか!」

速度を付け、光に突入するエンキドゥ。

「ほれ、置き土産」

巨龍が後を追い、入口に入る直前、彼が空中後方に放り投げた光玉が炸裂する。

「光が転送式の中にまで……!」

「GAAAAAAAAA――――――!!!」

双口から噴出する光。転送式という狭い空間の中をエンキドゥの光が征服する。

当然、中に突入してきた巨龍は、それを直に浴びた。

削られていく情報。


戦闘開始から四時間半。

巨龍は、少しずつ力を削がれているのか、エンキドゥの急な動きについていけなくなっているようだった。

  

「空白領域間近です!エンキドゥさん!」

「おうよ!レイラちゃん!任しときな!」

現存領域の境界線、その向こうには何物も存在することを許されぬ、白紙の空間が待ち受けている。

「行くぞ、ついてこい!」

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――――!!!」

エンキドゥの挑発に応じ、一際大きな咆哮を上げる巨龍。地面に着地し、エンキドゥは一直線に空白領域へ飛び込む。それを追う巨龍。

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――――!!!!!!!!」 

巨龍はスピードを上げ、エンキドゥに肉薄する。

「まずい、エンキドゥ!そのまま突っ込むとお前も消去されるぞ!」

「――――――」


ひたすらに前へ。

二対の星は徐々にその距離を詰めていく。

空白領域まで、三百m。

両者とも、一呼吸の内に走り抜ける距離だ。

「エンキドゥ……!」

「――――――」

残り、五十m。

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」

迫る凶星。

残り、コンマ五m。


「転移!」

空白領域に突入する、直前。

エンキドゥが光りに包まれる。

「―――――――――――――――!!!!!!!!???????」

「跡形も残らないように消してもらいな、ノロマ」

突然、標的が目前から消え去った巨龍が空白に呑まれていく。

「―҉―҉―҉、҉―҉―҉―҉―҉―҉―҉―҉―҉―҉―҉―҉―҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉!҉」

ノイズ混じりの怨恨を込めた咆哮さえも消去されていった。

  

「やった!」

「ヒヤヒヤさせやがって……」

「ふっ、悪いな」

「最初からそういう芸当が出来ること言っておいてくれれば良いのに……」

オペレーションルームに安堵の声が漏れ出る。

  

「巨龍消滅により使用可能リソースが大幅に増大!攻撃に回せます!」

「周辺領域の隔離速度も上昇しています!隔離完了まで、約五分!」

「よし、このまま一気に形勢逆転させるぞ!ショートカットは!」

「もう出来てまっせ!」

「でかした!ショートカット起動、転送開始!」

「七割のリソースを攻撃に回せ!領域-十五、五十六、百五、百十九を一気に殲滅する!」

「エンキドゥ!」

「おう!」

転送完了と同時に奔り出すエンキドゥ。

「一気に片付ける。この領域の援護攻撃を他に回せ!」

「何言ってるんだ!ここには30万の敵勢がいるんだぞ?!」

「どれも雑兵に過ぎんさ。加えて、ここは他に比べると狭い。任せておけ、一撃で終わらせる!」

「っ、了解した。領域-五十六を落とすのは任せてくれ!」

「頼むぜ」

  

まずは下準備だ。この領域の四方、中枢にアンカーを打ち込まなければ。


大群を割る光。

「なんだ……?」

無数のアダムがそれに対抗し、巨大な山を形成する。

「固まっただけじゃ世話ないぜ!」

エンキドゥが山に接近した瞬間、斜面が一斉に逆立ち、無数の声が上がった。

アダム達による宙を黒く染める一斉射撃が始まった。自らの躰を削り、射出してくる砲山。ひとつひとつの攻撃はさほどの威力はないが、問題は数だ。小さな破片を無窮とも言える数で発射し、点で面を創り出していた。

「っ、こりゃあやべぇな」

いくら光速で動ける彼といえども、空間そのものを埋め尽くす掃射攻撃を掻い潜る事は不可能だ。

さらには着弾地点で破片が周囲にはじけ飛んでいる。

周囲にあった情報は跡形もなく捕食され尽くしていた。

「削られたか……!」

破片が被弾したエンキドゥの身体の一部が黒く変色していた。

「大丈夫ですか……!?」

「どうってことなし問題なし!コーヒーでも飲みながら観ててくれや!」

エンキドゥが速度を上げる。

それに応じるように俊敏に斜角を調整してくる自動砲台の如き山は、先ほどとは打って変わり、中央に大きな砲門が据えられていた。

「あれま、随分とご立派だこと、っと、ここに、まず一つ!」

地面を穿つ。

瞬時に力を注ぎ込み、蓋をする。

「次!」

エンキドゥが飛行を開始した瞬間、

「――――――――――――!!!!!!!!!!!」

空間に何かが軋むような音が響き渡る。

「なんだぁ!?」

射撃を続ける砲山の方に目を向けると、山全体が大きく振動していた。アレはどうやら、彼らが何か総体に伝令をしているようだ。

「何か企んでやがるな、あいつら……。そら、二つめだ!」

二つ目の地点に先ほどと同じ機構を生成する。

残り、二角。


「――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!」

時が経つにつれ、より大きくなっていく叫声。

「急いだほうが良さそうだな……、ふっ!!!」

こうなれば移動しながら機構を生成するより無い。

止まらず、ある程度減速すれば出来るだろう。

「っ、うまくなってきてるな、あいつら」

最初はエンキドゥの後方に着弾していた破片が、徐々に斜線が前方に修正されていっている。

偏差射撃を覚え始めたのと同時に、射撃にリズムが生まれ始める。より正確に。より無慈悲に、彼らは流星を撃ち墜とそうとしていた。

「っ、転移!」

第三地点に転移し、瞬時に機構を生成する。

「あっぶね……」

薄鈍い動きをしていた訳ではない。

だが、彼が1秒前にいた空間は無数の破片により串刺しにされていた。

残り、一角。最終地点へ向かう。

全速力で向かっているつもりだが、被弾による影響か、はたまた彼らの練度が上がっているのか、射撃が完全にエンキドゥに追いついていた。

「ぐっ、躱しきれんな……、これは……!」

被弾量が多くなっていき、ダメージが蓄積しつつある。

時間をかければかけるほど、こちらが不利になるだろう。

まさかここまで苦戦するとは、彼自身も思っていなかった。

「だが、かっこつけちまった手前やりきるしかないな!」

砲山からできるだけ離れるように曲線を描いて飛行する。

それを追う巨大な砲身。

「―――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!」

無窮の叫声が領域を木霊する。

砲身が動き始めたということは、

「来るか……!」

彼らの最大火力の砲撃が放たれるということを示していた。

あの大きさでは直撃は免れても爆風により焼却されるかもしれない。

「ならば―――――」

砲身に収束するエネルギー。

それが最高潮に達する直前、

「転移!」

エンキドゥは砲山の麓に転移した。

発射の瞬間、砲身は瞬時にエンキドゥに向けて修正される。

自らが焼却されるのを厭わない最大火力での砲撃。

砲山は半壊し、構成していたアダムは周囲に飛び散っていった。

そこにエンキドゥの姿は無い。

それも当然だろう。

  

何故なら―――――  

「一か八かで儂じゃなくて、儂の分子を転移させてみたが上手くいったな!はは!ざまーみろ!」

そも、そこに転移したのは彼の残滓だったのだ。

「さて、これで四つ!」

最後の一角に機構を打ち込む。

「予想以上に時間がかかったが、それもまた一興!」

中枢上空に転移し、急降下する。

「返礼だ、受け取れ!」

地面に直撃する一条の光。

それと同時に光が地面を奔っていく。

そして。

「四機構、共振!」

四角にたどり着いた光が増幅し、大地を震わせながら全てを灼き尽くした。

  

「エンキドゥ!」

「オースティンか、どうした?」

「今の光は……お前がやったのか……?」

「もちろん。儂以外にこんなことが出来るやついるわけないだろ?」

「さすがだな……。エンキドゥ、領域-五十六、百五、百十九はこちらで制圧した」

「やるなぁ!いやはや、これは恐れ入ったな!」

賞賛の声を上げるエンキドゥ。

「いや、君は侵攻されていた周辺領域含め、八つの領域の敵を吹き飛ばしたんだが」

「おぉ、思いつきだったが、ここまでとはな!」

「思いつきでやったのか……」

  

開戦から半日が経過した。

現在、アカシック・レコード全六百六十六領域のうち、マルドゥクにより隔離が完了したの領域が三百三十六。敵に制圧された領域は計百七十五。残り百五十五領域を残し、優勢の状況にある。

「中枢、大樹イヴへのアクセスが可能になりました!」

「よし、転送準備!」

制圧が進むにつれ、リソースに余裕が出来、中枢へのジャミングを突破し、アクセスが出来るようになったのだ。アダムの母である大樹イヴを破壊できれば、勝利への決定的な一打となるだろう。

「ショートカット生成完了、転送行けます!」

「全リソースを大樹イヴの破壊に回せ!一気に片を付けるぞ!」

「エンキドゥ、傷は大丈夫そうか?」

「問題ない、行けるぞ」

「よし、行くぞ!転送開始!」

  

転送の光に包まれる。

中枢への長距離転送。

先へ飛ぶにつれて光が薄れていく。

この先が中枢領域、アダムの生みの親であり、アダムにより構成される生命の樹の在処。

  

「転送完了しました!」

「あれが……大樹イヴ……!」  

  

黒く蠢く大樹のシルエット。

無数のアダムによる、母なるイヴの創造。

イヴは、空間に深く根付き、周囲の情報(とち)を枯らしていく。

  

まもって/たおして。

うばって/あたえて。

ころして/いかして。

ああ、いとしい わたし/あなた。   

「わたし」は「あなた」をはらみ、「あなた」は「わたし」をつくる。

  

智慧を持ち得なかった原初の夫婦による、渺茫たる生命の営み。実る果実がその証左であった。

  

「実が熟れ落ちる前に大樹ごと吹き飛ばすぞ!」

「攻性プログラム、全力掃射!!!」

  

「―――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!」

  

母たる大樹を守ろうと立ちはだかる無数の子。

宙の虚より放たれる無数の矢に砕け散りゆく、生命の音。

「敵の陣形に穴が空いた……!今だ!エンキドゥ!」

「おおおおおおおおおおお――――――!!!!!!!!!!」

放たれる光槍。

突き刺さったそれは、激しい熱を発しながら爆散し、生命の樹を焼き尽くす。

「―――――――――――――」

灰に還ってゆくいのち。

大樹イヴは、激しく身悶えしながらその全てを焼却されていった。

  

「やった……!」

オペレーションルームに響き渡る歓声。

「大樹イヴの破壊を確認……!第一目標を達成しました!」

「なーんだ!大したことないじゃないか!三分と掛からずに終わっちまったぞ!」

「ようやく第一か……」

「そうだ、ここからが本番だぞ、お前さん方」

「そ、そうでしたね」

「尖兵であの厄介さだ。本体となれば儂にもどうなるかわからんよ、正直」

「でも、マルドゥクさんの隔離作業も順調に進んでいるんですし、もしかしたらこのまま終わるんじゃ……」

「そうだといいんだけどねぇ……」

  

だがその夢が叶うことはなかった。

  

「……っ!残存敵勢が一点に集中しています!」

「……来たか」

「最奥領域-六六六より超巨大敵勢反応出現……!」

「残存するアダムを吸収、反応さらに増大します!」

「モニターに画面を表示します!」  

「a҉A҉a҉a҉A҉A҉A҉A҉A҉a҉a҉a҉a҉a҉a҉a҉a҉A҉a҉a҉a҉a҉a҉a҉a҉A҉A҉A҉A҉A҉A҉A҉A҉A҉A҉」

  

噴き上がる黒煙を身に纏わせながらノイズ混じりの咆哮を上げる巨影。

巨龍を遥かに上回る情報量を有しているためか、周辺領域に亀裂が奔っていた。


神霊キングー。


彼方より襲来せし、捕食者がついに姿を顕した。

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