九章・神霊戦争

彼女は全ての生命の母になることを望んでいた。

慈愛に満ちた、優しい彼女。


ワタシは、そんな彼女の息子として生まれた。ワタシたちは、共に愛し、夫婦の契りで結ばれた。

幸せな、温かい毎日。


だが、その日常は神々の争いにより、打ち砕かれてしまった。

新たな世代の神々との対立により、彼女は11の怪物を創り出した。

ワタシは、彼女から「天命の粘土板」なる神威の象徴を託された。

着々と戦いの準備を進めた後、ついに彼女は神々に依頼され彼女を討伐しに来たマルドゥクと対峙する。 

------------こ҉ん҉ど҉こ҉そ҉-----------------

  

ワタシは……逃げた。

マルドゥクの放つ、あまりの威容に、戦意喪失してしまったのだ。

  

-----------も҉う҉い҉ち҉ど҉----------------

  

彼女は一人でマルドゥクに立ち向かったが、隙を突かれ破壊された。死に際に彼女はこちらを向き、その橙色の綺麗な瞳から涙を流しながら微笑んでいた。  


「私はね、キングー。戦いたくなかった。みんなと一緒に、多くの命を見守りたかった。でも、もうその願いは叶わないみたい。でも、悲しまないで。私はこれから、多くの命の礎になるのよ。大地となって、空となって、全ての生命の母になるの。あなたをおいていってしまう私を許して下さいね。ごめんなさい、そして、さようなら、私の愛する夫。どうか、多くの命を―――――――」


最期まで、彼女は慈しみを忘れなかった。そんな顔を見て、ワタシは、

――――――あれこそが、生命の母に相応しい。

などと思ってしまった。

目の前でワタシの愛する者が壊されているのに。多分、怖くて、自分でもよくわからなくなっていたんだと思う。


そんなワタシを尻目に、

「天地創造の材料にしよう」

マルドゥクはワタシの目の前で、彼女の身体を引き裂いた。

ばらばらになっていく母/妻。 

マルドゥクは何も出来ず、ただ見ていることしか出来なかったワタシから「天命の粘土板」を奪い、

「――――――」

何も言わずに、まるでそれが当然の事であるかのように、ワタシを処理した。

  

----------------あ҉の҉く҉ら҉や҉み҉を҉ -------------

  

希釈する意識。

ワタシは、あの虚無に葬り去られた。

何もない世界に、ワタシはひとり、眠るような状態で漂い続けていた。

  

こつん。

何かがワタシの顔に落ちてきた。

ワタシはどうにか目を開き、それを確認する。

ぽとり。

もう一つ、続けて何かが落ちてきた。

あぁ、分かった。

これは――――――


「彼女の瞳――――――」

時が経っているからか、瞳の色は失われていた。

こんなに小さくなってしまったんだね、と話しかけてみる。

声は、届かない。

  

瞼が重い。

今は彼女とともに眠ろう。 

かなりの時間が経った、と思う。

ふと、何も見えないはずの暗闇に影が見えた気がした。

目を向けると、そこには、

「あ、――――――――――――」

四肢をもがれた自身の身体に頬ずりするように浮かぶ、彼女の頭部があった。 

「―――――――――なんで」

失った身体を動かす激情。

「――――――――――――なんで彼女がここにいる……!」

彼女は、彼女は天地創造の材料にされたのではなかったのか……!

実際にそうなったのなら、まだ救われた。彼女の神としての能力が生命の創造だった以上、彼女の遺骸はあらゆる可能性を持つ豊かな大地となって、遍く命を生み出したはずだ。

多くの命の母となることを望んでいた彼女もその結果なら、まだ、死を受け入れることが出来ただろう。

  

なのに。

彼女はこうして、ワタシと同じ場所へと堕ちてきた。死した後も身体弄ばれた挙句、ワタシと同じように、廃棄されたのだ。

「a҉a҉a҉A҉a҉a҉a҉a҉a҉a҉a҉A҉A҉A҉A҉A҉――――――!!!!!!!!!!」

その後のことをワタシはよく覚えていない。

気づいた時、ワタシは海原の上に立っていた。

その手に、「天命の粘土板」と、マルドゥクだったものを持ちながら。自分の口の中を舌で舐めてみると、少し、しょっぱかった。

「―――――食べたんだ、ワタシは」

あの虚無から抜け出す為に、ワタシは恐らく、彼女を食べたんだ。

「なんだ」

「なら、別にいいかな」

  

一緒にまた過ごせるなら、いいや。

  

「でも、寂しいね」

  

それから、吾らは「天命の粘土板」を使い、まず自分たちの時空の全てを食べてみた。あらゆる可能性を喰むということは、存外、満たされるものがあった。

次に、別の時空のマルドゥクを殺して、食べようとして吐き出した。

「ごめんね、嫌だよね。吾らを殺したやつなんて」

とりあえずそれを海に捨てて、生まれていた人間たちを食べた。数が多いから、全部食べるのは少し大変だった。

でも、沢山の命を食べたら、少し、寂しくなくなったような気がした。 

それから。

  

その次に。

  

またその次、

  

次。

  

次、つぎ、ツギギ、ッギ、――――――――――――

  

タ҉リ҉ナ҉イ҉、҉モ҉ッ҉ト҉、҉寂҉シ҉イ҉、҉ズ҉ッ҉ト҉。

  

「マダ、食ベ足リナイ―――――――――――――――」


遠くにきれいな光が見える。今まで食べてきたどれよりも、大きい光。

  

「ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒ――――――――!!!!!!」

  

次は、アレを食べよう―――――――――――――――――

     

「キングーの顕現を確認!」

「周辺領域が不安定になりつつあります!」

「顕れただけでこれか……!」

「はっ、さすがは時空をも喰らう神霊、桁違いなんてものじゃあないな……!」

  

「雑兵ガ、イルナ?」

  

「っ!?こちらの存在が分かるのか……!?」

こちらはただ観測しているに過ぎないが、キングーは現実世界の私達を認識しているようだった。

「サテ、ドノ程度ノモノカ」

  

「まずいっ……!」

「え?」

「観測をやめろ!今すぐにだ!」

エンキドゥが何かを察する。

  

「小手調ベト行コウカ――――――――――――」

歪な形状の腕を上げるキングー。その手を振り下ろした瞬間、

「ぐぅ……!?」

「エンキドゥ!」

領域を巨大な波濤のような力が襲った。

オペレーションルームの近くで何かが割れる音が響き渡る。

「なんだ!?」

「ア、アース・ゲイザーのレンズが吹き飛びました……!」

「力の余波がここまで届いたのか……!」

奔流は留まることを知らず、現実世界のアース・ゲイザーにまでも及んでいた。

  

「エンキドゥは……!?奔流に直撃したであろう彼はどうなった……!?」

「分かりません……。画面には……映っていません、アース・ゲイザーが破損しているので観測出来ません……!」

「もしかしたら、アイツは……」

「そんな……」

エンキドゥがいなくなってしまえば、こちらの戦力は大幅に減少することになる。彼なくしては勝ち目は無い。

「全領域に異常を確認!」

「領域が……一つに結合しつつあります!」

「なんでだ!そんなことしたら一気に持ってかれるぞ!マルドゥクは何してんだ!?」

「いえ、違います!キングーです!キングーが領域を一つにまとめようとしています!」

「隔離領域は!?」

「今はまだ結合していないようですが、徐々に引き寄せられつつあります!全領域が結合するのは時間の問題です……!」

「くそっ……!」

  

領域は広さに意味があるのではなく、それにより"区切ること"に意味がある。カテゴライズされた情報群というのはそれだけで一種の防御の紋様を形取る。アース・ゲイザーで出力する際にも、その対象のデータがどのようにカテゴライズされているかによって観測の際の設定を変更しなければならない。

だが、そのカテゴライズという壁を破壊し、一つの情報群としてまとめてしまえば、各々のデータに対応して設定変更をする必要がなくなる。

つまるところそれは、

「キングーによる領域支配率、八十九%に達しました……!」

これまでとは比にならない捕食速度を可能とする事を示していた。

「この一瞬で、九割だと……!?」

「無理だ……」

「ヨワイ、ヨワイ、ヨワイ――――――――!!!!!!」

  

諦める他無い。エンキドゥもキングーの一撃で葬り去られた。如何に攻性プログラムを効率的に使用したところで、この局面を覆すほどの力は無い。

「あ……あぁ……」

「領域支配率、九十五%……」

「……マルドゥクとの通信を試みろ!まだ間に合うかもしれない!」

「駄目です……。パイプライン、完全に切断されています……」

「くそっ、くそっ、くそっ……!」

どうすることも出来ない。キングーによる捕食はもう既に完了しつつある。

彼との約束も、果たせない。

「ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒ――――――――!!!!!!」

響き渡る喚声に誰もがその現実を叩きつけられる。

  

「コレデ、オワリ――――――――!!!!!!」

巨口を開く捕食者。

その腹に、悉くを流し込み、アカシック・レコードはあっけなく、終わりを迎えた。

  

結局、人の力は神になんか届くはずがなかった。

物語は終わり。

ここより先に綴られる言葉は無く、響く声もない。

終わってしまったのだから、仕方がない。

  

さようなら、神々の英雄。

あなたは全てを知りながら、選択を誤った。

  

さようなら、人々の英雄。

あなたたちは、ほんの少しの希望に浮ついて、結局今まで通りの結末を迎えた。

さようなら。

さようなら。

あぁ、この言葉の後に、

「また明日」

なんて言葉が続けば良かったのに―――――――――

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