六章・創生神話

「ウルと、エリドゥか……」

ブラックボックスの全容が明らかになった。

"エンリル"は確かに、ギルガメッシュにアース・ゲイザーの粘土板を与えていた。そして、観測データに出てきた、ニップルの粘土板は私たちは既に回収していた。三つの粘土板とは、MODのことだったのだ。 

ウルは、イラク領ジーカール県ナーシリーヤ近郊に位置している。

エリドゥは、イラク南部、テル・アブ・シャハライン遺跡に同定されている。場所さえわかれば、回収は容易いだろう。

「探検隊を派遣し、MODを回収させる。時間はそうかからんはずだ」

エルダー総統括官の指揮のもとチームが編成された。明後日には出発するだろう。

「しかし、ギルガメッシュ王も気の毒だな」

カイルの言う通りではあるが、あれが最善であろうことはあれを見た誰もが分かっていた。

   

永遠の命。力とは、物理的、特異能力のみを指す言葉ではない。力は姿かたちを変え、時に「言葉」と名乗り、時に「文字」を示すこともあった、千変万化のものだった。燃え尽きぬ命の灯火も、力に値するだろう。

それが与えられたら、どうなるだろう。

人は楽観的で、悲観的な生き物だ。目先の利益に溺れることもあれば、当分訪れることのない危機を嘆くこともある。


例えば、リョコウバト。

ヒトを遥かに凌駕する数を誇りながらも、殺戮による利益をヒトに見出され、謂れのない根拠を元に絶滅した鳥類。

その最後の一羽はマーサと名付けられた。

彼女は動物園で生まれ、一生を檻の中で過ごした。

彼女は、鳥でありながら、一度も空を飛ぶことを許されなかった。

一九一四年九月一日午後一時。マーサは老衰のため死亡する。

これは、ヒトが慢心により、別種を絶滅させた明確な記録である。

   

例えば、マヤの予言。

マヤの人々が作り出した暦、ツォルキン。

そのマヤ暦の終わりの日。

二〇一二年一二月二一日。人類は遍く死に絶える、と。

無論、そんなことは起こり得なかった。だが人々は本当に来るかも分からない人類の危機に嘆いたという。

   

これらはほんの一例に過ぎない。振り返れば、似たような話はごまんとある。繰り返される歴史の中で、ヒトは傲慢で厭世であり続けた。

   

人の一生は短い。それでいて、かくも輝かしく、仄暗い物語を描き出す。

なら、永劫を得られなくても良かったんじゃないだろうかと私は思った。

   

遠征隊がMODを回収に向かって二周間が立つ。すでに各地で粘土板の回収を終え、今はこちらに向かっているそうだ。

いよいよ、全ての準備が整うところに、エンキドゥから呼び出しがあった。

   

システムルームには既にカイル達が待っていた。

「全員呼び出されたのか」

「あぁ、そうみたいだな」

「それで、要件は何なんだ?」

手短に切り出す。

「おう。集まってくれてありがとさん。呼び出したのは、お前さん方にはあってもらわなきゃならんやつがいるからだ。今日はやつと話すには千載一遇の時期なのよ」

「"やつ"って、もしかして……」

「あぁ、"エンリル"だ。ついに『未明の神』とご対面だぞ?」

「話すって、奴さんは過去の存在なんじゃないの?」


カイルの質問ももっともだ。

観測しているのはあくまで過去の記録。

私達が見ているものは全て"終わった出来事"だ。


「"エンリル"は別だ。やつは、あの"暗闇"の中にしか現れない。あそこは時間なんて関係ないしな」

「はぁ……?」

あまりの突飛な発言に全員が首を傾げる。

「時間が関係ない?どういうことですか?」

「おうさレイラちゃん、儂が答えよう答えよう。ギルガメッシュと"エンリル"が相対している時、違和感があったろ?」

「違和感……。あぁ、そういえば、確か、探求者"達"と言っていたな。」

「そういえばそうですね。あの場所にはギルガメッシュしかいなかったのに……」

「あっ!」

「お、レイラちゃん気づいたか。さすがだねぇ。そう、あの"暗闇"は時間の概念が無いんだ。つまりは、過去からも未来からもアクセスできる領域って訳だ。"エンリル"はあそこの支配者だからな。外から干渉を受ければ、それに気づく。んで、お前さん方はあの領域を覗き見た。つまりは?」

「"探求者達"とはギルガメッシュと、観測していた私達のことだったのか……!」

「ご名答。"エンリル"のあの言葉はお前さん方にもかけられていたんだよ」

言うなれば、"現在"を形にした神殿。

"暗闇"は過去と未来の交差する世界だったのだ。

「"エンリル"が特定の方法以外でのアクセスを弾くってことは、余程重要な場所なんだな?」

「これまたご名答ですよ、エルダーの旦那。あそこは"エンリル"の本拠地なんですよ。アカシック・レコードの管理者のお家って訳なんで、そう簡単に門戸を開けておくわけにもいかんのですよ」

「なるほどな」

「ブラックボックスを仕掛けたのはそういう理由だったのか……」


閲覧を制限した意図は分かった。だがまだ意味のわからない言葉が残っていた。

「じゃああの、"虚空の星より襲来する捕食者"というのは……」

「"エンリル"に聞いたほうが早い。今、ビルド・ワンにはお前さん方が"暗闇"を覗いたとき繋がったパイプラインが繋がってる。それを使って通信するぞ。アカシック・レコードとの接続は切ってくれ。通信する間は儂もシャットダウンする。終わったらコマンドを打って起こしてくれ」

「わ、分かった」

「なんで接続を切るんです?」

「覗き見されないためにだよ、アミータちゃん」

「なるほど……」


エンキドゥに言われた通り、アカシック・レコードとの接続を遮断する。

エンキドゥもそれを確認した後、自らのシャットダウンを行ったようだ。

生成されたパイプラインを用いて通信を開始する。

 暫くの間、静寂が訪れた。

 

そして。

「通信、つながりました!」

アミータの報告と同時に画面に通話ログが映し出される。

「オースティン、頼んだ」

カイルに後押しされ、私は通信を開始した。

   

「――――――来たか、探求者よ」

間違いない、"エンリル"の声だ。

「はい、ようやく辿り着きました」

「よくぞここまで来た。永らく、待ち侘びたぞ」

「それは失礼をしました。ですが、そちらに時間の概念は無いのでは?」

「ふっ、それも然り。余の神殿に時などというものはなかったな」

「意外と話しやすそうだぞ、この神様」

外野から小声で囃し立ててくるカイル。

確かに、予想していたよりは堅物ではないのかもしれない。思い切って単刀直入に切り出してみよう。

「"エンリル"、御身の真名と、アカシック・レコードの状況を教えて頂きたい」

「うむ。良いだろう。その名は50の力と共にとうに捨て去った物だ。いつまでもその名で呼ばれては話が進まぬ故な。」

その場にいる誰もが、呼吸を忘れてしまったように静かだった。

アカシック・レコードの管理者であり、エンキドゥを造りたまいし者。

ビルド・ワン、アース・ゲイザー、ストーリー・テラーの生みの親。

その真名は――――――   

「我が真名はマルドゥク。この世の全てを創り出した、創造神である」

――――――ここにいる誰もが識り得ぬ名だった。  

――――――ある、一人を除いて。

   

「マルドゥク……!そうだ!そうだよ、思い出した!オカルトの兄ちゃんが言ってた、神を破壊して天地創造したのはキングーじゃない!マルドゥクだ!」

「カイルさん、知ってるんですか……!?」

「ふむ。余の真名、未だ伝え残っていたか。人間の記録というのも、なかなか侮れぬものよ」

「ふぅむ、初めて聞いた名だネ……」

「私もです」

この中での年長者であるアルウィンでさえ、その名を耳にしたことがなかった。

「詮方無きことよ。余に関するモノはすべて、情報封鎖を布いている。汝らの言う、アカシック・レコードに納められているモノも、また然り。」

「やはり、閲覧が制限されていたのか……」


だから神霊の名前が分からなかったのだ。

彼は、"自分に関わるモノ"すべてに情報封鎖を布いていた。なら当然、彼の管轄下にあるアカシック・レコードありきの調査では見つからない。

残っているとすれば、今の私達が不確かなもの、娯楽の類として認識するオカルトマニアの間で語り継がれる「神話」のみだろう。

これがどの記録にも残されていない、彼を「未明の神」たらしめた正体だった。

「しかし、敵対する者の名が誤って伝えられているとは、なんとも皮肉なことよ」

「え……?」

「キングー。それが我らが外敵の名だ」

「な……っ!?それは、創世神話の、世界を創り出した神の名では……?」

「ふむ。そう記録されてしまったか。役割がずれたか」

「あれは間違い……なのですか……?」

「然り。キングーは今なお、この星を喰らおうとしている」

「キングーも、貴方のように生きているのですか……?」

「この世界のとは別のモノ、ではあるがな」

「別の……?詳しく、教えて下さいませんか」

「よかろう。彼奴と対峙する以上、汝らにはこの世界の真理を語らねばなるまい」

「この世界の真理……?」

「ああ。神話体系-死体化生型時空、この世界の"創世神話"を」

   

この世界の全ては、神の遺骸で創られた。

   

神マルドゥクは、海の女神ティアマトによって計画された攻撃から神々を守るために作り出された。

マルドゥクは、自らを神々の指導者に任命し、ティアマトの脅威が過ぎ去った後も、その位を約束してくれるのであれば、神々を救おうと申し出た。

神々はそれに同意した。

   

彼はティアマトに戦いを挑んだ。

ティアマトは一人でマルドゥクに挑み、彼を飲み込もうと襲い掛かったが、口を開けた瞬間にマルドゥクが送り込んだ暴風によって口を閉じられなくなり、その隙を突いたマルドゥクはティアマトの心臓を弓で射抜いて破壊した。

   

その後、彼による天地創造が始まる。

   

初めに、彼女の死体を引き裂いた。それぞれが天と地になった。

乳房は山になり、その側には泉が創られた。

その眼から溢れ出た涙は、二つの大河になった。

こうして、海の女神ティアマトは世界の基となった。

   

「世界」が出来たことにより、神々はより多くの労働をしなければならなくなった。

 

「神々に奉仕するモノが欲しい」  

神々の依頼を受けたマルドゥクはティアマトの夫、キング―を破壊した。

マルドゥクはその血を用いて神々に奉仕する存在を創り出した。

それが人間だった。

   

こうして、天地の秩序を確立したマルドゥクは、エンリルに代わって神々の王となる。

その際に与えられたのが神々の最高神「エンリル」の名と、「五十の称号」。

全ての神々の役割や、人の寿命が書き記された最高神が所持する代物、「天命の粘土板」だった。

だが彼は、与えられたそれら全てを自ら手放した。

彼は十の称号を代償に、「時空」の仕組みを識った。

彼はさらに十の称号を代償に、自らをこの時空の人類保全機構として設定した。 

 そして。

三十の称号を代償に、彼は「天命の粘土板」を惑星型自動記録システムに創り変えた。

  それが、私達の信じる「アカシック・レコード」の本当の正体だった。

   

「余は"時空"というものを識った。それは、"異なる結末を辿った創世神話の世界"だ。それらは全て、泡のような形を取り、揺蕩っている」

「時空泡……ですか」

「いかにも。もっとも、汝らの言うそれは示すものが違うようだがな」

恐らく、彼が言っているのはジョン・ホイーラーが提案した場の量子論の描像のことだろう。

彼の言う時空泡は、所謂平行世界というものを指しているのだろう。

「我らが外敵は、既に消滅の運命を迎えた星より来る捕食者だ。彼奴は己が時空の森羅万象を捕食し、自らの力とした」

「すべての……リソース……?」

それは、つまり、

「汝の恐察通りだ。彼奴はその時空の、文字通り"何もかも"を喰らい尽くした」

神を、世界を資源としたということだった。

「経緯は余にも定かではない。だが、結果として、彼奴は他の時空をも喰らい尽くそうとしている。余が最初に時空泡を観測した時は総計で十三の世界があった。だが、今からおよそ百年前。「天命の粘土板」の手入れの際に余が見たのはたったの三つだ」

「三つ……!?」

「既に十の時空が喰い尽くされたのか……!?」

「然り。予想以上の侵食速度だ。そして、余の防御波形を掻い潜り、この時空にも尖兵が既に侵入している。汝らの観測していた930のモノたち。それこそが彼奴の尖兵よ。」

「最初期のモスデータか……!」

「それは大樹のように根を張り、周囲の情報を資源(リソース)とし成長している。観測していたものが増えたのは、その大樹に実がなり、新たな尖兵が生まれたからだろう。」

「新たな……尖兵……」


カウント数が急激に増加したのはそのためか。

だが、それはあくまで尖兵、本体であるキングーはまだ来ていないらしい。

「汝らの言う、モスデータ、ifを修復するためには「天命の粘土板」を再起動する他に手立てはない。だが、その際には防御波形(ベール)を一時的に無効化せねばならぬ。そうなれば、後は彼奴の思う壺だろう。」

「本体であるキングーが直接アカシック・レコードを乗っ取りに来るのか……!」

「然り。「天命の粘土板」は人の営みにより成長するモノだ。形は変わっているが、全時空において、余の持つ「天命の粘土板」は極点に至ったものだ。得られるリソースはそれこそ他のモノとは比べ物にならないだろうよ。それが攫われてしまえば、全ての生命の命運は尽きるだろう。「天命の印」は、粘土板の持ち主にのみ記せるもの故な。」

「天命の印ってなんですか……?」

レイラが質問する。


「天命の粘土板」はアカシック・レコードだということは分かった。

ではその印とは一体何に使うものなのだろうか?

「「天命の印」は、「天命の粘土板」の未来を決める印だ。粘土板の持ち主が、印を押せば、書き込んだことは必ず実行される。」

「じゃ、じゃあ!それを使って、キングーを倒せるんじゃ……!」


確かに。

「天命の粘土板」に書き込んだものが必ず実行されるのなら。

キングーを侵略させる前に、倒せるのではないだろうか。


「そうだよ、レイラ、天才だな!」

カイルが歓声を上げる。だが浮かび上がった希望は、

「不可能だ」

持ち主により否定された。


「な、なんで……!」

「「天命の粘土板」の対象はひとつの時空に存在した/するモノに限られている。」

「そんな……」

「別時空の存在であるキングーには、効かないってことか……」

「然り。故にこそ、汝らにはエンキドゥと共に、「天命の粘土板」を防衛してほしいのだ。」

「ですが、私達には守る手段が……」

「かつて、人の王にそれを託した。場所はもう知っているはずだ。」

「あの二つのMODか……!」

「粘土板を見つけたのなら、我が御使いにそれを渡すが良い。アレが汝らを救うだろう。」

「エンキドゥに……」

「―――て、我が御使いは尖兵を退けら―――けの力がある。その名に相応しい―――きはするであろ――――――。」

通信にノイズが走る。

「パイプラインが不安定です!もうすぐ通信が途絶えます、オースティンさん!」

「……っ!マルドゥク……!」

「―――刻限だ。汝らの―――で一週間後だ。余は「天命―――版」の再起動の準備―――る。探―――達よ、どうか、余の愛するこ―――星を、生命を。守ってくれ――――――」   

   

通信が途絶える。

彼の創造神との対話は終わった。

   

捕食者キングー。

神からアカシック・レコードを守る。

人の手には有り余る神託だ。

だが。

   

「……やろう。何が何でも守り通すぞ」

「ふふん、これは所長の出番だネ?」

「天才が力を貸すぜ?」

「やってやりましょう!」

「指揮は任せろ。」

「ボッコボコにしてやりますよ!」

神託を下された人々のその瞳は、闘志に満ちていた。

マルドゥクが通信が途絶える直前に残した、神託(ねがい)。

全てを創造したものであるが故の、愛が、そこには込められていた。


なら、それに応える以外の選択肢はない。私達の「世界」は私達が守る――――――!


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