五章・神題解答

「……ぅ」

目を覚ますと、レイラとフィリップが私の顔を覗き込んでいた。

「オースティンさん!」

「大丈夫ですか!?」

焦りと、目覚めたことに対しての安堵が入り混じった複雑な表情。

「……すいません、ご心配をかけたようで。でも大丈夫です、怪我とかはしてませんから」

「そうですか……。良かった……」

「外傷は確かに見られないようですが、一応、しばらくは安静にしててください。外に待機させていたメンバーを呼んでおきました。荷物等は彼らに預けると良いでしょう」

「ありがとうございます……」

辺りを見渡そうと、体を起こそうとして、軽い目眩に襲われる。

「駄目ですってば!」

「す、すみません」

レイラに諌められ、仕方なく寝そべったまま、首を動かす。どうやら、上昇した地面は元の高さまで下がっていったようだ。形を変えた回廊も元通りになっており、巨大なパイプ・オルガンの姿も見えなくなっていた。

「あのパイプ・オルガンみたいなの、すごかったですね……」

「はい……、その威容も然ることながら、あの演奏も凄まじいものでした……、お二人は、大丈夫でしたか……?」

演奏が始まった瞬間、頭の中をかき混ぜられるような感覚に襲われた。私より離れていたとは言え、あの音の大きさでは然程距離は意味が無かっただろう。

「演奏……ですか……?そんなの聴こえませんでしたけど……」

「え……?」

(二人には聞こえていなかった……?)

いや、そんなはずはない。あれほどの轟然たる演奏が耳に届かないはずがない。

「演奏ですよ!けたたましいほどの音楽。聴こえなかったんですか……?」

「いえ……、私たちはそのようなものは聴いていませんが……」

レイラとフィリップが顔を見合わせる。

「あの、大丈夫ですか……?もう暫く、休んだほうが良いんじゃ……」

二人して心配そうに見つめてくる。何ということか、あの演奏は私以外には聴こえていなかったらしい。にわかには信じ難いことだが、二人の反応を見るに、本当のことなんだろう。

「じゃあ、あれは……」

(脳裏に蘇る、意識の彼方への旅路。あれも、私だけが認識していた、ということになるのか……) 


後に彼女たちに聞いた話によれば、私がスイッチを押したであろう瞬間、急に私が苦しみだし、そのまま地面に倒れたという。

彼女たちにもパイプ・オルガンは確認できていたが、どうやらその崖上に座していた異形の神像は下からは岩に阻まれ、確認できなかったようだ。

それからしばらくして、回廊が元の位置に戻り始めるのと同時に、私のいた円形の大地も徐々に下降していったという。

降りてきた地面の上に倒れ伏す私を二人は看病したが、外傷もなく、呼吸も安定していたため、原因は分からなかったそうだ。

三〇分ほど、意識を失っていた後、こうして私が目を覚ましたらしい。 

 

それから一時間後。

私の体力が回復したところで粘土板を回収し、私たちはジグラットを後にした。

今回の探訪で手に入れた資料はどれも今までのものとは比べ物にならないほど、核心に近づける材料だろう。

加えて、脳裡に響いたあの言葉。

エテメン・アンキ。太虚の七日間。

恐らく、あの"暗闇"のことだろう。

あの声は、その七日間を観測すれば、自分の姿を見れると言った。

畢竟、あの声の主は、"暗闇"の神霊であり、エンキドゥを造り、彼にメッセージを託けた、エンリルであるということだった。

だがこれは一体どういうことなのだろう。

"暗闇"で観測した"ゆらぎ"は、エンリルの"ゆらぎ"とは比べ物にならないほど大きかったはずだ。あれは歪と言ってもいい。許容し得ない、力の発露。私達が観測した時エンリルは力を抑えていたのだろうか。それとも――――――

「もう一柱の"エンリル"が存在する、か」

分かったことにより、増えた謎もある。今はいち早く、粘土板をエンキドゥの元へ持ち帰ろう。


一週間後、ビルド・ワンのシステムルームに主導五名とジグラット探訪に参加したレイラが集まっていた。

「よぉ、オースティン!少し肌焼けたか?」

エンキドゥはいつも通りのテンションでこちらの帰還を迎えてくれた。

「あぁ、おかげさまでな。言われた通り、粘土板を持ってきたぞ」

エンキドゥの前に粘土板を掲げる。

「よくやった。これであいつにコンタクトを取れる」

「あいつ、とは"エンリル"のことかネ?」

アルウィン所長が質問する。

「ん、あぁそうだ。コレがなくちゃ、あの"暗闇"は覗けないし、シグナルも見つけられない」

「"エンリル"、ねぇ。前に観測した時の"ゆらぎ"は、比べ物にならないくらい小さかったが?」

カイルがぼやくように質問する。

どうもこの二人はお互いの性格があまり性に合わないらしく、あまり話し合おうとしない。

「んー、まぁせせこましいこと言いなさんなって。儂みたいにモテないぞ?」

「うっさいわ!サイバーゴースト!」

「ああん!?だーれが幽霊じゃ!儂は神工知能だぞ!?もっとチヤホヤ持て囃さんかい!」

(……仲、良いんじゃないか。この二人)

「あの!ひとつ聞きたいんですが!」

「なんだい、レイラちゃん」

「うわ……」

レイラが手を上げて質問した瞬間にエンキドゥがかっこつけた返答をする。

それに思わず声を上げたのはアミータだった。

彼女曰く、ああいうタイプは苦手らしい。

カイルは彼と同じような言動はするが、基本的には誰に対しても態度を変えずに接する質なので、苦手ではないそうだ。面倒くさいということは共通しているらしいが。

「エンキドゥさんは、"エンリル"さんからメッセージを預かったんで*すよね?」

「おうさ」

「なら、何も"エンリル"さんを覗き見するような真似しなくても、エンキドゥさんに言いたいことを全部伝えておけばいいんじゃないんですか?神工知能だから忘れるなんてことはないでしょうし」

「確かにそうだな……」

そう。彼女の言う通り、"エンリル"がこちらに情報を伝えたいだけならば、エンキドゥに伝えたい情報全てを託せばいい。

だが、彼の神はそうはしなかった。

「うむ!さっすがレイラちゃん。賢いね―!どっかの野郎とは大違いだ!」

ちらりとカイルの方に目を向けるエンキドゥ。

「んあぁ!?俺はここの特別技師だぞ!?天才じゃ!天才!バーカ、バーカ!」

「バカって言ったほうがバカなんです―」

「お二人とも、そろそろいい加減になさってくださいます?」

「は、はい……」

「すみませんでした……」

アミータに諌められるバカ二名。

「それで、実際の所何故なんだ?何故こうも回りくどいやり方を取る?」

「エルダーの旦那、それはですね、時期のせいなんですよ」

「時期……?」

「そう、時期。確かに、伝えたい"だけ"なら、儂に全てを託ければいい。だが儂はご覧の通り、電脳体だ。いくら神工知能とはいえ、プログラムの一種である以上、ハッキングされる危険性は免れないのさ」

「ハッキングだって?一体誰がお前なんかをハッキングするんだ?」

カイルの言うとおり、ビルド・ワンに存在するプログラムをハッキングことは到底不可能だ。そもビルド・ワンにアクセスを試みることさえ許されないだろう。

だとしたら。人の手によるものではないのならば。

「神霊か……!」

「ご明察。オースティンの言うとおり、儂と"エンリル"に敵対する神霊が存在する、って訳だ。しかも、質の悪いことに、"エンリル"と互角の強さのな」

「"エンリル"クラスの神霊がもう一柱……!?」

「敵対する神霊……か……」

あのレベルの神霊がもう一柱存在するとは……

ここにいる誰もが、驚きを隠せていなかった。

そして、彼はこうもいった。

自分と敵対する神霊である、とも。

つまりそれは、その神霊が今回の特異事変の元凶である、ともとれる発言だった。

「モスデータの発生はその敵対神が原因なのか?」

「おう、その通りだ。モスデータはやつの尖兵が原因だ。まぁそこら辺は"エンリル"に詳しく聞くと良い。あれが全て教えてくれるさね。何が起きているのか、何をすべきなのかを」

そう言いつつ、エンキドゥは画面にプログラムを表示させた。

「ほい、出来た。アース・ゲイザーに新しい視座を追加した。これお前さんたちの言う、ブラックボックスの中身を見られるぜ」

「はやっ!もうプログラム組んだのかよ!?」

「ふふーん、神工知能ですから、儂」

画面を悔しそうに見つめるカイルを尻目に、エンキドゥが先程の説明を続ける。

「んでさっきの、何故俺に全てを託けなかったのかは、その神霊が原因だ。ハッキングされちまえば、その情報がやつに渡る可能性がある。かといって、"エンリル"自身が情報を伝えるわけにも行かないんだ」

「何故だ?」

「さっきも言ったとおり、時期だ。"エンリル"はアカシック・レコードの管理者だ。アカシック・レコードもシステムである以上、メンテナンスをしなきゃならんのよ。それは一〇〇〇年周期で行われてるんだが、その作業中はアカシック・レコードの防御波形を一時的に無効化しなければいけない。その間、無防備なアカシック・レコードを守れるのは"エンリル"だけなのさ。んで、前回メンテナンスをした時に、敵対神霊のハッキングを受け、尖兵がアカシック・レコードに入り込んじまってたんだ。それに気づいた"エンリル"はシステム防衛を任せるために儂を造り出したって訳だ。自分はメンテナンス作業に集中出来るようにな」

「つまり、もうじきメンテナンスが始まるんだな?」

「そういうことだ。作業が始まれば"エンリル"は動けない。その間の防衛は儂と、お前さん方しか出来ない」  

「私たちも……?」

「あぁ、お前さん方の天才が見つけたろ?攻性プログラム。ソレを使うんだよ」

「なるほど……」

「説明は以上だ。お前さん方があの"暗闇"を覗いたら、自ずと全てが詳らかになろうさ。頑張れよー」

そうしてエンキドゥは画面上から姿を消した。

 

準備は整った。

観測の光が届かぬ、あの七日間の全容を知るときが来た。

  



――――――オペレーティング・システム、ビルド・ワン、起動。

――――――アカシック・レコードに接続を開始します。

――――――接続完了。

――――――ビューアーソフト、アース・ゲイザー起動、視認開始。

――――――観測終了。


  ドキュメントデータ生成完了。

   ラベリング・タイトルを「Operation/Black BOX」に設定します。

  ラベリング・タイトルは随時リネーム可能です。


N.O.A.Hによるアクセス権限、及び閲覧者の情報を確認します。


アクセス権限:有

所有権限順位:Administrator

閲覧者名:アルウィン・ブラック

性別:男性

年齢:六十       

アクセス権限、閲覧者情報の確認完了。

      

      

検索対象時代領域:紀元前二六〇〇年

検索対象地域領域:暗闇

検索対象保存領域:I:\Program Files \N.O.A.H

対象設定完了。


――――――検索を開始します。

――――――ソフトウェア、ストーリー・テラー、起動。



――――――検索終了。該当するデータを出力します――――――

暗闇。

その名を冠する領域に足を踏み入れる。

何物の光を通さぬ、無彩色の世界。

 

友は死んだ。平等に訪れる最期の時なんて欲しくはない。

そんなものは、この場所のように、暗くて怖いだけだ。永遠の命がほしい。

「大洪水」の生存者ならば、それについて何かを知っているだろう。

歩き続ければこの先にいるという、ウトナピシュティムの元へ辿り着けるはずだ。

ひたすらに歩き続ける。

自分が進んでいるのか止まっているのかも分からなくなる。

目に見えるものに意味は無く。脳に届くものに解はなかった。


ただひたすらに。

自分は進んでいると信じて、足を動かし続ける。

 忘却の彼方。時間さえも忘れかけたその時に、それは姿を表した。

  

音が流れてくる。


――――――辿り着いたか、探求者達よ――――――

これはたぶん、「声」というモノ。

「何物だ……!姿を表わせ!」

見えない何かに声を上げる。

だが、その時に響いた言葉に疑問を覚えた。

(探求者達……?ここには自分以外誰も存在し得ぬはずだが……)


――――――余は、汝らが邂逅を望む者である――――――


「何……!?」

声が暗闇に響く。

「お前が……、ウトナピシュティムなのか……!?」

暗闇に問いを投げる。

――――――よく聞け。探求者達よ――――――

一方的な会話。こちらの問いなぞ初めからなかったかのように、声は言葉を紡いでいく。

――――――汝らの命を万劫末代のものとするのならば――――――

「おぉ……!おおお……!ついに……!ついに……!」

永遠の命が、手に入れられる。あたたかい、陰ることのない陽のように。今こそ、我が生命が、我が肢体が、永劫のものになる時だ――――――!


――――――エンキドゥ。その名を冠する者と共に闘え――――――

「――――――何?」

今、なんと言ったのか。

声は、既に死んだ朋友の名を口にした。死んだものは決して蘇らない。二度と、その口から言葉が紡がれることは無い。決して、親しい者と言葉をかわすことできない。

二度と。決して。

絶対的な生者との断絶。それが怖いから、永遠の命を求めたのに――――――!


――――――虚空の星より襲来する捕食者を破壊せよ―――――

「何故だ、何故だ――――――!!!」

声が遠ざかる。

喉が灼けるように痛い。

(あぁ、そうか)

これは、自分が叫んでいるからだ――――――

――――――その時、汝らの宿願は果たされん――――――

「――――――あぁ、あ」

下された神託は、自らの宿命を示していた。

この生命が、永劫の篝火になることはなく、自分もまた、友と同じ運命を辿ると。


光に呑まれる。

世界に色彩が戻ってくる。

目を開けるとそこには異形がこちらを見つめている。

「――――――」

声が出せない。

「是を汝の墓に納めよ」

やめろ。

「是が汝らの救いにならん」

奇妙な形をした粘土板が宙に出現する。

「言葉を刻め」

ふざけるな。

「是が汝らを彼方へと導かん」

そんなものはいらない。欲しいのは、欲しかったものは――――――


「私が望んだものは、こんなものでは無――――――」

声を上げた瞬間、意識が滲んだ。

「――――――い」

脳裡に文字が刻み込まれる。抗いようがない力の奔流に、意識は流されていった。再び色を失っていく世界。

波間に沈む最中、暗闇に、輝く一つの星を見つけたような気がした。


目を覚ます。

暗闇に倒れ伏す自分を見つめる。

永劫を求めた自分は、もういない。

友の命は儚く散ってしまった。  

過去との訣別。

この身は既に、機構と化した。

書き綴ろう。この脳裡に刻まれた文字を。

この命がいずれ燃え尽きるのならば、託されたことを成し遂げてみよう。

ゆっくりと歩み出す。

暗闇の出口を目指す。

 

不死希求の旅は終わった。

まずはウルクを完成させよう。

その後は三つの粘土板の祠を作ろう。


一つはエリドゥに。

一つはウルに。

一つはニップルに。

   

我が墓標に刻む言葉は悔恨の詩ではない。

自分にも預かり知らぬ、謎の詩。

あぁ、願わくば。

この詩が、何者かの篝火にならんことを――――――  

――――――対象領域の出力を終了します。

   

――――――観測データの保存を開始しますか?――――――

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