第165話

 恋愛に疎く、自分が汐莉や凪に抱いている感情がなんなのかわかっていない修でさえも、優理が平田に特別な感情を持っていることはなんとなくわかっていた。


 普段からほわほわしていて甘えたような声で話す優理は、平田を前にするとそれにさらに拍車がかかる。

 平田を好意的に評する発言も何度も聞いたことがあったし、以前「好きな人がいる」といったようなことも言っていたので、それが平田であろうことは想像にかたくなかった。


 だがいざその真実をはっきりと告げられると、さすがに驚きを隠せなかった。

 しかもまさか恋路を手伝って欲しいとお願いされるとは。


「っていうか、なんで俺なの?」


 始業式後の休み時間、人通りの少ない場所で修は声を落として優理に尋ねた。


「永瀬くん、平田くんと仲良いでしょ? だから平田くんについていろいろ教えて欲しいし、間を取り持ってもらいたいんだぁ」


 少し恥ずかしそうにもじもじしながら話す優理は、とても女の子らしくて可愛らしいと修は思った。

 しかし優理が期待しているようなことを自分ができるだろうかと考えると、とてもじゃないが不可能に思えて仕方がない。


「い、いや、俺、自信ないよ……! 間を取り持つったって、何すればいいのかわかんないし……」

「大丈夫! そんな難しく考えなくていいよぉ。ちょっとだけサポートしてくれるだけでいいんだぁ。それに、もちろんタダでとは言わないよ」


 そして優理は驚くべきことを口にした。


「代わりにわたしも、永瀬くんとしおちゃんのキューピッドになってあげる!」


 修は一瞬その言葉の意味がわからず反応がにぶった。

 しかし徐々に頭に入ってきて、完全に理解できた瞬間、修の頬がカァーっと熱くなる。


「は!? いやいや、なんでそうなるんだよ! 俺は、宮井さんとは、別に……!」

「もう、隠さなくてもいいよぉ。わたしも白状したんだし、永瀬くんもほんとのこと教えて欲しいなぁ」


 うろたえる修に対し、優理はまるで「全部わかってるから」とでも言いたげな表情だ。


「いや、マジでそういうのはないから!」


 もう一度強く否定すると、優理が今度は少し悲しげな表情になる。


「……わたしのこと、信用できない?」

「そ、そんなことはないよ! じゃなくて、俺が宮井さんのことを……ってのは、本当に伊藤さんの勘違いで……。確かに自分でも宮井さんとは仲良くやれてると思うけど、それは恩とか尊敬とかそういう気持ちであって、その、す、好き、とか、そういうのではなくて……」


 早口でまくし立てるように言いながら、更に顔が熱くなっていくのを感じ、とうとう修は黙ってしまった。

 どうして自分はこんなにも必死に否定しているのかわからない。

 軽い感じで「そうじゃないよ」と言えばいいだけなのに。


 自分の感情が理解できず、頭の中は考えがまとまらない。


「そっかぁ。永瀬くん、自分の気持ちに気づけてないんだねぇ」


 そんなふうに言うのを聞いて、修は優理の方を見た。

 目尻を下げ、優しげな柔らかみのある笑みをたたえながら、優理はこちらを見つめている。


 そのことが恥ずかしく、また何故か悔しくも思えてしまい、修は視線を地面に落とした。


 自分の気持ちに気づけていない。

 それはその通りだと思う。


 ついさっき自分が汐莉に抱いている感情は恋ではないと否定したが、実際のところはどうなのか。

 汐莉だけではない。

 自分を好きだと言ってくれた凪にだって、修はある種の特別な感情を抱いているが、それが恋なのかもわからない。


 そのせいで凪に対しての返事を保留し続けている状況で、それはとても申し訳ないし情けないことだということはわかっているのだが。


「永瀬くん、恋ってね、すっごぉく良いことなんだよぉ」


 不意に優理がそんなことを言うので、修はおそるおそる顔を上げた。


「好きな人のことを考えると、心の中があったかくなって、幸せな気持ちでいっぱいになるんだぁ。時々は苦しいことだってあるけど、それで悩むことだって自分の成長に繋がるんだよ」


 胸の前で手を組んで、優理はうっとりとした顔で言った。


「……よく、わからないよ……」

「はじめはみんなそうだよ。恋を自覚するのって、相手の人との関係が一気に変わってしまうことだってあるから、きっと怖いんだと思う。わたしもほんとは怖いよ」


 優理はえへへと笑ったが、自分で言うようにそこには少しの不安が見え隠れしていた。


「でも、それでも。もしこの恋が終わってしまうことになったとしても、それは行動を起こした上での結果にしたい。なんにもせずに終わってしまう恋なんて、もったいないし、悲しいよ」

「……!」


 修は優理の言葉に深く感心した。

 言っていることを完全に理解できたわけではないが、優理が恋愛に対して確固たる信念を持っているということはわかった。

 恋愛の「れ」の字もわかっていない修にとって、一生懸命恋愛に向き合う優理の姿はとても輝いて見えた。


「伊藤さん、なんかかっこいいな」

「もう、かっこいいじゃなくて、かわいいって言ってよぉ! 恋する乙女はいつもの三割増しでかわいくなるんだから!」


 優理が不本意だと言いたげにぷんすかと怒る。

 そしてまた柔らかく微笑んで


「じゃあこうしたらどうかなぁ。永瀬くんは、わたしの恋をサポートする。代わりにわたしは永瀬くんが、恋ってどういうものなのか、自分が抱いてる感情がなんなのか、理解できるようにお手伝いする。そんな感じで同盟を結ぶっていうのはどうかなぁ」


 と提案した。

 修はすぐに返事をせず、少し思案する。


 ウィンターカップも控えていて、今はバスケに集中しなければいけない時期だ。

 しかし、最近は自分の感情が理解できずにもやもやとする機会が多く、それがストレスになっている節もある。


(凪先輩とのこともあるし、これはいい機会なのかもしれない)


 見たところ優理はこと恋愛に関しては修の何倍も先を進んでいる。

 自分一人で考えるよりも、彼女の助言をもらった方が解決への近道になりそうだ。


 だから修はこくりと頷く。


「わかった。その同盟、受けるよ」

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