5th game
第164話
「久しぶり~! 元気にしてた?」
「ねぇ、宿題全部終わらせた?」
「日焼けすごっ。えっ、ハワイ行ってたんだ! いいなぁ~」
「海外ってヤバくない? 超金持ちじゃん」
「もう九月なのに暑くね?」
「バカ、九月は毎年普通にあちぃよ」
朝の教室。
登校してきた生徒たちが夏休みの思い出話に花を咲かせており、いつもより騒がしい。
頬杖をついて自分の席についていた修は、そんなクラスメイトたちをぼーっと眺めていた。
約40日ぶりに見るクラスメイトたちは、ほとんどが以前より肌がこんがりと焼けており、髪型が一新されている者もいる。
そういったクラスメイトの変化に新鮮な気持ちを覚え、楽しく思いながらも修は少し寂しい思いも抱いていた。
今でこそ昔の明るい性格に戻ったが、入学当初の修は中学時代の事件のせいでそれはもう暗い性格であり、新しい友達はまったくと言っていいほどできなかった。
せめて表面上だけでも明るく取り繕うことができていれば、もしかしたら今繰り広げられている会話に自分も混ざることができていたかもしれないのに。
(まぁ、どのみち部活と自分のトレーニングでそれどころじゃなかっただろうけど……)
そんな言い訳じみたことを思いつつ、修はクラスメイトたちから視線を足下の鞄に移し、朝の
夏休みの宿題は基本的に教科毎に、その担当の教師に授業の際に提出するが、担任の村瀬先生が担当する国語系のものだけは朝に提出することになっている。
(うん、不備はないな)
八月半ばには余裕を持って終わらせていたプリント類は、きちんとカバンの中に入っていたため、修は安堵から少し頬を緩めた。
「何ニヤついてんだよ?」
突然声をかけられ、修は驚きながらそちらの方を向く。
「……なんだ平田か。おはよう」
そこには修にとってこの学校唯一と言っていい男友達である、サッカー部所属の平田健次が立っていた。
「おはよっす! 宿題のプリント見ながらニヤニヤしてるなんて、お前相当勉強が好きなんだな……」
ヤバいヤツを見るような目で、平田がわざとらしく体を後ろに引いた。
「そんなこと言ってると、もう二度と手伝ってやらないぞ」
「うげっ、ご、ごめんなさい冗談です! その節はお世話になりました」
修の言葉に平田は慌てて背筋をぴんと伸ばし、続けて深々と頭を下げた。
まるで厳かな式典でスピーチをする人のように美しい礼に、修は思わず吹き出してしまう。
「それで、ちゃんと最後までやったんだろうな」
「もちろん! 手伝ってもらっといて結局終わりませんでした、じゃあさすがにな」
平田は頭を上げるとニカッと笑って親指を立てた。
三日前、突然平田から「宿題を手伝って欲しい」という連絡があった。
元々あまり頭が良くない平田だが、ほとんどの宿題をなんとか終わらせていたものの、苦手である数学はどうしても手をつける気になれず、気づけば完全に白紙の状態で夏休みが終わろうとしていたのだとか。
何故自分を頼るのかと修が尋ねると、平田は「サッカー部のやつらは俺とおんなじかそれ以下のバカばっかだし。それ以外で頭が良くて、こんなこと頼れるの修くらいだから」と言った。
修の性格上、代わりにやったり写させたりするのはお断りだったが、「わからないところの解き方を教えてくれるだけでいい」と言うので、それならばと引き受けた。
そして半日付きっきりでサポートし、残り数ページまでは一緒に終わらせていたのだ。
「ちゃんと計画立ててやらないから最後に苦しむことになるんだよ」
「それは前も聴きましたー! 俺は好きなものは先に食べて、嫌いなものは残しておく
「うん、そういやその返答も前聴いたわ」
「まぁマジで助かったぜ。それに、修の教え方上手いから、なんかちょっとだけ数学がわかるようになったような気もする!」
平田は腰に手を当てて得意気に胸を反らした。
「気がするだけじゃないといいな」
そんな平田に修はクールに返したが、内心は褒められたことに対して少しむず痒い気持ちになっていた。
修は平田に対して恩がある。
入学初期、一人ぼっちだった修に話しかけてくれ、友達になってくれたこと。
バスケや汐莉のことで悩んでいたときに背中を押してくれたこと。
細かなことを挙げればもっとたくさんある。
こんな些細なことで、それらの恩を少しずつ返せるなら安いものだ。
しかし本人にそれを言うのは恥ずかしいので、悟られないようできるだけクールに振る舞って誤魔化しているのだった。
「平田くん、おはよう!」
するとクラスの女子が元気よく平田に話しかけてきた。
たしか名前は山下さんだった気がする。
「おはよ!」
「これ、ハワイのお土産! 一つとって!」
そう言って山下さんは蓋が開いたお菓子の箱を差し出した。
「ハワイ!? すげぇ! これは?」
「クッキーだよ! ハワイアンマカデミアナッツショートブレッドクッキー!」
「ハワイアンマカデミア……なんだって?」
「ハワイアンマカデミアナッツショートブレッドクッキーだよ!」
「ハワイアン……ええと、とにかくクッキーね! ありがと!」
平田には文字数が多すぎたらしく、名前を覚えるのは諦め、礼を言って一つ箱からとった。
「永瀬くんもどうぞ!」
「え、俺にも?」
まさか自分にもくれるとは思っていなかったため、差し出されたクッキーを前に間抜けな声を上げてしまった。
「うん! みんなに配ってるから!」
そう言って山下さんは明るく笑った。
小、中学生の頃は旅行のお土産をクラス全員に配るということは良く見られたが、高校でも同じようにする人がいるなんてと少し驚く。
「それじゃ、いただくよ。ありがとう」
修は微笑み返してから個包装になったクッキーを一つもらった。
小袋を眺めると、なんのイラストかはわからないが常夏っぽい植物が描かれている。
「パッケージもハワイっぽくていいね」
そう言って再び山下さんに視線を戻すと、彼女が口を半開きにして呆然としていた。
「え、どうかした……?」
修が声をかけると、山下さんはハッと我に返った。
「ご、ごめん! なんでもないよ! っていうか、その……」
慌てて謝ったあと、嬉しそうに柔らかく微笑んで
「永瀬くん、前より明るくなったね。それ、すごく良いと思う」
と言った。
突然かけられたクラスメイト女子からの予想外の言葉に、修はドキッとして顔が赤くなるのを感じた。
「それじゃね!」
そして山下さんはクッキーを配りに別のクラスメイトの方へと歩いていってしまった。
「良かったな」
隣を見ると平田がニヤニヤしながらこちらを見ていた。
そのせいで余計に恥ずかしくなり、今さらではあるが赤くなった顔を見られないよう平田から顔を背ける。
「……うるさいよ」
「俺も、今の修はかなり良い感じだと思うぜ」
「………………」
褒められているのだろうが、嬉しいという感情よりも、以前の自分がどれだけ暗かったのだろうかと考えてしまい、修は反省の念を抱いた。
(平田や伊藤さん以外にも、クラスの子たちともっと話さないとな……)
「皆さんご存知の通り、来週は栄城祭があります」
SHRで担任の村瀬先生はふくよかな笑みをたたえながら生徒たちに告げた。
何人かの生徒は顔を見合せそわそわし始める。
「一年生はクラスの出し物はありませんが、部活の出し物や個人の出し物に参加する人も多いと思います。最高の思い出になるようみんな頑張ってくださいね」
ノリのいい数人の生徒が「は~い!」と返事をすると、村瀬先生も満足げに頷いた。
高校に入ってから初めての学園祭である栄城祭。
ほとんどの生徒は期待に胸を膨らませて浮き足立っている。
だが修にとっては憂鬱だった。
栄城祭が嫌というわけではない。
一年生は出し物がないため関係ないが、二、三年生はそれの準備のために放課後の時間を使うため、部活に参加する時間が削られてしまう。
そのことに対して不満を抱いているのだ。
バスケ部は元々部員が少なく、一年生だけではまともな練習ができない。
ウィンターカップ予選が来月に迫り、一分一秒でも練習時間が惜しい状況でこれは大きな痛手だ。
高校生である以上学校のイベントに時間を割くのは仕方がないことであるのはわかっているのだが……。
嬉しそうにしているクラスメイトたちとは対照的に、修の表情は冴えない。
「では、これで朝のSHRは終わりです。号令」
チャイムが鳴り、級長の号令でSHRが閉じられると、教室内にまた喧騒が訪れる。
(文句言ったって仕方ない。少人数でも中身のある練習をすればいいだけだ)
そう自分に言い聞かせて、修が一限目の用意をしようとしたとき。
「永瀬くん」
不意に声をかけられた。
顔をそちらに向けるとクラスメイトであり同じバスケ部の部員である伊藤優理が、修以上に神妙な面持ちで立っていた。
「伊藤さん、どうかした?」
修は普段あまり見られない優理の表情に驚きながら尋ねる。
「うん、ちょっと相談があるんだけど、いい?」
「相談? いいよ、何?」
そう答えると、優理は近くに人がいないか確かめるように周りをきょろきょろと見回した。
そして修にぐいっと顔を近づけると、小声ながらも力強く言ったのだった。
「わたし、栄城祭で平田くんに告白しようと思うの。だからお願い! 協力してください!」
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