第155話
(何かおかしい……)
ハーフタイムの間、凛はライトニング側のベンチに座って考え込んでいた。
ここまで順調に自分のプレーを修に披露できている、そう思っていたが、改めて第二ピリオドを振り返ってみるとどこか違和感を覚える。
(そういえば、二ピリの後半、私って得点したかしら……)
凛は思い立ってベンチで雑談しているライトニングのチームメイトに声をかけた。
「あの、スコアシート見せてもらってもいいですか?」
「ん、スコアシートね。はいよ」
「ありがとうございます」
受け取ってポイントの欄に目を走らせる。
思った通り第二ピリオドの終わりの方は、凛の得点がなかった。
(どうして私の得点が止まってるの?)
凛はスコアシートをじっと見つめたまま考えた。
自身としては灯湖に抑えられているという感覚はまったくなかった。
この試合を通してドライブを完全に止められたことも、ましてやシュートをブロックされたということもない。
(最後の方だって、トウコ先輩は付いてこられてなかった……。ドリブルで翻弄して、最後はフリーの味方にパスを出して……)
そこまで考えて、凛はある事実に気づいてハッとする。
("パスを出して"……?)
助っ人参加ということで第一ピリオドは周りの空気を読んだプレーをしていたが、ライトニングのメンバーから「好きにしていい」と許可を貰って、第二ピリオドではすべて自分で点を取るつもりでプレーをしていた。
もちろん少しドリブルが上手くいかなかった、良い位置に仲間がいたという理由で最後のシュートを他のメンバーに託すということはあったが、それも数回だけである。
いや、
しかしスコアシートを見ると、第二ピリオドの終盤はすべて凛以外の選手の得点となっている。
つまり無意識の内に、凛は自分でシュートまでいかずにパスを出すことを選択していたのだ。
(どうして? もしかして、トウコ先輩が段々私に付いてこれるようになってるの?)
凛はスコアシートから反対側のベンチに視線を移す。
修の元に集まって真剣な表情で話をしている栄城の選手たち。
そしてその奥に、一人だけ輪から外れて目をつぶっている灯湖。
一瞬その姿から、またもや名瀬の先輩に似た雰囲気が伝わってくる。
(ううん、考えすぎよ)
凛は灯湖から視線を外し、軽く頭を横に振って自分に言い聞かせた。
(トウコ先輩が、思ってたより大したことなかったから、いつの間にか自分で攻めようって気が薄れてただけ)
以前名瀬高の監督に、精神的に未熟な部分を指摘されたことがある。
それはこういうところのことを言っているのだろう。
相手によってモチベーションが変わるのは一流ではない。
凛は両頬を軽く叩いて雑念を振り払う。
「相馬さん、大丈夫? 疲れてない?」
するとライトニングの選手が声をかけてきた。
凛はニコッと笑いかける。
「ええ、大丈夫です」
「そう? じゃあ後半もこの調子でよろしくね」
「はい。任せてください!」
そしてハーフタイムが終わり、ライトニングボールからのスタートだ。
ライトニングに遅れて栄城がコートに入り、配置につく。
栄城のディフェンスは引き続きマンツーマン。
凛をマークするのも灯湖のままだ。
スローインからボールがコートに入り、タイマーが動き出す。
ガードがドリブルでトップの位置につくと、早速右サイドの凛にボールが回ってきた。
(とりあえず一本決めて、嫌な感じを払拭する!)
そう思って体勢を低く構え、灯湖を鋭い目で睨む。
だがその瞬間全身を刺すようなビリビリした感覚が凛を襲った。
(!)
凛は驚きを隠せなかった。
何故なら灯湖の纏う雰囲気が、これまでのそれとはまったく違っていたからだ。
(何、これ……!)
凛は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
そして自然に頭を過るのは、自分が化物と賞する先輩。
――お前じゃまだまだ相手になんねーよ。
(違う!!)
凛は表情を締め直し、再び灯湖を睨み付けた。
(この程度の人が、レオ先輩と同じなワケない!)
「相馬さん!」
なかなか動き出さない凛に対し、味方のガードが一旦ボールを戻すよう要求する。
しかし凛はそれが合図であるかのように、その要求を無視してドリブルを始める。
左右に振って、ステップを踏みながら灯湖の重心をずらす。
そして一瞬の隙を突き、右からドライブを試みる。
「!」
しかし抜けない。
灯湖は巧みに体をゴール側へと入れ込み、凛の侵攻を阻む。
(それなら……!)
凛はさらに右から攻める。
と見せかけ、その場で鋭いロールターン、向かって左に進路を変える。
背中で灯湖を抑えながら、ボールをキャッチしそのままレイアップに持ち込む。
しかしシュートを放つタイミングで誰かの腕が伸びてきた。
(ウソでしょ……!?)
その腕は今抜き去ったはずの灯湖のものだった。
このまま撃てばブロックされてしまう。
凛は咄嗟にボールを持つ手を外側に開き、フック気味にボールを放った。
そのおかげで灯湖のブロックを躱すことはできたが、無情にもそのシュートはリングに弾かれ落下する。
そのボールを涼が掴み、攻守が切り替わる。
凪にボールが渡り、素早くドリブルでアタックしてくるが、ライトニングの戻りも速く速攻は防ぐことができた。
しかし凛の頭の中は先程の灯湖との一対一のことで混乱していた。
(どうして……? なんで……!? いきなり動きが良くなった! 今までなら絶対ブロックまでこれなかったはずなのに!)
最初のドライブインを防がれたのも驚きだったが、その後のロールターンで抜き去ったはずだった。
しかし実際にはドンピシャのタイミングでブロックに跳ばれている。
これまでの戦いで考えるとあり得ない動きだ。
すると今度は灯湖にボールが渡った。
凛としてはディフェンスでやられた直後であるこのオフェンスは、なんとしても防がなければならない。
灯湖は3Pライン上で左にドリブルを始めた。
そして体を起こし腰でボールを溜める。
序盤に見せたロッカーモーションだ。
続いてシュートでくるか、ドライブでくるか。
(見極める!)
そのときは見事に3Pを決められてしまったが、今度はそうはいかない。
凛は神経を研ぎ澄ませ、どちらがきても対応できるように構える。
灯湖は溜めを作った状態から逆方向の右に切り返しドライブを選択した。
凛はそれに上手く反応し、灯湖の正面に体を入れる。
しかし次の瞬間、灯湖は凛が先程見せたようにロールターンで左に躱そうとした。
灯湖にその気はなかったのだが、凛は自分がやった技と同じ技をやられた、つまり挑発だと思い込み、頭がカッとする。
(やらせない!)
すぐさま素早いステップで灯湖の横に付き、灯湖のシュートを阻もうとする。
しかし灯湖の手には既にボールがなかった。
(え!?)
気づいた時にはすでに菜々美が3Pシュートを撃っていた。
スパンッと音を立て、そのシュートが決まる。
「良いぞ菜々美!」
「灯湖さんこそ! ナイスパスです!」
タッチを交わして称賛し合う二人を他所に、凛は今のプレーの分析をする。
(ターンした瞬間にパスを出した? 元々位置を把握してたのか、ターンしながらフリーを見つけたのか……)
どちらにしても素晴らしいプレーだ。
ディフェンスのみならず、オフェンスでもしてやられた。
「相馬さん! やり返していいよ!」
ボールが凛の元にやってくる。
(言われなくても!)
今度はボールを持った瞬間にワンフェイクを入れ、その逆方向に鋭いドライブを仕掛ける。
このワンプレーで抜き去るつもりだった。しかし。
「!?」
ドン、と、何かに衝突したような衝撃が体に走り、凛はその場に倒れ込んでしまった。
同時に甲高いホイッスルが鳴り響く。
「オフェンス、チャージング!」
凛のファウルを審判が大声でコールする。
「え!?」
凛は一瞬状況が飲み込めなかった。
「灯湖! 大丈夫!?」
「あぁ、平気だよ」
その声の方を見ると、尻餅をついた灯湖を晶が手を引いて立たせているところだった。
(正面に入り込まれた? あのタイミングで……!)
凛は目の前の光景が信じられずに目を見張った。
凛としてもやみくもにドライブする方向を決めたわけではない。
灯湖の動きを見て、抜けると確信した方向を選択したつもりだったのだが、灯湖は凛がドライブするよりも速く、完全に体を進行ルートに入れてきたというのか。
「凛ちゃんドンマイ! ディフェンス戻ろう!」
「あ……ありがとうございます」
チームメイトの助けを借りて起き上がり、駆け足で自陣に戻るが、凛の心は穏やかではなかった。
何せそれまで圧倒していた相手に、二度連続で完敗してしまっているのだ。
またホイッスルが鳴る。
今度はドリブルでボールを運んでいた凪に対してのファウルだ。
スローインが開始されるまでのわずかな時間に、凛は我慢できなくなって灯湖に話しかけた。
「……今まで力を隠してたんですか?」
その言葉に灯湖はキョトンとした顔になった後、余裕のある微笑みを見せる。
「いや、そんなことはないさ。最初から全力だったよ」
「嘘ばっかり……」
「嘘じゃないよ。ただ……君みたいな上手いプレーヤーとこんなに長い間やり合ったのは久し振りでね。感謝するよ」
どういうこと、と尋ねる前に審判がボールを手渡してスローインが始まった。
菜々美から凪へ、そして凪から灯湖へとボールが回る。
今度こそ止めなければと、凛はさらに気合いを入れて灯湖と対峙する。
すると灯湖は少し口角を上げて呟いた。
「おかげで勘が戻ってきた」
(え……)
その瞬間、凛の目の前から灯湖が消えた。
同時に自分の右側を何かがすり抜けていくのを横目で感じる。
まずいと思った凛は右足を引こうとするが動かず、上半身と下半身の動きにズレが生じた凛はそのまま後ろに崩れ落ちる。
お尻と手の平に衝撃を感じながらも、慌てて首を動かして後ろを振り返ると、灯湖がカバーのディフェンスに囲まれながらシュートを撃ち、それが入るのが見えた。
その光景と、過去何度も体験した記憶が重なる。
――弱っちいなお前。そのまま寝てろよ。
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