第146話
「お疲れ様でした。なかなか良い出来だったと思います」
試合終了後、栄城メンバーは涼をとるために屋外の日陰に集まってミーティングをしていた。
点差的には余裕の勝利だったが、少々無茶な戦い方をしたせいで全員疲れ切っている。
「『攻守の切り替えを速く』、『ボールを奪ったら全員全力ダッシュ』という決め事は皆守れていたと思います。最後の方のヘロヘロ具合はちょっと見れたものじゃなかったですけど……」
すると部員たちは皆一様に抗議するような目を修に向けた。
しまった、また口を滑らせて余計なことを言ってしまったようだ。
「そろそろ説明してよ。二試合目も控えてるのに、格下相手にこんな戦い方をさせたのにはちゃんと意味があるんでしょう?」
痺れを切らした凪がジト目で問い詰めてきた。
「も、もちろんです」
コーチとして指揮をする以上、部員から不満が出るのは覚悟していたが、ずっとこんな視線を受け続けるのはさすがにつらい。
修は咳払いをしてから、先程の試合の意図を説明し始めた。
「さっきの試合、皆にあれだけガンガンに走らせたのは、『試合の中で走る』って感覚を掴んでほしかったからです」
「「「試合の中で走る?」」」
一年生三人が声を揃えて首を傾げた。
「うん。今まで練習でダッシュやシャトルラン、インターバル走なんかで体力トレーニングをしてきたけど、それはあくまでトレーニングです。ご存知の通り、バスケはただ走るスポーツじゃなくて、ドリブルやシュート、ジャンプしたり急に止まったり、ディフェンスのために腰を落としたりと様々な動きが不規則に連続しますよね。それにプレーについて常に考え、判断を下さなきゃならないから精神的にも疲労があります。そういうシチュエーションっていうのは、どうしても練習の中でのトレーニングでは経験できないものなんです」
そこまで言って一瞬間をとり、部員たちの表情を確認する。
晶と優理は「どういうこと?」とでも言いたそうに眉根を寄せていた。
他の者たちはそれぞれ程度の差はあれど、修の言いたいことを理解しているように見える。
「つまり、試合で使う体力は試合で鍛えるのが一番だということです。でも試合中って、サボろうと思えばサボれる場面て結構あるんですよね。例えば速攻のとき、前に三人走ってるときにゴールを確信して残りの二人が走らないとか。でも、それじゃ駄目なんです。
アウトナンバーだからって必ずしもゴールを奪えるわけじゃない。走ることをしないということは、それだけ得点のチャンスを放棄しているということになります。だからこの先も勝っていくには、常に全員が走る意識を持ってなきゃいけない」
「なるほど。この一戦はその意識を私たちに植えつける意図もあったということか」
「そういうことです。言っちゃ悪いですが、吉川は普通に戦ってもあまり練習にならないと思ったので、そうさせてもらいました」
「なかなか容赦ないね。相手にも、私たちにも」
菜々美が苦笑をこぼしたので、修も同じように笑った。
「すみません……。でも、正直思っていたよりも走れていたと思います。これまでの成果が出てると言えますし、決め事を守るって意識もしっかり見えました。皆よく頑張ってたと思います」
「当然よ。これくらいできなきゃ、全国なんて言ってられないわ。問題は相手が強くてもこれができるかってことよ」
厳しい表情で言う凪に、修も頷く。
今回は相手が弱かったので走り続けることができた。
しかし相手のレベルが上がれば上がるほど、それは難しくなっていく。
「……こんなんでバテてちゃダメ……ってことなんだね」
晶が悔しそうに呟いた。
スタメン五人の中で体力が尽きるのがもっとも早かったのは晶であり、最終ピリオドはほとんどコートに立つことができなかった。
(大山先輩がいるかいないかでは、攻守共に大きく変わってくる。理想では40分間コートに立ち続けてほしいけど……)
だが元々はあまり部活に意欲的でなく、灯湖がやっているから一緒にやっていただけの晶が、自分の体力のなさに悔しそうな顔をしていることは修にとって嬉しいことだった。
「晶はリバウンドをよくとってくれていた。疲れるのも無理ないさ」
「うん……ありがと」
「アタシも……もっとリバウンド、カバーするように、します……」
「涼もありがと! でも、ちゃんとわかってるよ。もっと走れるようにならなきゃ」
そう言って晶はぎゅっと両手を握りしめた。
「よく言ったわ! あんたはうちの大黒柱なんだから! 期待してるわよ」
凪が明るく笑った。
おそらく凪も晶のやる気を感じて嬉しくなったのだろう。
「とりあえずゆっくりストレッチをして体を休めてください。それが終わったら、次にやる予定のライトニングが今試合をしているので、それを見に行きましょう」
修の指示に返事をして、皆ストレッチを始める。
「じゃあ、僕は先に行ってますね」
「うん。偵察よろしく頼むよ」
川畑に一声かけてから修は体育館に戻っていく。
その間に修は先程の試合のことを思い出していた。
疲労が残っていたにも拘わらず、チーム全体的に良い動きをしていたが、特にある一人に関しては驚きを隠せなかった。
(宮井さん、試合で見るとさらに上手くなってるのがわかるな……)
ドリブルやパスといった基本的なことではない。
速攻時に走るコースや、セットオフェンスの際に走り込むタイミング、攻めるときの思い切りの良さなどには目を見張るものがあり、この春始めたばかりの初心者だとは到底思えなかった。
練習は試合を想定して行うようにと常々言ってきたが、実際には試合になると練習でしてきたことを思うように再現できないものだ。
だが汐莉は練習でしてきたことをしっかりと試合でも実行して見せていた。
(今でこの感じなら、試合に慣れてきた頃にはどうなるんだ……?)
そう考えると背筋がゾクッとした。
しかし感じるのは寒気などではなく、期待感からくる高揚だ。
次の試合でももっと汐莉を試してみたい。
そう思ってしまう程、修は汐莉の成長を楽しんでいた。
スタンド席に戻るとコートで試合をしているライトニングがよく見えた。
相手はどこかの高校のようだ。
サイズは突出して大きい者はいないが、全体的に高めの印象を受ける。
メンバーは今出ている五人に加えてベンチに三人、全員が選手であるなら八人と、栄城と同じく少なめだ。
見たところ年齢層は20代後半かそれ前後くらいだと思われる。
(お……? けっこう上手いぞ……)
高校生が若さを活かして速いプレーをしているが、ライトニングはそれに付き合うことなく時間をかけて攻めていた。
全体的なスピードは鈍いが、ここぞというときの瞬間的なスピードは高校生たちのそれを上回る。
そして何よりシュートが上手かった。
3Pはないがミドルシュートの成功率が高い。
いつの間にか戻ってきていた栄城のメンバーも、真剣にライトニングの試合を見て、その強さに驚いていた。
そして試合終了、高校生を相手に20点差をつけての快勝であった。
「けっこう強そうな感じっすね……」
「うん……。初戦みたいにはいかなそうだよぉ」
「そうだね……」
隣で一年生三人が話しているのを聞きながら、修は既に次の試合の作戦を練っていた。
(したたかで大人の戦い方って感じだな……。多分体力がないのがわかってるからなんだろうけど。弱点を突くならそこか……)
なんとなく頭にビジョンが湧いてきた。
すると隣から
「良い策思い浮かんだ?」
と、汐莉が微笑みながら尋ねてきた。
「あ、うん。一応……」
そう答えようとしたとき、突然隣のコートの方から歓声が沸くのが聞こえた。
反射的にそちらの方に目を向ける。
隣のコートでは男子の試合が行われており、それも終盤に差し掛かっているようだ。
「盛り上がってるみたいだね」
「ああ」
修はなんとなくその試合を眺めた。
高校生同士の試合のようだが、見た感じどちらもレベルは低い。
「!!!」
その中に一人、見覚えのある少年の顔が目に入り、修は思わず息を止めた。
同時にしばらく忘れていた感覚が腹にこみ上げてくる。
「あれ、あの子って……」
汐莉も気づいたようだ。
その瞬間、何かを思い出したかのようにハッとして修に視線を移す。
「な、永瀬くん、大丈夫……?」
息を荒くしている修を見て、汐莉がおそるおそる声をかけてきた。
すぐそれに答えることができない程に、修の心臓は早鐘を打っていた。
「ご、ごめん、ちょっとトイレ行ってくる……」
「永瀬くん……!」
二人のやりとりに優理と星羅が気づく。
「どうしたんすか?」
「ちょっと……腹が痛くなっただけだよ……。すぐ戻るから」
「えっ、大丈夫~?」
誰かが心配そうに声をかけてくれているのを他所に、修は足早に階下へと向かう。
見覚えのある少年。
その正体は、修の膝の怪我の原因となった、高橋という名の少年だった。
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