第145話

 合宿を打ち上げた翌日、修たち栄城バスケ部は交流大会の会場である市立体育館に来ていた。

 社会人のクラブチームや大学のサークルなども参加できる大会のため、館内には高校生だけでなくユニフォームを着た大人もおり、普段の大会とは少し違った雰囲気だ。


 スタンド席に上がり荷物を置いて場所取りを済ませると、凪が改めて今日のスケジュールを確認する。


「昨日言った通り私たちは二試合目と五試合目が試合、六試合目にオフィシャルが入ってるわ。今から外でアップするから準備してちょうだい」


 各々返事をしてから自分のバッグを漁り、タオルや水筒など必要なものを取り出していく。

 修は特に必要なものがないため、なんとなくコートの方へ視線を落とした。


 試合開始20分前ということで、一試合目出場のチームがアップをしているが、その内一つはまだメンバーが誰も来ていない。

 と思っていたら30代くらいの男性が数人、ボールを持ってだらだらとコートに出てきた。


 学生の大会ならあり得ないことだが、良くも悪くも大会であるということがわかる。


 この大会の日程は土日の二日間なのだが、参加チーム数が多かったとのことで、栄城が参加できるのは土曜日の二試合のみとなっていた。

 相手は二試合目が吉川高校、五試合目がライトニングという大人のクラブチームということが決まっている。

 ちなみに笹西の試合は明日だった。


(凪先輩が言うには、吉川は弱小校らしい。ライトニングの方は未知数だけど、ここは両方勝って明日以降の練習に弾みをつけたいな)


「永瀬くん、行こ?」


 考え事をしていた修に、汐莉が声をかけてくれた。

 どうやら皆もう下に向かっているようだ。


「うん、わかった」


 修も汐莉と共に皆の後ろに付いて階段を下りる。


「いよいよ試合かぁ~。楽しみだなぁ~!」


 隣を歩く汐莉は普段よりも明らかに上機嫌だった。

 そんな汐莉を横目で見ながら、ふと昨日のことを思い出す。


(隠してることって、一体なんなんだろうか……)


 結局はぐらかされてしまったが、そのことを言いかけたときの汐莉の表情はやけに真剣だった気がする。

 だから実は何か大事なことなのではないか、と思っているのだ。


(うーん……宮井さんが俺に隠し事……。駄目だ、見当もつかない)


 昨日も考えていたがさっぱりわからなかった。

 もしかしたら勘繰り過ぎているだけで、本当に些細なことなのかもしれない。


 答えのわからないことをいつまでも考えていても仕方がない。

 修は雑念を振り払って試合のために集中することにした。






 試合開始前、ベンチで修は自分を中心に集まった部員たちに指示を与えていた。


「相手は小柄なチームなのでセオリー通りいくなら大山先輩を中心に攻めるべきですが、それだと練習にならないので大山先輩のオフェンス参加は極力少なくしてもらいます」


 それに対して晶は「え~」と不満そうな声を上げた。


「それじゃアタシ暇じゃん!」

「大丈夫です。その代わりオフェンスでもディフェンスでもリバウンドは全力で飛び込んでください」


 にっこり笑って言う修に、晶はさらにげんなりした。

 リバウンド争いは腰を低くして体をぶつけ合うのでなかなか体力を使うのだ。


「晶、頼んだぞ」

「うん、頑張るよ」


 灯湖が落ち着いた笑みを浮かべながら言うと、晶は修の時とは大違いの反応ですぐに頷く。


「それは良いけど、どういう感じで攻めるの?」


 すると凪が当然の疑問を投げ掛けてきた。


「この試合ではテーマを『攻守切り替えを速く』ということにします。だから一つだけ決め事を作ります。ボールを奪ったら全員必ず全力で走ってください」


 何人かの顔が若干ひきつる。

 どうやら修の言っていることのキツさを理解しているようだ。


「速攻で攻めろってことね」

「はい。ただし、必ずしもそのままシュートまで行かなくてもいいです。極力は速攻でフィニッシュまで持っていってほしいですけど、状況によってはセットオフェンスに切り替えて構いません。判断はボールをフロントコートに運んだ人がその都度行ってください」

「わかったわ。一年も、自信持って判断しなさいね。中途半端が一番駄目よ」


 凪の言葉に一年生三人が威勢のいい返事をする。


「合宿であれだけ走ったのに、そんな作戦で大丈夫なのかい?」


 川畑が心配そうに言った。

 その疑問はごもっともであるが、こうするのにはちゃんと意味がある。


「はい、もちろんキツいことはわかってます。けど、メンバーチェンジはこまめに行いますので、とりあえずこの試合だけは後のことは考えずに全力で走ってください」


 修が指示を終えると、ちょうど良いタイミングで試合開始時間を告げるブザーが鳴った。


「スタメンはいつもの五人です。さぁ、いきましょう!」


 修が手を叩いて部員を鼓舞すると、控えの一年生たちも同じように手を叩いて激励の言葉をかけた。

 それを背に受けながら凪、灯湖、晶、菜々美、涼の五人がセンターサークルに整列する。


「「「お願いします!!」」」


 審判のホイッスルの後に続き、両チーム挨拶を交わして試合がスタートした。

 ジャンプボールを晶が制し、栄城が最初の攻撃権を得る。


 吉川のディフェンスは2-1-2のゾーンだ。

 高身長の選手がいない吉川にはマンツーマンで晶を押さえるのは不可能だと判断したのだろう。

 それは至極当然の対応だ。しかし。


 スパンッ、と、それを嘲笑うかのように灯湖が3Pを決めた。


「すごぉい!」

「ナイシュです灯湖先輩!」

「さすがっす!」


 景気の良いファーストシュートにベンチが沸く。

 ほぼノーマークだったとはいえ、試合開始直後の一本目をリングに触れることなノータッチでく決めるのはさすがだ。


 相手が敷いているゾーンディフェンスはインサイドを固める分アウトサイドの攻撃に弱い。

 灯湖のように3Pが撃てる選手がいるチームとは相性が悪いのだ。


 対して栄城はマンツーマンディフェンス。

 各人があらかじめ決めておいた選手をマンマークする。


 吉川は外でボールを回すが、栄城のディフェンスを前に突破口が開けず、苦し紛れのシュートを撃った。


「リバウンド!」


 ボールを掴んだのは晶だ。

 その瞬間、他の四人が一斉に走り出す。


「晶!」


 サイドから斜めに走ってきた灯湖に、晶が素早くパスを出す。

 灯湖はすぐさま前を向きドリブルを開始した。

 その時点で既に三対二の数的有利アウトナンバーが出来上がっていた。


 灯湖はドリブルをしながら顔でフェイントを入れ、それに釣られたディフェンスの逆、フリーになった菜々美にパスを出す。

 菜々美はそのままのスピードでレイアップを決めた。


「よし! 良いオフェンスです! その調子でいきましょう!」


 幸先の良いスタートそのまま流れに乗り、そのあとも修の指示通り速い展開で攻めて得点を量産した。

 随所で一年生も投入し、交代で休ませながら一試合を通して走りまくる。


 そして最後の方には疲れからさすがにペースが落ちてきたものの、相手をまったく寄せ付けず大差をつけての勝利となった。

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