第141話
翌日。
朝食前に笹西の一年生たちと顧問の真耶が、修たち栄城の面々に深々と頭を下げて謝罪してきた。
昨日脚の痛みを訴えて練習をリタイアした彼女らだったが、どうやら本当に練習参加不可能だったのは有紀のみで、あとの四人は仮病だったらしい。
ざっくり言うと、リタイアすることを望まず無理してでも参加しようとした有紀を止めるために、それならば全員でとなったようだ。
そうなった過程は話を聴いてもよくわからなかったが、彼女らの中でも色々とあって決めたのだと思われる。
それを聞いた修は最初は唖然とし、怒りすら覚えた。
しかし一度折れかけてもなお懸命に頑張る優理の姿を見て、深く反省をしたと言う彼女らの言葉からは偽りを感じられない。
きっと彼女らなりの深い理由があったのだと理解し、修は怒りを収めることにした。
それにいつも温厚でニコニコしているあの空が、後輩たちの背徳行為に対してらしからぬ憤慨をしており、それに対してシュンとしている五人を見ると、それ以上怒るのは酷だと思った。
有紀以外の四人が戻り、人数も充分で迎えた合宿最終日。
皆最後の日ということを意識しているのか、これまで以上に内容の濃い練習となった。
笹西のメンバーも詫びる気持ちが強いのか、懸命に栄城に食らいついている。
少々厳しいメニューを組みすぎたかなと思っていた修だったが、必死に汗を流す皆の姿を見ていると、楽なメニューにしなくて良かったという気持ちになった。
そして――。
「皆さんお疲れ様でした。これにて栄城・笹西の合同合宿の練習はすべて終了です。このあと夕食をとって、明日の大会について少しミーティングをしてから解散となりますが、それまでの間は自由時間とします。体を休めてもよし、もちろん練習をしても構いません。ですが、無理はしないようにね」
「「「はい!!」」」
川畑の話が終わり、挨拶をしてから自由時間となると、部員たちの間に「どうしようか?」という雰囲気が流れた。
やはり皆過酷な合宿を終えて体はへとへとのようであり、なんとなくもう自主練習はやめて、休憩にした方がいいのでは、という流れになりそうである。
しかしそんな空気を断ち切るように声を上げる者がいた。
「凪先輩、灯湖先輩。今日もあれ、お願いできませんか?」
驚きで皆の目が声の主、汐莉に集まる。
「……そうね、毎日やってたし、これで締めなきゃ一日の終わりって感じがしないもの」
「やれやれ。元気な後輩を持つと苦労するね」
凪と灯湖も呆れたように、しかしどこか楽しそうに笑って汐莉の申し出を引き受ける。
そこに菜々美も手を上げた。
「私もお願いします!」
「もちろんよ。二木、島田、あんたたちは?」
凪がいつもの一対一メンバーである空と陽子にも声をかける。
しかし二人ともばつの悪そうな顔で、
「あ、えーと……」
「ごめんっ! アタシたち今日はやめておくよ。ちょっと話さなきゃならないこともあるし……」
「……すみません」
と断った。
話とは恐らく一年生たちが仮病を使った件についてだろう。
今はかなり落ち着いているが、空の怒りは凄まじく、昼の自由時間の間は必死に謝る一年生たちを、つっけんどんな態度で寄せ付けなかった。
空と飛鳥にとぼとぼと歩く一年生が続き、笹西の部員たち全員アリーナを出て行ってしまった。
その間に残った四人はいつものように一対一の形を作ってスタートする。
合宿期間中、四人は毎日最後の自主練をこの一対一で締めていた。
菜々美と汐莉が格上の二人とやることで経験値を積むというのもそうだが、後輩に負けられないというプレッシャーがかかった状態である上に、その後輩たちも勝とうと必死にプレーするので、凪と灯湖にも大きな意義のある練習になっている。
修はこの組は凪と灯湖に任せて、普段は他の部員の練習を見ていることが多かったが、今日は最初からこの組を見ていた。
(間違いない。宮井さん、明らかに上手くなってる)
オフェンスもディフェンスも、合宿前より格段に上達していた。
「甘い! 抜きにくるつもりならドリブル突き出しをもっと速く!」
「っ、はい!」
「反射神経がいいのは認めるが、フェイントすべてに反応するつもりか? もっと落ち着いてしっかり見定めよう」
「わかりました!」
それでも凪と灯湖には到底敵わない。
菜々美にはたまに勝てているようだが、二人に対しては苦し紛れのシュートがたまたま入ったところくらいしか、勝っている姿を見たことがなかった。
(アドバイスもその都度もらって、宮井さんなりに考えてはいるみたいだけど……)
いくら汐莉の上達速度が凄まじく、もはや初心者とは思えないレベルにあると言っても、凪や灯湖との間には大きな実力差がある。
現状では普通にやっていたら何度やっても汐莉に勝ち目はないだろう。
(でも……一勝するだけでいいなら……)
恐らく今後もこういった一対一の練習をすることはあるだろう。
だが今日は合宿の最終日、最後の一対一だ、
その締めくくりを敗北のイメージで終わらせてしまうと、合宿すべてがネガティブなイメージになりかねない。
終わり良ければすべて良し、などといった単純なことではないが、特に伸び盛りである汐莉には気持ちよく合宿を終えてほしかった。
――私、もう永瀬くんだけには頼らない。
そう言われてから、この合宿中汐莉とまともに会話していない。
この合宿で汐莉からの信頼を取り戻すと意気込み、努力したつもりであった修だが、それが達成されているのかはわからない。
だから、汐莉に声をかけるのを少しためらってしまう。
失望されたままだったら、拒絶されてしまったら。
恐怖で冷や汗が背中を伝う。
しかし明日は試合であるし、それ以降もずっとチームメイトとして一緒に練習していくのだ。
コーチとして、そんなことでいちいち怖がってなどいられない。
「み、宮井さん、ちょっといいかな」
少し緊張しながらも、意を決して汐莉に声をかけた。
「え、な、何……?」
突然話しかけられて汐莉は驚いた様子だった。
若干身構えているようにも見えるがそれも無理はない。
そんな風になるほど、修から汐莉に話しかけたのが久し振りだった。
「ちょっとだけ、アドバイスしてもいい? 凪先輩や渕上先輩に、どうやったら勝てるのか」
「!」
修の申し出に汐莉は目を見張って驚いた後、深く思案するような顔つきになった。
これまで汐莉は修のアドバイスに対して喜んで耳を傾けていたのに。
今では聞くか聞くまいか考える程信頼を失ってしまった。
そのことに修はかきむしりたくなるくらい胸が痛くなったが、どうにか我慢して汐莉の返答を待った。
すると
「うん、お願いします」
そう汐莉が言ったので、修はほっとして思わず大きくため息を吐きそうになってしまった。
それをなんとか留め、少し硬いが真剣な表情を向ける汐莉に対してアドバイスを始める。
「ごめん、厳しいことを言うけど、今の宮井さんの実力じゃ、凪先輩や渕上先輩に一発勝負で勝つことは不可能だと思う」
「それは……わかんないよ。もしかしたら、できるかもしれない」
"無理"とか"不可能"という言葉を嫌う汐莉は不満そうに食い下がる。
修もその姿勢は素晴らしいと思うし、自分も汐莉のそんな姿に救われたので、もちろんそれを否定するつもりはない。
しかし今はそういう話をしているのではないのだ。
「宮井さん、よく聴いて。俺は『一発勝負』で勝つのは無理だって言ったんだよ」
「……? どういうこと?」
修の言っている意味がわからず汐莉は困惑の表情を浮かべた。
「試合を想定してみて。仮に宮井さんもそのマッチアップする相手も40分間フルに出場するとして、その中で一対一のシチュエーションってどのくらいあると思う?」
「えーと、それは、いっぱい」
「そうだな」
実際に仕掛けるかどうかは別として、仕掛けられるタイミングは何度も訪れる。
「その前に仕掛けた何回もの一対一が、その次の一対一に勝つための布石になるんだ」
「布石?」
ピンときていない表情で首を傾げる汐莉に、修は汐莉が勝つための作戦を伝える。
「つまり……」
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