第142話
(……永瀬から何かアドバイスをもらったみたいね)
修との少し長めの会話を終えた汐莉が一対一のグループに戻ってきた。
大方なかなか勝てない汐莉を見かねて、何らかの必勝の策を授けたのだろう。
凪から見ても修のバスケIQは高く、また人に教えるのも上手い。
今回も自分と汐莉との実力差を埋めるような、そんな都合の良い策が思いついたとでも言うのか。
(でも、私だって馬鹿じゃないわ。そんな『何かをやります』みたいな顔した子に、まんまとやられるわけがない)
そして凪がディフェンス、汐莉がオフェンスの順番になった。
(さて、何を仕掛けてくるかお手並み拝見ね)
汐莉がVカットから、ゴールから遠めの位置でボールを貰う。
次の瞬間、汐莉はすぐにゴールに向きシュートフォームを作った。
しかしそのボールが汐莉の手から放たれることはなかった。
ボールを構える前に、胸の前で凪がボールをはたき落としたのだ。
(一瞬驚いたけど、私がそんな簡単にシュートを撃たせるわけないでしょ)
とは言えまだ一回目だ。
汐莉が、そして修が何を企んでいるのかの判断を下すにはまだ早い。
菜々美や灯湖も合わせた四人でオフェンスとディフェンスをローテーションし、汐莉とも何度もやり合う。
二回目はワンドリブルからのミドルシュート、三回目は一回目と同じようにミートからすぐにシュートを撃とうとしてきた。
しかし両方とも凪の素早い寄せの前には不発で終わっている。
そして四回目、汐莉はまたもやミドルシュートを狙ってきた。
凪はそれも汐莉がジャンプする前にボールを弾き飛ばした。
「くっ……!」
悔しがる汐莉を見て、凪は小さく息を吐いた。
(なんだ、ちょっと拍子抜け……。多分、ドリブル突破は無理だから、せめて一番得意なミドルシュートで勝負するって感じなんだろうけど……。そんな攻め方じゃ、まったく怖さを感じないわ。今までみたいに、多少無謀でも果敢にドリブルで抜こうとしてくる方が良かった)
何か策があるのかと思っていたのでこの四戦は何も言わなかったが、次も同じようなプレーをしたら指摘をしよう。
そう心に決めて、凪は修の方へ目をやった。
修はこの合宿中、特に後半においては目を見張る程熱心な働きを見せていた。
積極的な声出しや、的確な指示にアドバイス。
凪が自分のことに比重を置いても良いと思える程、修はチーム全体をしっかりとまとめていた。
修が汐莉との関係をこじらせていることは知っていたが、これで自信を取り戻して、汐莉に対してもまたこれまでのように効果のあるアドバイスをしたのだと思った。
だがこの様子だと、修はまだ自信を取り戻せずにいて、汐莉に上手い助言を与えることができなかったのではないかと不安になる。
(まさかまだナヨナヨしてるんじゃないでしょうね……。もう皆、ちゃんとあんたのこと認めてるわよ! 後はあんたがそれを自覚するだけじゃない!)
考えれば考える程やきもきする。
自分が認めた永瀬修という男は、こんなことでつまずいたままで終わって良いわけがない。
イライラは募るがそれでも凪はプレーに支障はきたさない。
ドライブを警戒して少し引き気味に守る菜々美を、ドリブルで左右に振って翻弄してから一瞬の隙を突く。
菜々美の重心が乗った足の逆側をすり抜けるようにドライブし、レイアップを決めた。
(菜々美はバランスのとれた良い選手だけど、何かが足らないのよね。もう一皮剥けないと、県上位レベルとはやり合えない)
そして五度、汐莉のオフェンスと
汐莉はボールを持った瞬間に膝を曲げ、ゴールに視線を向けた。
(またシュート、いや違う!)
汐莉のフェイントをいち速く見破り、その後のドリブルにも難なく付いていく。
汐莉が攻め手に欠けるのには大きな理由があった。
それは左手でのドリブルが不得手であるという点だ。
以前よりは格段に上手くなってはいるが、それでも左手でのドリブルはスピード、精度共に粗が目立つ。
それを本人も理解しているため、どうしても右から攻めることが多くなり、守る側も動きを読みやすいのだ。
(左がもっと上手くなれば駆け引きの選択肢が大幅に増えるけど……今の宮井にそれを求めるのは酷ね)
凪は汐莉が右に攻め易いようにわざとスペースを空けた。
汐莉は一旦後ろに引いた後、それに食い付くように右側にドライブする。
(トップスピードで抜きにくる、と見せかけてストップシュートでしょ!)
凪の予想通り、汐莉はステップで急ブレーキをかけ足を止めた。
そしてシュートフォームを作るために両手でボールをホールドしようとする。
そのパターンばかりで勝つことなど不可能だ。
凪はこれまでと同じように、シュートを撃つ前にボールをはたき落とそうと踏み込んだ。
(え?)
しかし振り下ろされた凪の右手が空を切る。
と思った瞬間汐莉が自分の右側をすり抜けていくのがわかった。
慌てて振り返ると汐莉がレイアップを放つために跳び上がっていた。
阻む者がいないイージーシュートを、汐莉は難なく沈める。
灯湖と菜々美がどよめきの声を上げた。
汐莉は一瞬自分がしたことを飲み込めていない様子だったが、すぐに顔を輝かせ
「や、やったー!!」
と叫んだ。
無理もない。この合宿で初めて、汐莉が完全に凪に勝利したのだから。
(やられた……)
今の一瞬、抜かれはしたものの凪の目には何が起こったのかしっかりと見えていた。
シュートを撃つためにボールを両手でホールドする……というのはフェイントで、実際には左手はボールに触れず、右手を突き出すようにして左へドライブしたのだ。
(完全に虚を衝かれた……。絶対シュートを撃つと決めつけてしまってた)
凪は自分のミスに呆れ、はぁ、と短く息を吐いた後、喜んでいる汐莉に目を向ける。
「今の、良いプレーだったわね」
凪に褒められて汐莉は恥ずかしそうに微笑み言った。
「あ、ありがとうございます! でも、私一人の力じゃ絶対に勝てませんでした。永瀬くんのヒントのおかげです」
「どんなヒントをもらったの?」
「一つひとつの一対一を区切って考えるんじゃなくて、試合を想定してすべて繋がってるんだって捉えるようにって。それで、相手は格上なんだから五回に一回勝てればいい、なら五回目に勝つためにその前の四回で布石を撃つように……です」
それを聴いて凪はハッとした。
「そうか……。執拗にミドルを狙ってたのは、ミドルしかないって私に思わせるためだったのね……」
「はい、そういうことです」
まんまとやられた。
凪は悔しさで毛が逆立ちそうになりながら、汐莉にヒントを与えた張本人である修をジト目で睨む。
その視線に気づいた修は苦笑いを浮かべながら頭を掻いていた。
どうやら心配は杞憂に終わったようで、修はしっかり自信を取り戻しているみたいだ。
(……あれ?)
そのことはチームをまとめるキャプテンとしてとても喜ばしいことだ。
それは間違いない。
それなのに、何故か凪の胸はちくりと痛んだ。
(なんだろう、この変な感じ)
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