第140話
優理のちょっとした騒動が収まり、部員たちが落ち着きを取り戻してから数時間後。
午後の練習も終盤に差し掛かっていた。
優理も少し動きが鈍いが一生懸命走り回っており表情も明るい。
やはり肉体的な問題よりも精神的なそれの方が大きかったのだろう。
とは言え元々体力が低い優理が特に疲労度が高いということに変わりはないため、無理をしていると判断したらすぐにやめさせなくてはならない。
修はそちらに目を光らせつつ、声を張り上げて部員たちに絶え間なく指示やアドバイスを送る。
「ラスト一本!」
灯湖がレイアップを決めた瞬間、修はホイッスルを強く短く吹いた。
「次、ハーフコートの三対三! すぐに始めてください!」
修の指示に従い、部員たちはすぐさま配置についてスタートした。
「オフェンスはスペースを意識してください! ディフェンスはボールの位置を常に把握して素早くポジション移動を!」
部員たちは長時間の練習でキツいはずだが、午前のラントレと比べるとボールを使った実戦練習は楽しさが違うのだろう。
皆明らかに溌剌とした表情でとても白熱している。
そんな姿を見て修も段々とテンションが上がってきた。
部員たちの動きを注視し、良いところと悪いところを探す。
そして頭を働かせてそれに合った言葉をかけていく。
「くっ!」
「ナイス涼!」
空のオフェンスを素早くカバーした涼が阻み、追い付いてきた菜々美と二人で挟みこんだ。
空はボールをキープできずに奪われてしまう。
「ナイスディフェンスです! 今の白石先輩みたいに、逆サイドからの一対一に対しては常にカバーができる位置にポジションをとってください! そしてカバーに行くときは躊躇せず勢いよく飛び出して!」
修の声に部員たちが元気よく返事をした。
「くそ~っ! 涼はディフェンス上手いなぁっ!」
「ありがとう、ございます……」
「ふふっ、涼、照れちゃって」
「照れて、ない……」
むすっとした表情の涼を見て菜々美が笑っていた、
(あれ、照れてるのか……)
常にむすっとしている涼の考えていることは、修にとってはほとんどわからないが、親友である菜々美はしっかり理解しているようだった。
「うーん、上手く攻められないっすね……」
「そうだねぇ。結局空さんに任せっぱなしで」
次のディフェンスが終わり、星羅と優理が列に戻りながら会話をしているのが耳に入る。
先程から空と三人で同じチームになる度に、攻め手に欠けて最終的に空の一対一に託すというワンパターンの攻撃しか行えていない。
(その二木さんも動きが読まれて止められてるし……。これは良くないな)
うーんと唸る二人は、実力的に仕方がないのかな、と半ば諦めているようだった。
(そんなことはない。個人の力が劣っていても工夫次第で勝つことだってできる)
どうにか二人で攻めさせて、自分たちの力で勝利する感覚を味わってほしい。
そう思って修は二人を呼び出した。
「困ってるみたいだね」
「うん……どうやって攻めればいいのかわからなくて」
「ウチら一対一も弱いし……。どうすればいいんすかね?」
「多分二人は難しく考えすぎなんだと思うよ。ドリブルで抜くとか、カットでフリーになるとか、そんなことしなくても楽に攻める方法を、二人は既に知ってるはずだ」
修の言葉に二人はぽかんとしてしまった。
「えと……どういこと?」
「それはね……」
二人に次のオフェンスでの作戦を伝える。
もっとも作戦と言ってもそんなに大したものではない。
「え、それだけでいんすか?」
案の定星羅が拍子抜けしたような顔で首を傾げた。
優理も半信半疑といった様子だ。
「うん、それだけでいい。あ、空さんには言わなくてもいいよ。あの人は自由に動いてくれた方が力を発揮できるから」
「……うん、わかった」
「とりあえず一回やってみて、しっくりこなければ少しずつ修正していこう」
二人は頷き、三対三の列へと戻っていった。
そしていざ優理と星羅、空の三人がオフェンスの番が回ってくる。
相手のディフェンスは菜々美、涼、飛鳥の二年生組だ。
三人ともバランスのとれた実力の持ち主で、涼と飛鳥は特にディフェンスが上手い。
優理たちが攻めあぐねるのも無理はないが、それでも決して勝てない相手ではない。
(それを二人にもちゃんとわかってほしい……。頑張れ……!)
トップの位置で涼が優理にボールを渡してスタートした。
その瞬間、右サイドにいた星羅が左サイドの空に対してダッシュし、スクリーンをセットした。
それを見た空は即座に右サイドに飛び出す。
しかし空の飛び出すタイミングが早く、マークしていた菜々美は星羅のスクリーンにはかからずそのまま空についていった。
だがそれで作戦失敗ではない。
星羅はそこからさらに優理が左から抜けるようにスクリーンをセットした。
右サイドの空に少しだけ意識が向いていた涼は、星羅のスクリーンに完全にかかる。
優理が左サイドにドリブルで進むと、マークをスイッチした飛鳥が優理を止めようと飛び出してきた。
「優理ちゃん!」
その瞬間、空いた中のスペースで星羅がフリーになる。
間髪入れず優理はバウンドパスを通し、星羅はレイアップシュートを決めた。
「ナイス連携! やるじゃない!」
凪が驚いたように言って手を叩いた。
他の部員からも次々に称賛の声が上がる。
優理と星羅は自分たちのプレーに驚きを隠せないといったような顔で修に視線を向けてきた。
修は微笑みながら二人に向かって小さく親指を立てた。
チームオフェンスにおいてもっとも基本的であり、もっとも重要なプレー。
それはスクリーンである。
初心者には単純にマークを剥がすためのものだと思われがちだが、その本質はディフェンスを撹乱させることだ。
星羅が空にスクリーンをかけたことで、ディフェンスは「また空から攻めるのか」と思い、意識がそちらの方へ向く。
そのおかげで涼は星羅の接近に気づくのが遅れ、飛鳥は右サイド寄りのポジションに立っていた。
そしてドリブルで完全にノーマークになった優理に対し、距離が離れていた飛鳥は慌てて飛び出してくる。
そうなればインサイドの星羅へのパスをカットすることは難しい。
結果、星羅はフリーでシュートを撃つことができたというわけだ。
ディフェンスが終わったあと、二人は小走りで修の元へやってきた。
「すごい! すごいよぉ! 簡単にノーマーク作れちゃった!」
「すごいっす! ウチらでもあんな風に点をとれるんすね!」
「い、いや、驚きすぎだよ。二人でもそれくらいできて当然なんだから。だって、今までずっと練習してきたんだから」
そう、スクリーンの練習はこの合宿でもずっと取り組んでいた。
だが優理と星羅は弱小校出身であり、練習のための練習しかやってきておらず、試合のために練習があるのだという意識がなかったのだ。
そのため練習でしたことを実戦で応用するという考え自体がなく、本来できるはずのことをできないと思っていたのである。
修はそこを少しアドバイスしただけだ。
「二人とも、前より確実に上手くなってるよ。だから自信持って。それで、これからは今みたいにもっと練習を応用していこう」
「はい!」
「はいっす!」
二人は元気よく戻っていった。
自分たちにもできるんだということを、少しでも感じてくれただろうか。
ウィンターカップで勝つためには今のスタメンを強化することが最重要だが、控えメンバーの出番は必ずある。
よってその底上げも決して軽く見てはならない。
(ん?)
ふと視線を感じてそちらを見てみると、汐莉がこちらを見ていた。
しかし修と目が合うとはじかれたように目を逸らす。
(……?)
修は汐莉の考えがわからず首を傾げた。
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