第136話

 とりあえず笹西一年の五人は、今日の練習には参加せず隣のコートで自主練習をすることになり、残りのメンバーはいつものように練習に入る。


 修はアップをしながら午後の練習について考えていた。

 五人抜けてしまったことでメンバーは修を除いて十人となってしまっている。

 フットワークやラントレは人数が少なくてもなんとかなる。


 しかし午後のメニューは人数が少ないと色々と支障が出てしまう。

 ギリギリ五対五ができるのが救いではあるが……。


 修は改めてメンバーの表情を窺う。

 五人も減ってしまったことにより、動揺からか全体的に雰囲気が暗くなっているように思えた。


(人数が減ったことそのものよりも、それによるモチベーションの低下の方が厄介かもな……)


 つらい練習でも大人数で互いに励まし盛り上げ合いながら行えば意外とつらさを感じなくなるものだ。

 だがただでさえそれほど人数がいたわけでもないのに、今は元の三分の二になってしまった。


 体感的には半分以上いなくなってしまったのではないかと感じるほどである。

 他の皆も同様に思っているのかもしれない。


「うちの一年が迷惑かけてるから、アタシと飛鳥が七人分盛り上げるねっ!!」

「いつもなら無茶言わないでくださいって言うところですが、今回はその通りですね……。気合い入れていきます!」


 空の言葉に普段は呆れ顔の飛鳥も、後輩の失態の責任を感じているのか、空に続いて元気な声を上げた。

 その姿を見て栄城のメンバーも少し頬が緩む。


 こういうときに空の溌剌とした元気さはとても力になる。

 モチベーターとしての能力は凪よりも優秀だ。


 これなら今日もなんとかなりそうだ。

 そう思って胸を撫で下ろした修だったが、それが希望的観測であるということはすぐにわかることになる。


 事件はインターバル走のときに起きた。

 四回目ということもあり、汐莉はペースメーカーの任を解かれ、各々が自分のペースで走っているため、初日と比べると全体的にスピードが上がっていた。


 最も速いペースなのはダントツで空、次いで凪、汐莉、少し開いて灯湖、菜々美、涼、飛鳥、修。

 さらに大きく開いて晶と星羅、そして最後尾に優理だ。


 後ろの方のグループは何度も先頭集団に追い抜かれて周回遅れになっている。

 それでもしっかりと、自分のペースではあるが最後まで走る頑張りを見せていた。


 そしてインターバル走の終了を告げるブザーが鳴る。


「お疲れっ様です……! 休憩、しましょう!」


 修の声を聞いて皆荒く息を吐きながら水分を求めてコート端へのろのろと歩いて行く。

 修はマネージャーの役割として、皆の状態を把握しようとメンバー一人ずつ視認していった。


 そして優理の姿を捉えた瞬間。

 突然優理がその場にへたりこんだ。


 以前凪が練習中に倒れてしまった光景がフラッシュバックし、修の背中から冷や汗が一気に滲み出す。


「伊藤さん!?」


 修は慌てて優理の元に駆け寄った。


「ウリちゃん!」


 その声に気づいた汐莉も同じように走ってきた。


「大丈夫伊藤さん!」


 肩に手を置いて顔を覗き込むと、優理はハッとしてから笑顔を作って両手を激しく振った。


「だ、大丈夫だよ! ちょっと脚がもつれちゃって……」

「本当に? 吐き気とか、視界がぼんやりするとかは?」

「頭が痛いとか、吐き気とかは!?」


 修と汐莉が矢継ぎ早に質問を投げかけるが、優理は首をぶんぶんと横に振った。


「全然ないよ~! ごめんね、大丈夫だから!」


 そう答える優理の様子は、本人が言うように熱中症の類いではなさそうだ。

 倒れるときも変な倒れ方ではなく、膝が抜けて座り込むような感じだったので、嘘をついているとも思えない。

 修は安心してはぁ~っと深く息を吐いた。


「大丈夫みたいです」


 二人に遅れて駆け寄ってきた両顧問や心配そうに見ていた他の部員にそう告げると、皆も安心したような表情を見せた。


「もう、心配したよ。ほら、立てる?」


 汐莉が優しく微笑みながら優理に手を差し伸べた。

 優理は後ろめたそうに笑いながらその手をとり、ゆっくりと立ち上がろうとした。


「あ、あれっ?」


 確かに立ち上がろうとしたのだと思う。

 修にもそういう風に見えた。

 しかし優理の下半身はぴくりとも動かない。


「大丈夫? 引っ張るよ。せーの……」


 汐莉が今度は強めに引っ張ったおかげで、優理の腰は先程よりは高く浮き上がった。

 しかしやはり立ち上がることはできず、汐莉に寄りかかるようにしてまた膝をついてしまった。


「あっ、あれ? おかしいなぁ……」

「ウリちゃん、ほんとに大丈夫?」

「う、うん! 大丈夫だよ! だ、だい、じょう……」


 そこまで言ったところで優理は突然言葉を切り、弾かれたように汐莉から手を離し、俯いて顔を覆った。


「ど、どうしたの!?」


 驚いた汐莉は膝をついて声をかけた。

 だが優理は答えない。

 そればかりか、優理は肩を震わせており、顔を覆った両手の隙間から嗚咽が漏れ出てきていた。


「!?」

「ウリちゃん……!? どうしたの!?」


 汐莉が必死に声をかけても、優理は泣き続けるだけだった。

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