第137話-1
優理が泣き出してしまった理由がわからないまま、一同は練習を再開していた。
今は川畑が俯く優理の隣に座って言葉をかけてくれていたが、一向に口を開こうとしない優理にお手上げ状態だった。
怪我をしたのか、体調が悪いのか、という問いかけに対しては首を横に振っていたので、とりあえず緊急事態ではないようなのだが。
修も部員の皆も優理の突然の涙に困惑していたが、どうにか練習を続けている。
とはいえ笹西一年生についで優理も離脱してしまい、皆の精神状態はベストから程遠いものとなっていた。
内容も雰囲気も良い感じに上向きになっていた合宿が、ここに来て一転してしまったことに修も動揺を隠せないでいた。
数十秒に一度は優理のことが気になって、そちらに視線を向けてしまう。
(ってダメだ! こんなときこそ俺が集中しないと!)
修は雑念を払うように頭を乱暴に振ってから、スリーメンを行う部員たちの様子を凝視した。
笛を吹いてプレーを止めると早速指導を行う。
「ボールを受けた後とパスを出した後はすぐに進行方向に顔を向けてください。山なりのパスは厳禁ですよ!」
部員たちが返事をして、再びスリーメンを始めようとしたとき、ふと視界にアリーナを出て行く優理の後ろ姿が入った。
驚いて川畑を見ると、彼も心配そうな顔で優理が出て行くのを見つめている。
「せ、先生、伊藤さんはどうしたんですか?」
「ああ、外で頭を冷やしてくると言ってね……」
一瞬帰ってしまったのかと思ってしまったが、違ったようで少し安心した。
しかし一人にするのは心配だ。それに何か嫌な予感もする。
「先生、私伊藤のところに行ってきます」
修と川畑のやりとりを聴いていた凪が言った。
「凪先輩! それなら私も行きます!」
すぐさま不安げな表情で汐莉が手を上げた。
親友の優理の異変に居ても立ってもいられないのだろう。
しかし今にも泣き出してしまいそうな汐莉に行かせるのは却って心配だ。
それにキャプテンとして役割の多い凪も、今練習から外れるとかなりの痛手である。
さらにこの上二人もメンバーが減ってしまえばそれこそ練習どころではなくなってしまうだろう。
だが優理を一人にしておくのは大変なことに繋がるような気がする。
それならば。
「そうですね……。じゃあ二人に行ってもらって……」
「待ってください」
川畑の言葉を修が遮る。
「俺が行きます」
凪に後のことを託して修は体育館の外に出た。
凪には「大丈夫なの?」と問われたが、できるだけ虚勢を張って頷いておいた。
正直に言えば何か自信があるわけではない。
しかしあの状況では自分が行くのが一番良いと思ったし、理由はわからないが自分が行かなければならないという気もしていた。
幸いにも優理の姿はすぐに見つかった。
中庭の奥、隅の方で校舎にもたれて膝を抱えていた。
「伊藤さん」
ゆっくり近づいて声をかけると、ビクッと顔を上げてこちらを見た。
普段の可愛らしいほわほわとした表情はどこへ行ってしまったのか、とても痛々しさを感じる顔だった。
涙は止まっているようだが目は充血し、瞼は腫れて口元も歪んでいる。
優理は修の姿を捉えると目を見張り、すぐにまた俯いてしまった。
「隣、いい?」
優理からの返事はない。
修は仕方なく勝手に優理の隣に座り込んだ。
「一体どうしたの?」
単刀直入に尋ねてみた。
先程は泣いていて何も答えられない状態だったが、今なら少し落ち着いているので答えてくれることを期待した。
しかしやはり優理は黙りこんだままだ。
「皆心配してるよ。宮井さんなんて自分が泣き出しそうなくらいだった」
――ウリちゃんをお願い。
コートを離れるとき、汐莉は修に小さな声で呟いた。
本当は自分が行きたかっただろうのに、親友のことを修に託してくれた。
優理は汐莉の名前を聞いた途端、肩を震わせ、両腕をさらにきつくしめて小さくなってしまった。
「何か悩んでることがあるなら相談して欲しい。力になれることがあるかもしれないし」
優理は答えなかった。
(参ったな……)
これでは八方塞がりだ。
何か良い言葉がないか探すが、どうしていいかわからずにただ隣に座ったまま時が流れていく。
優理がどういう理由でこんな状態になってしまったのか見当がつかない以上、どういう言葉がきっかけになるのかも推理できない。
しかしそこでふと、凪の退部を撤回してもらうために家に説得に行ったときのことを思い出した。
そのときも、何か上手い言葉はないかと考えていたが、結局凪の心を動かしたのは打算のない、飾りのない、修の本心から自然に出る言葉だった。
(伊藤さんを励ましたいとか、泣き出した理由を聞きたいとか、そういう風に思ってるんじゃダメなんだ……)
今、純粋に修が優理に伝えたい言葉。
「……俺、伊藤さんのことが心配なんだ。俺ができることならなんでもしたい。コーチとしてじゃなくて、チームメイトとして。……友達として」
修は優理の側頭部をじっと見つめて反応を待った。
この時間がどれだけ続こうと優理が動くまで待ってやる。
そう思ったとき。
「優しいね。永瀬くんは」
優理はゆっくりと顔を上げてこちらを見た。
その顔は悲しそうに微笑んでいる。
とりあえずこちらと会話をしてくれる気になったようだ。
修はできるだけ慎重に、優理に問いを投げかける。
「……どうして、泣いちゃったの……?」
優理はまた俯いてしまった。
しかし先程までのように膝に顔を埋めるようなことはせず、横顔はこちらからも確認できる。
「気づいちゃったんだ。自分のダメさに」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます