第134話

「ではラントレの締めにインターバル走をやります」

「「「インターバル走?」」」


 何人かの部員がぽかんとする。


「やり方は簡単です。コートの外周を10分間走り続けるだけです。ペースはそんなに速くなくて大丈夫です」


 修の言葉に晶や優理などの体力に自信がない部員がほっとした表情を見せた。

 しかしこのメニューはそんなに甘くはない。


「ただし、一分毎にブザーが鳴ります。そのときは一周、全力でダッシュしてください」


 晶と優理が「マジか……」というような表情で肩を落とした。


「成る程、高負荷の運動と低負荷の運動を交互に行うことで、より実戦的な体力を養うわけか」

「さすが渕上先輩。その通りです」

「???? どういうことっ?」


 空が頭上いっぱいにクエスチョンマークを飛ばす。

 彼女以外にもいまいち理解できていない部員が何人かいるようなので、修はより丁寧に説明をすることにした。


「バスケは一試合でかなりの距離を走りますけど、マラソンなんかとは条件かまったく異なります。バスケは静止、ランニング、ダッシュなど色んな強度の運動を激しくランダムに行いますよね。だからただ長い距離を走ることで鍛えられる持久力というのは、あまりバスケには適してないんです」


 もちろん基礎的な持久力を鍛えるという点で長距離ランニングにも意味はある。

 要は灯湖の言った通り、より実戦的な持久力を鍛えるのが狙いだ。


「だいたいでいいので足の速い人から順番に並んでください」

「へへっ、じゃあアタシがいちばーん!」


 空がうきうきスキップをしながら先頭に立ち、両手を腰に当ててふんぞり反った。

 その後ろに他の部員もぞろぞろと並んでいく。


「あ、すみません二木さん。足の速さナンバーワンは二木さんで異論はないんですけど、先頭だけ別の人にお願いしようと思います」

「えーっそうなのっ? 誰だれ?」


 空が少し残念そうに言う。

 修はその"別の人"に視線を向けると、少し緊張気味に言った。


「宮井さん、お願いしていい?」

「えっ、わ、私?」


 汐莉は目を見開き人差し指で自分を指した。


「宮井さん、元陸上部だよね。ランニング時のペースメーカーをやってもらえないかな」

「それは、うん。できるよ」

「良かった。ダッシュの後のランニングって、自然にペース上がってきちゃうことがよくあるから、コントロールお願い」

「うん、わかった」


 ぎこちないながらも汐莉と会話ができたことに、修はとりあえずほっとした。

 いつものように朗らかに微笑んでくれないことには胸が重くなったが、仕方がないと割り切ってなんとか平静を装う。


「どのくらいのペースでいけばいい?」

「今日は初回だし、アップのときのランニングくらいのペースでいいよ」

「OK」


 そう言って汐莉は列の先頭に立った。


「ダッシュのとき危ないので前後の間隔は広くとってください。……そう、そのくらいで。重ねて言いますが、ダッシュは全力でやらないと意味がないので、力を抜かないように。じゃあ行きますよ!」


 修がタイマーをスタートすると同時にブザーがなり、部員たちも一斉に走り出した。

 修もその最後尾について一緒に走る。

 そしてそろそろ最初の一分が経過しようとしていた。


「次のブザーで一周ダッシュです!」


 一分経過のブザーが鳴り響く。

 その瞬間、全員がダッシュを開始する。


 バスケットコートの外周は約80メートルだ。

 女子ならダッシュでだいたい15~18秒程かかる。

 そして残りの40秒ちょっとをランニングで流し、またダッシュという運動を交互に繰り返していく。


 はじめの五分は全員難なくこなしていた。

 しかし半分を越えたあたりから表情に余裕がなくなってくる部員がぽつぽつ出てきた。

 栄城からは晶と優理が、笹西からは有紀が、少し皆よりもペースに遅れが出ている。


 この三人は部員の中でも特に体力のないメンバーだ。

 しかもこのメニューの前にフットワークやダッシュを一時間近く行ってきたというのもあって、かなり下半身と心肺機能にキているようだ。


 七分を告げるブザーが鳴り、全員がダッシュする。

 先頭グループはまだ余裕がありそうだが、中間グループも徐々に疲れが見えてきた。


「キツくても下を向かないでください! 顔を上げて、前を見て走って! 後三分なので頑張りましょう!」


 修の鼓舞を聞いて俯いていた部員たちが顔を上げた。

 それを見て修は安心した。声が届いていて、指摘された部分を修正できるということは、まだまだ余力は残っているということだ。


(本当に余裕がないといは周りの声も聞こえないからなぁ)


 正直なところ修もかなり疲労している。

 ランニングや筋トレを重ねてかなり体力は戻ってきたが、全盛期のそれにはまだまだ及ばないし、今日は久しぶりにフットワーク等のメニューも消化しているからだ。


 しかし修は疲れを感じるよりももっと別の感情を強く感じていた。

 それは皆と一緒に走れている喜びだ。


 自分はまだ選手ではないし、部員たちは女子ばかり。

 しかしそれでも修は皆と練習をしているというその感覚がとても楽しかった。


「さぁ、残り一分です……! 最後、ダッシュして終わりますよ!」


 キツいのに自然と声が弾む。

 部員たちも修の声で表情を引き締め、最後のダッシュに向けて足を動かす。


 そして最後のブザーが鳴った。

 全員最後の力を振り絞って全力で走る。

 先頭の汐莉や空たちが次々にゴールし、遅れながらも後尾にいた晶たちも走り切った。


「お疲れ、様です……! 休憩しましょう!」


 修が息を切らしながら告げると、皆我先にと水分の元へ向かった。

 その場に座り込んで息を整えている者も何人かいる。


「皆ナイスランです! 有紀ちゃんも愛美奈ちゃんも最後までよく頑張ったわね!」


 笹西顧問の真耶がねぎらいの言葉をかけるが、二人は固い笑みを浮かべることしかできていなかった。


「どうしたのみんなっ! 元気ないよっ」

「いやいや、空さんが元気過ぎるんですよ……」

「ホント、お化けですね空さん……」


 10分間走りきってもニコニコ元気な空に、飛鳥はげんなりし、めぐみは苦笑いを浮かべた。

 栄城のメンバーは晶と優理はへろへろで、星羅が肩で息をしていたが、それ以外は疲れは見えるもののどこかまだ余裕がありそうな様子だ。


 日頃練習でそれなりに走っている成果だろうか。

 とにかく初回で全員疲労困憊とならなくて良かったと、修は胸を撫で下ろした。


「永瀬、膝は大丈夫?」


 そんな修に凪が近づいてきて声をかけてきた。


「全然大丈夫です。今凪先輩に言われるまで、自分が怪我してたのを忘れてたくらいですよ。ありがとうございます、心配してくれて」


 実際自分でも驚く程痛みはもちろん違和感の一つもない。

 これも杉浦との筋トレのおかげなのだろうか。


「そう……。あんまり無理しちゃ駄目よ。違和感があったらすぐに言いなさい」

「はい。ありがとうございます」


 心配そうな凪に微笑むと、彼女も安心してくれたのか微笑み返した。

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