第133話
翌朝、食堂に集まって全員で朝食をとる。
「いただきます」
「「「いただきます!」」」
凪の号令に続いて栄城、笹西両校の部員が元気良く声を揃えた。
テーブルには栄養バランスの整った温かい食事が並べられている。
これらを作ったのは普段学食を運営している老夫婦だ。
本来なら夏休み等の長期休暇中は学食は閉まっているのだが、川畑が手配して特別に合宿中の三食すべてを用意してくれることとなっているらしい。
「うっまーい! おばちゃん、このお味噌汁最高ですっ」
「あらあら、ありがとう。おかわりもあるからゆっくり食べてね?」
空がキラキラした表情で言うと、食堂のおばちゃんも嬉しそうににこにこ笑った。
「ちょ、空さん、朝っぱらから大きな声出さないでくださいよ」
飛鳥がげんなりとした顔で苦情を言うが、空はお構いなしのハイテンションだ。
「でも飛鳥っ、これ美味しいよっ! わぁ、見てっ。ナスが入ってるよっ」
「わっ、わかりましたから落ち着いて……」
「あっそっか! 飛鳥はナス嫌いなんだっけ! ほら、こっそりこっちに入れなよっ。食べてあげるっ」
「こっそりの意味知ってますか!?」
空と飛鳥のコミカルなやりとりに一同は爆笑した。
飛鳥は顔を真っ赤にして俯くが、空は「とってあげるねっ」と飛鳥のお椀からナスを手早く移しかえていた。
「あの二人、学年が違うのにすっごく仲がいいっすね」
「うふふ。二人はいつもあんな感じなの。学校でもよく二人でいるところを見かけるわねぇ」
ほっこりとした表情で言う星羅に愛美奈がにっこりと答えた。
「仲の良さが
「そうそう。あの二人は笹西の核なんだよ。かっく良い~! 色んな意味でね」
陽子とめぐみの言葉に蘭は誇らしげに、有紀は嬉しそうにうんうんと頷いた。
「栄城も灯湖先輩と晶先輩のペアとか、菜々美先輩と涼先輩のペアはいつも一緒だけど、学年違いでそれは珍しいよねぇ~」
「確かに」
人差し指を顎に当てながら言う優理に修も同意する。
「まぁ、
「特殊?」
「一度廃部になってた部を空さんが復活させたんだ」
「えっ」
陽子の言葉に修は思わず声を上げてしまった。
「空さんが二年に上がる前に他の同級生は全員辞めちゃったんだって。一つ上の先輩は元々いなくて、人数が少な過ぎてまともに練習ができないからって。でも空さんは辞めなかった。それで新入生で入ってきた飛鳥さんに声をかけて、二人で同好会を立ち上げたんだ。今でこそ体育館を半面使ってるけど、その時は限られた場所で、二人っきりで練習してたんだって」
二人のことを話す陽子の様子から、二人への尊敬が滲み出ていた。
そして修も同様に、制限された環境の中バスケを続けてきた二人のことをすごいと思った。
「そしてワタシたちも二人に誘われて入部し、笹岡西高校バスケ同好会は晴れて部にショーカクしたのだ!」
蘭がふんすと鼻を鳴らしながら言った。
「私らほんとはバスケ部入るつもりなかったんだけどさ、熱心に勧誘されちゃってね~。Can you join us? ってね」
「それ意味合ってる?」
「わかんね!」
恐らく勧誘とcan you をかけたのだろう。
めぐみのダジャレはさておき、笹西一年生たちの様子を見ると、二人の先輩へ大きな信頼と敬意を抱いているようだ。
やはり良いチームだと、修は改めて思った。
笹西は決して強いチームではないが、個々のモチベーションは高く団結力も強い。
現状チーム力よりも個人能力の高さに頼っている部分が大きい栄城にとって、違った角度から刺激を与えてくれる良きパートナーと言えるだろう。
「そうだ、勧誘といえばこの前蘭がさぁ~」
「めっ、めぐみ! オマエ、その話は!」
話が蘭の面白ハプニングに移ったところで、修はちらりと汐莉の様子を窺った。
楽しそうに笑いながら皆の話を聴いており、普段と変わらないように見える。
しかし昨日に引き続き修と汐莉は互いに一言も交わしていなかった。
例外と言えば、夜の自主練習のときにかけられたあの言葉。
――私、もう永瀬くんだけには頼らない。
あからさまな拒絶の言葉だった。
だが、上手くコーチングできないだけならまだしも、それでも頼ってくれた汐莉に八つ当たりまでしてしまったという事実を踏まえれば、彼女がそのような態度をとるのは当然だ。
言われた瞬間はとてもショックが大きかったが、直前に凪に相談していたおかげですぐにある程度は立ち直ることができた。
大事なのはこれからだ。
残り四日間の合宿で自分のやれることを精一杯やる。
そしてこの合宿を、栄城、笹西両校にとって実りのあるものにする。
その過程と結果をもって、汐莉からの信頼を取り戻す。
修は自分の決意を再確認した。
「昨日は初日ということもあって軽く流す程度にしましたが、今日からはかなりハードな練習になります。特に午前はフットワークとラントレ、基礎練習と地味でしんどいものになりますが、しっかりついてきてください。ではアップを始めてください」
修の話を聴き終えた一同はすぐにランニングに移った。
この合宿では基本的に栄城が組んだスケジュールに沿って練習が行われる。
メニューは修、凪、灯湖と川畑の四人で決めた。
結果、四人が少し不安になる程度には厳しい練習になってしまった。
しかし全国を目指すならこれくらいできなければ話にならないということで、笹西には悪いがそれを決定案にした。
「あれ? どしたの永瀬くん」
走りながらめぐみがきょとんとした顔で修に言った。
それもそのはず、修はランニングする部員の後ろに続いて自分も一緒に走っていたからだ。
「あぁ、言い忘れてたけど、午前の練習は俺も参加するよ」
その言葉に部員たちが一斉に振り返って修に驚きの眼差しを向けた。
「永瀬くん、膝は大丈夫なのぉ?」
「うん。激しいターンとか、膝に負荷がかかり過ぎるのは控えるけど、ある程度なら大丈夫だよ」
もちろん前もって市ノ瀬医師には相談しており、許可も下りている。
「へぇ、コーチもやる気だねぇ」
「はは、まぁね」
修が練習に参加する理由は二つあった。
一つは単純に自分のためだ。
身体接触のある対人練習はまだ危険だが、そうでない練習が解禁になった今、部員の練習をただ見ているだけなのは時間がもったいない。
自主トレで体力や筋力も付いてきたし、皆の練習の邪魔になることはないだろう。
もう一つは他の部員のモチベーションを高めるためだ。
コーチがきつい練習を指示するだけで、自分は突っ立って見ているという状況は反感を買いやすい。
だがコーチも自らその練習に参加すれば、その後の指示にも耳を傾けてくれやすくなるだろうという算段だ。
現状、チームの自分への信頼度は下がっていると修は思っている。
ならばどんな形でも頑張っている姿を見せて、信頼を取り戻さなくてはならない。
栄城にも笹西にもそこまであからさまな態度をとる人間はいないと思うが、少しでも「コーチも頑張ってるんだから」という気持ちになってくれれば御の字である。
ランニングとストレッチが終わり、次はフットワークだ。
「普段のメニューより種類を増やしているので、まず俺が先頭で簡単に説明してからスタートします」
修の指示に従い、ステップやジャンプ、特殊な動きで足腰のあらゆる部分に負荷をかけながらメニューを消化していく。
フットワークは地味な上にきついという性質のせいで、楽しくない練習の代名詞になっている。
実際段々と部員たちの表情は明らかに暗くなっている。
しかし修はそれを見逃さなかった。
「皆、声出てないですよ! 苦しい時こそ楽しんでいきましょう!」
「そうよ! しっかり声出して行きましょう! こういうときの声出しが試合で活きてくるんだから!」
「ウチも負けてらんないよっ! ほら飛鳥、めぐみ! 笑顔笑顔っ!」
修の激励に呼応するように凪と空、二人のキャプテンがチームを鼓舞した。
その言葉に部員たちも奮起し、先程までの雰囲気が一変する。
「良い声出てます! これを継続しましょう! 暗くなったら次からペナルティですからね!」
修の体感だが、明るい雰囲気の中の練習とそうでないのとでは効果にかなりの差がある。
高い効果を得るためには多少無理やりにでもテンションを上げて行う方がいいのだ。
修が声をかけた効果もあってか、その後は皆ヘロヘロになりながらもしっかり声を出しながら練習を行うことができた。
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