第131話

 凪に遅れること数分、修がアリーナに入ると既に数名、と言うより栄城、笹西両校の全部員が自主練習を行っていた。


(自主練は強制じゃないのに……皆すごいやる気だな)


 各々シュート練習をしたり、同じポジションで集まって教え合ったりしているようだが、中でも特に白熱しているグループがあるのに気づく。

 集まっているメンバーは汐莉、凪、灯湖、菜々美と空、陽子の六人だ。


(なんだ……?)


 修はそのグループに近づき、手の空いていそうだった灯湖に話しかけた。


「お疲れ様です。一体何をしてるんですか?」

「やぁ、永瀬くんか。見ての通りひたすら一対一をしているところだよ」


 そう答える灯湖は既に汗だくで少し呼吸も荒い。


「突然汐莉が私に声をかけてきてね。一対一で勝てるようになりたいから教えてほしいと頭を下げられた」

「宮井さんが?」

「あぁ。本気で相手をしてほしいと言われた。まだ早いとも思ったが、やけに真剣な目をしていたからね。望み通り手を抜かずにやってあげていたんだが、それを見た空が『面白そうだからアタシもやる』と言い出して、おまけに菜々美と陽子も『私もお願いします』ときたものだ。凪が来てくれて助かったよ。二人で三人の相手は意外ときつい」


 灯湖はやれやれといった様子で肩をすくめた。

 状況を理解した修は改めて一対一をする汐莉と凪に視線を向けた。


「ドリブルのときボールが体から離れすぎよ! それじゃとって下さいって言ってるようなものだわ!」

「はい! すみません! もう一度お願いします!」


 凪のディフェンスを相手に汐莉は必死に攻めようとするが、なかなかゴールに近づけず、一瞬の隙を突かれてボールを奪われてしまう。


「さすがっ! 凪はディフェンスすっごく上手いねっ! よぉし、それじゃ次はアタシが相手だよっ!」

「はい!」


 ローテーションで汐莉がディフェンスに入り、空がオフェンスに入る。

 しかし空はあっという間に汐莉を抜き去りレイアップを決めた。


 悔しそうな表情でコートから出る汐莉を凪が呼び止める。

 凪が何かをアドバイスしているのだろう。汐莉は真剣な顔で頷きながら凪の話に耳を傾けていた。


「どうしても負けたくない相手ができたらしい」

「え?」

「汐莉がそう言っていた。以前その子に手も足も出なくて、とても悔しかったと」


 灯湖が話す「その子」に修は心当たりがあった。


(それってもしかして凛ちゃん……?)


 汐莉は名瀬高の試合を観戦したときから凛に注目していた。

 そこへ先日実際に相対あいたいしたことでライバル意識が芽生えたのだろうか。


 しかし今の汐莉の実力では、凛をライバルとして設定するには実力が離れすぎているようにも思える。


「越えたいと思う存在が、時として人を大幅に成長させる要因になることもある。私は良いことだと思うよ」


 灯湖の言葉がまるで修の心中を見抜いての発言のようで、修はドキッとした。


「灯湖っ! いつまで休んでるのっ。うちの陽子の相手したげてっ!」

「あぁ、今行くよ」


 空に呼ばれた灯湖が駆け足で修の隣から離れていき、すぐに陽子の相手を始めた。


(ライバル、か……。確かにいいことだな)


 修は現役時代、あまり個人をライバル視して執着することはなかった。

 だが先程凪が中庭で若月玲奈の名前を挙げたように、勝ちたいと思う明確な相手がいることはモチベーションにも繋がる。


(それにもし冬までに宮井さんが大化けして、凛ちゃんとやり合える程になれば、名瀬高に勝てる可能性が高まる)


 少々高望みかもしれないが、汐莉なら非現実的であるとも思えない。

 そんなことを考えながらなんとなく汐莉の方を見ていると


「!」


 ふと視線を上げた汐莉と目が合ってしまった。

 修は慌てて視線を逸らす。


(って、何目ぇ逸らしてんだ、俺。宮井さんに謝らなくちゃいけないのに)


 自信がなくなってしまったことに関する悩みは解消されたが、汐莉との間にあったことはまだ何も解決していない。


(できるだけ早めに行動したほうがいい。今、言うか?)


 そう思ったとき。


「永瀬くん」


 突然目の前で声がしたので驚いてそちらを見る。

 そこには真剣な表情の汐莉が立っていた。


「なっ、何?」

「あのね……」


 まさか汐莉の方から話しかけてくるとは思っておらず、上擦った声が出てしまった。

 だが自分を避けていた汐莉が話しかけてきてくれたおかげで、こちらから謝れる機会ができた。

 ちょうど良いから今謝ろう、修はそう考えていた。しかし


「私、もう永瀬くんだけには頼らない」


 汐莉は俯いたまま、それでいて決意のこもった目ではっきりとそう告げた。

 その瞬間、金槌で頭を思い切り殴られたような感覚が走る。

 ハッと吸い込んだ息を、吐き方を忘れてしまったかのように肺に留めておくことしかできなかった。


「おーい、次汐莉だよ」

「あ、すみません!」


 立ち尽くす修を置いて、汐莉は一対一に戻ってしまった。

 修はショックで動くことすらままならなかった。

 ただ呆然として焦点も合わないまま虚空に視線を漂わせる。

 しかしやがて視界がはっきりしてきて、意識も明確になってきた。


(愛想尽かされて、当然だ)


 修は小さく笑みをこぼした。


(凪先輩に相談に乗ってもらってなかったら、駄目になってたかもしれない)


 確かに汐莉からの一言は衝撃的で、修への精神的ダメージは大きかった。

 だが自分でも意外だったが、修はその言葉を仕方がないと余裕を持って受け入れることができた。

 凪のおかげで、修は自分がどうするべきなのか、その答えを持っていたからだ。


(信頼を失ったのなら、努力してまた勝ち取るしかない!)


 修は一対一に励む汐莉を見つめた。

 凪たち実力者を相手に、果敢に攻め、必死に守る。

 その姿を見るだけで、一生懸命な想いがひしひしと伝わってくる。


(決めた。俺はこの合宿五日間で、宮井さんからの信頼を取り戻す)


 もう自信がないなどとうだうだしていられない。

 合宿後には交流大会が、そして一ヶ月半もすれば総体の県予選が始まるのだ。


 汐莉に応えるには汐莉以上に懸命な姿を見せるしかない。

 修の目に決意の炎が灯る。


「永瀬くん、今いい?」


 そんな修にいつの間にか近づいてきていた優理が声をかけてきた。


「うん。どうかした?」

「永瀬くん、ガードだったんだよね? 私たちに色々教えてもらえないかなぁ」


 優理の後ろに視線を向けると、少し離れたところで星羅とめぐみが手を振っており、傍らに有紀がおどおどと肩をすくめていた。


 修は一瞬だけ汐莉の方に視線を戻す。

 灯湖が身振りを交えながら汐莉に何かを教えている。

 汐莉は灯湖たちに任せれば大丈夫だ。

 そう判断した修はすぐに優理に向き直った。


「いいよ。行こう」

「わぁ、ありがとぉ」


 ふわふわ笑う優理に付いてガード陣がいる方へ歩き出す。

 そんな修の後ろ姿を、汐莉が様子を窺うように横目で見ていたことに、修は気づいていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る