第125話
「あれ? 修」
部活が終わり、更衣室に向かう途中のトイレの前で、友人の平田とばったり出くわした。
「おぉ。これから部活?」
「いや、今終わったとこ。このクソ暑いのに昼から外で部活やってんのは野球部くらいだって。そうだ、修、この後暇か?」
「ん、まぁ空いてるけど」
修が答えると平田はニカッと笑った。
「んじゃ買い物付き合ってくれ!」
最寄り駅から電車に乗り、二人は繁華街に向かう。
「良かったのか? みんなと別れて」
「ん~?」
平田はトイレに行く直前まで部活の仲間と一緒にいたようだった。
そのグループで昼食をどこかでとろうという話になっていたようなのだが、平田はそれを断ってきたらしい。
「別に大丈夫だって。あいつらとはしょっちゅう飯行ってるし。それに、修とは夏休み中にまた遊ぼうぜって言ってたのに、全然行けてなかったからな。ちょうどいいと思って」
「ならいいけど」
以前平田に誘われたのは花火大会のときだったな、と考えていると、同時に花火大会当日のことを思い出してしまった。
花火大会で汐莉がサッカー部の寺島と一緒にいたことだ。
夏休み前に汐莉に告白すると修に宣言した寺島は、そのあと実際に告白をしたのか。
そしてもししたのなら、答えはどうだったのか。
遠回しに汐莉に尋ねてみたことがあったが、そのときははぐらかされてしまった。
そのあとは自分のトレーニングがハードになってきたことや、灯湖と晶の件もあってそれどころではなくなってしまっていたため、頭の隅に追いやられていたわけだが、一度考え出すととたんにそのことが頭を支配する。
あれ以降汐莉から誰かと付き合っているような雰囲気は感じたことがない。
恋愛に疎い修がわかっていないだけならまだしも、そういったことに興味津々な優理からも、汐莉のそんな話を聴いたことはない。
(てことは、宮井さんと寺島の間には何もないって思えるけど……)
汐莉がそういうのを隠すのが上手いだけかもしれない。
本人から真相を聴かない以上、答えは出ないことだ。
そんなことを考えていると、電車が音をたてて停止した。
「ほら、着いたぞ。まずは飯食いに行こう。旨いラーメン屋知ってんだ!」
現実に引き戻された修は一旦考えるのを止め、自慢げに笑う平田の後ろを着いていった。
そのあとは平田に導かれて鶏白湯のラーメン屋に行ったり(これは本当に美味しかった)、スポーツショップや服屋、雑貨屋に行ったりして買い物を楽しんだ。
実は学校以外で平田とこんなにも長い時間を過ごしたのは初めてだったので、修にとってとても新鮮であり、何より明るくて会話の上手い平田との買い物は楽しかった。
二時間程街をぶらぶらしてから、カフェに入って一休みすることになった。
窓際の席について、平田はコーヒーを、修はカフェラテを一口飲んだ。もちろんどちらもアイスだ。
「ふぃ~、とりあえず目当てのものは全部手に入ったよ。満足満足」
平田が言葉通り満足そうな笑みをたたえて言った。
「そりゃ良かった。付き合った甲斐があったよ」
「そういや修は何も買わなかったな。欲しいものなかったのか?」
「え? うーん……」
正直新しいシューズやインナーシャツが欲しかった。
しかし現状修は幼少期から貯め続けていたお年玉貯金を切り崩して通院費などにあてているため、あまりお金を使うことはできなかった。
「特にはなかったかな」
お金がないと言えば、今後平田が誘い辛くなってしまうかもと思い、修は笑ってごまかす。
「そうか? めっちゃシューズ見てたじゃん」
「うっ」
できるだけ見ないようにしていたのだが、平田にはバレていたようだ。
平田は意外と人のことをよく見ている。
「まぁ……今月はちょっと厳しいかなって。別に急いで必要なものでもないし」
「そっか。シューズって高いもんなぁ。俺も今日の買い物で財布がすっからかんだ」
そう言って平田はつらそうに肩を落としたが、すぐに明るい表情に戻す。
「で、最近どーよ?」
「どーよって?」
「部活のこととか、色々あんだろ。近況報告会だよ」
「あぁ……けっこういい感じかな」
修は夏休みの間に起こったことを話した。
全国総体を見に行って、倒すべき敵の実力をはっきり目に焼き付けたこと。
バスケ部のコーチに正式に就任したこと。
先輩がやる気になってくれて、チームとしてまとまり出したこと。
「へぇ~! 色々あったんだな」
平田が感心したように言った。
「今月末には合宿もあるし、小さい大会にも出ることになってる。自分のトレーニングもあるし、忙しいよ。けど、毎日が充実してる」
すると平田が柔らかく目を細めた。
「そっか。よかったじゃん」
その表情を見て、修は少しむず痒くなった。
修がそんな充実した毎日を過ごせているのは、この優しく微笑む少年のおかげである部分も大いにある。
しかし、そんなことは恥ずかしくて言えなかった。
「しっかし女子部のコーチねぇ。大変じゃねーの?」
「うん、かなり慣れてきたよ。みんな優しいし、ちゃんと俺の言うことも聞いてくれるしな」
「へぇ~、羨ましいなぁ。サッカー部は野郎ばっかだし、女子マネは二人いるけど先輩と付き合ってるし、華がないんだよなぁ。女子バスケ部って全体的にけっこう顔が整ってるって言ってるヤツ多いし。あ、修、もしかして誰かのこと好きになっちゃったんじゃね? もしくは誰かが修のこと好きになったとか! そういう浮いた話ないの~?」
平田としては話の流れとして、単なる話題振りとして、何の気なしに言ったのだろう。
しかし今の修にとってその話題は図星であり、思わず焦りを顔全体に出してしまった。
自分でそのことに気づいたときにはもう遅かった、
平田が興味津々といった表情で身を乗り出す。
「え、マジ? どっち?」
平田にそう尋ねられたとき、初めはごまかして話題を変えようという考えが過った。
しかし恋愛初心者の修が一人で抱え込んでいても何も変わらない。
それならば、誰かに相談した方が良いのではないかと思えた。
「あのさ……市ノ瀬凪先輩ってわかる? バスケ部の」
修は意を決して平田に話すことにした。
すると平田がうんうんと頷きながら
「あぁ、あのちっちゃくてめっちゃ頭良い、可愛いと美人の中間くらいの人?」
と周知の事実を語るように言った。
「詳しいな!?」
「いや、学内でもけっこう有名人だぜ?」
「そ、そうなのか……」
知らなかったが、確かに才色兼備の凪が有名なのは当たり前と言えばそうだ。
「で、その市ノ瀬先輩がどうした?」
「うん……実はさ、ちょっと前に告られた……」
修が顔を赤くしながら言うと、平田は目を丸くして口笛を吹いた。
「マジかよ、やるなぁ。そんで、なんて答えたんだ?」
「何とも答えてない」
「は? どゆこと?」
「びっくりして、なんて答えたらいいのかわからなくて……。そしたら、凪先輩の方から、まだ答えはいらないって」
「あぁ、なるほど……」
平田は察したように腕を組んで背もたれにもたれかかった。
「でも、ずっとこのままなのは良くないってのはわかってるんだ。だけど、やっぱりどうしていいのかがわからないんだ」
「修は市ノ瀬先輩のことどう思ってるんだよ。好きなの?」
平田は遠慮なしにズバッと訊いてきた。
「そりゃ……好き、だよ。話してると楽しいし、バスケに対する姿勢や実力もすごくて、尊敬してる。……でも、それがどういう好きなのか、自分でもわからなくて……」
修が凪に感じている感情は、これまで自分の中に芽生えたことのないものだった。
しかし修は今まで本気で異性を好きになったことがない。
だから今この胸にある感情が恋であると断定することができない。
平田は腕を組んだまま視線を落とし、思案するように唸った。
「ちなみに宮井さんのことはどう思ってんだ?」
「は!? なんで今宮井さんの話になるんだよ!?」
予想外のことを訊かれて修は慌てた声を出す。
「ちゃんと関係あることだから。答えてくれよ。宮井さんのことは好きか?」
「……」
汐莉は修がまたバスケをやり直すきっかけを作ってくれた恩人だ。
もちろん好意をもって接しているのは間違いない。
「そりゃ好きだよ……。けど、これも凪先輩に対してのと同じだよ」
「どういう好きなのかわからない、と……」
「あぁ……」
気まずい沈黙が流れる。
ちらっと上目で平田の様子を窺うと、真剣な表情で俯いていた。
相談したことは恥ずかしかったが、ここまで本気で考えてくれていることはとても嬉しく、それだけで話した価値はあったなと修は思った。
「……ちなみに、寺島のこと覚えてるか? 夏休み前に宮井さんに告白するって言ってた」
急に寺島のことを口にする平田に、修はドキッとして肩を跳ねさせた。
どこかのタイミングで訊こうと思っていたことだったが、平田の方から振ってくれるとは。
「お、覚えてるけど」
「修には話してもいいって言ってたから言うけど、結局フラれたんだ。今はバスケのことしか考えられないからって」
「! そ、そうなんだ……」
「…………」
修はホッと胸を撫で下ろした。
(あれ? なんで俺、こんなにホッとしてるんだろ……)
自分の感情が理解できないことに困惑してしまう。
すがるように平田を見ると、彼も修をじっと見つめていた。
それはまるで修の反応を観察しているようだった。
「俺が思うに、まだ答えは急がない方がいいと思うぜ」
平田は結論が出たのか、微笑みながらわかったようなことを言った。
「先輩は答えを待ってくれるって言ったんだろ? そりゃ、女の子に待たせたままでいるのはちょっとカッコ悪いけど、修がちゃんと自分の感情を理解するまでは、無理やり答えを出すのは良くないと思う」
「でも……自分の感情をわかるようになるには……、好きとか恋とかって、どうすれば理解できるようになるんだ?」
「それは人によるんじゃね? 一般的には、その人のことが一日中頭から離れないとか、その人のことを考えると胸が締め付けられるみたいに痛むとかってなったらそれは恋だって言われるけど」
「なるほど……」
「俺の経験から言うと、恋の自覚は突然だったな。『あぁ、この子が好きだ』って突然思うんだ。確信めいてな」
「へぇ」
今平田が言ったようなことは、修にはまだ経験がなかった。
(てことは、これは恋じゃないってことなのかな……)
汐莉に対しては恩、凪に対しては尊敬といった思いが強くて、最近一緒にいることが多くなったのも相まって、それらが恋なのかもしれないと錯覚してしまったのかもしれない。
「うん、なんかわかった気がする」
修は少し安心して言った。
しかし平田は何故か苦笑いを浮かべている。
「いや、多分わかってないんじゃないかな」
「ううん、わかったよ。ありがとうな、相談に乗ってくれて。少し気が楽になった」
「あのな修……。いや、やっぱ今はいいや」
「?」
頬杖をつく平田は何故か少し残念そうだった。
「そういえば、寺島って告白したその日にフラれたんだよな? 花火大会で寺島が宮井さんといたところを見かけたんだけど、あれは何だったんだろう」
「あぁ、それはたまたま会ったんだとよ。ワンチャンあるんじゃないかって突撃したんだけど、やっぱりダメだって。あいつ根性あるよな」
(そういうことだったのか)
平田が感心したように寺島を褒めるが、それは諦めが悪いとも言えるなと修は思った。
すると平田が窓の外の何かに気づいたように目を見開く。
「あれ? 噂をすればあれ、宮井さんじゃね?」
その言葉を受けて修も平田の視線を追うと、向こう側の歩道を確かに汐莉が歩いているのが見えた。
しかも、隣には見覚えのない男が一緒にいる。
「誰だあれ?」
「さ、さぁ……」
高校生、いや、大学生くらいだろうか。
修たちよりも少し大人っぽい顔つきで、女子の中でも高めな身長の汐莉の隣にいても、差がかなりある程の長身。
ときに小突き合いながら、仲良さげに談笑している。
それを見た瞬間、修の胸にズキッとした痛みが走った。
(……?)
しかし修にはその痛みの原因がわからなかった。
そして歩き去っていく二人の背中をただ呆然と見つめることしかできなかった。
花火大会に誰と行っていたのかと汐莉に尋ねたとき、彼女は少し考えてから「内緒」と言った。
汐莉が隠したこと、それはもしかしたら……。
そのとき平田がボソッと呟く。
「ほら、やっぱわかってない」
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