4th game

第117話

「「「交流大会?」」」


 栄城の体育館に揃った声が響く。

 今は笹岡西高校との合同練習が終わり、締めのミーティングの時間だ。

 両校の生徒たちは床に体育座りし、顧問二人を見上げて話を聴いていた。


「そう。八月の最終の土日に行われる大会で、周辺の高校や社会人サークルが出場する大会です。高垣たかがき先生が教えてくれたんだけど、まだエントリー枠が残っているらしいから、出てみないかい?」


 そう言って川畑は隣にいた若い女性に合図を送り、それを受けた彼女が喋り始める。


「大会と言っても順位を決めるようなものじゃなくて、文字通りバスケを通じて交流を深めるという名目のものなんだけど、大人の方々も結構本気でやってくれるみたいだから、練習にすっごくいいんじゃないかしら……? ど、どうかな……?」


 こちらの反応をびくびく窺うこの気弱そうな先生は、笹岡西高校バスケ部の顧問、高垣 真耶まや。まだ教師になって数年らしい。

 いつもこんな感じだが、笹西の生徒からはなつかれており、彼女達からは親しみを込めて真耶ちゃんと呼ばれている。

 その度に注意をしているが、本当に止めさせようとは思っていないことは、修たちにもその嬉しそうな表情から伝わってきていた。


「いいねそれっ! すっごく楽しそうっ」


 笹西唯一の三年生、キャプテンの二木 空が目を輝かせて言った。

 ハードな練習を終えた後にも拘わらず、相変わらずのテンションの高さだ。


「そうですね。良いと思います」

「賛成でーす」


 二年で副キャプテンの広沢 飛鳥と一年生たちのリーダー的存在である岡 めぐみが同意すると、他の一年生たちも次々に頷いた。


「私たちも、別段断る理由もない。参加ということでいいかい?」


 灯湖の呼び掛けに修たち栄城バスケ部員も頷く。

 強くなるためには試合経験は少しでも多い方がいいし、色々なチーム、しかも大人とやれるなんて滅多にない機会だ。

 灯湖の言うとおり断る理由がない。


「わかった。じゃあ早速エントリーしておこう。そして、イベントの告知はもう一つある」


 川畑が勿体つけるように部員たちを見回した。

 そんな川畑とは裏腹に、皆クールな表情で言葉を待っていたが、汐莉と空だけはわくわくした顔になっていた。


「なんと! 栄城と笹西で合同合宿を開催します!」


 おお!と、汐莉と空が同時に声を上げた。

 他の部員もかなり興味を惹かれているようで、少し前のめりになっている。


「期間は大会に合わせてその前日五日間で行います。必要なものや細かいスケジュールは後日通達するので、とりあえずはこの紙に親御さんの署名をもらってきてください」


 川畑と真耶がそれぞれの生徒にプリントを配っていく。

 両顧問の連名のもとに、保護者への挨拶や合宿の説明などが書いてあった。


「今日はこれで解散です。皆さん、今週中に署名をもらって提出してくださいね」


 全員立ち上がり、今日の練習の主催側である栄城のキャプテン、灯湖が最後の号令で締め、解散となった。


「合宿かぁ~……くぅ~、楽しそうっ! 絶対楽しいよっ、ねぇ飛鳥っ」

「はいはい空さん、ちょっと落ち着きましょうね~」

「合宿なんて初めてだよぉ。なんか、ちょっとドキドキするねぇ」

「泊まるとことかどうするんすかね?」


 皆口々に合宿について楽しそうに語り合う。

 全体的に楽しみだという雰囲気が漂っているが、修はいまいちその空気に浸れなかった。


「みんなのんきなものね」


 ふと見ると、隣に凪が立っていた。わいわい騒いでいる部員たちを呆れたような目で見ている。

 凪は中学時代強豪校にいたはずなので、もしかしたら修と同じ心境なのかもしれない。


「凪先輩、合宿の経験があるんですか?」

「えぇ。中学の時は毎年やってたわ。楽しくなかったわけじゃないけど、毎回終わる頃にはへろへろだったって思い出の方が強いわね……」

「やっぱり。俺もです。俺、かなりバスケ好きだと思ってましたけど、合宿後半になると、いつ終わるんだ? ってずっと思いながら練習してました」


 そう言うと凪はふふっと笑った。


「あんたがそんな風になるなんて、よっぽどスパルタだったのね」

「めちゃくちゃスパルタでしたよ。でも、振り返ってみると、やっぱり楽しかったですね……。強くなったって実感もありましたし、何よりチームメイトとの絆が深まっていったというか」


 練習だけでなく、食事や睡眠などを共に過ごすことで、お互いのことをよく知る機会になる。

 そういう時間が試合でも、ふとした瞬間に連携に繋がったりするのだ。


「そうね。特に栄城うちはつい最近ようやくまとまり出したばかりだし、ちょうどいい機会になるわ。それに、さすがに脱落者が出るようなスケジュールにはしないでしょうし」

「そうですね」


 この暑い中、練習漬けの五日間になるだろうが、脱落者が出てしまえば本末転倒だ。

 そのあたり川畑もきちんと理解しているだろう。


(そういえば川畑先生、あれ以来かなりやる気が入ってるな……)


 以前自分の事情でバスケ部をまとめることができなかったと川畑から謝罪を受けた。

 修はそれを受け入れて、偉そうながら励ました。

 それから川畑は以前よりも部員に対してコミュニケーションをとろうと努力しているように見える。

 部員たちも川畑先生の雰囲気変わったとか、絡みやすくなったとか言っていた。


(大会に出るとか、合宿をするとか、本当に俺たちのことを考えてくれてる。感謝しないとな)


 そんな風に思っていると、今度は灯湖が近くにやってきた。

 先日まで長い黒髪をポニーテールにしていたが、今はショートになっている。

 前よりもさらに大人っぽく見える、その見慣れない姿に、修は少しドキッとした。


「大事なお話中かな?」


 灯湖は凪に話しかける。


「いいえ。何か用?」

「凪、一対一の相手になってもらえないかい?」

「一対一? 別に構わないけど」

「ありがとう。よろしく頼むよ」


 凪は「それじゃね」と挨拶を残し、灯湖についてコートに行ってしまった。


(渕上先輩と凪先輩の一対一か……気になるな……)


 二人が栄城で実力のトップ2であることは間違いない。

 高いドリブル突破力とゲームをコントロールするクレバーさ、粘り強いディフェンスとスタミナを持つPGの凪。

 大人の男性に尻餅をつかせる程のテクニックを持ち、オフェンスに特化したセンスが光るSGの灯湖。


 一対一をすればどちらの方が強いのか。


 もちろんこれまでに練習の中でこの二人がマッチアップすることはあったが、そのときは灯湖が本気でなかった。

 しかし今は灯湖のバスケに対する姿勢が変わっている。

 つまり初めて見る二人の本気の勝負になりそうだ。


「ねぇ永瀬くん、教えて欲しいことがあるんだけど……」


 汐莉がボールを持って修のところへやってきた。

 いつもはそのまま汐莉の練習に付き合うが、今は二人の対決の方が気になる。


「ごめん、宮井さん。凪先輩と渕上先輩が一対一するみたいなんだ。宮井さんも一緒に見ない? 勉強になると思うよ」

「え、そうなんだ! もちろん私も見るよ!」


 汐莉は少し興奮気味に同意してくれた。


 気付けば菜々美や涼、優理と星羅も二人を取り囲むようにして集まっていた。

 皆修と同じように、二人の戦いに興味があるのだろう。


「ちょっと、見せ物じゃないんだけど」


 凪が顔をしかめる。


「良いじゃないか。後輩たちに見られていた方が気が引き締まる」


 対する灯湖は涼しい顔だ。


「どっちかが恥かくかもしれないわよ?」

「そうならないよう頑張るとしよう」


 灯湖がにやりと笑うと、凪も火が着いたのか好戦的な笑みを浮かべる。


「二人とも、怪我しないように程ほどにやんなよー」


 ピリッとした空気を察したのか、ベンチに座っていた晶が遠くから声をかけた。


「「わかってる」わよ」


 ボールを持った凪がゴールを背にして立ち、それに灯湖が対峙する。

 灯湖がオフェンス、凪がディフェンスでスタートするようだ。


「何本?」

「五本先取でどうだろう」

「OK」


 そして凪がボールを灯湖にふわっと放り投げ、ディフェンスの構えをとる。

 灯湖はボールをキャッチしゆっくりと膝を曲げた。


 二人の一対一が静かに始まった。

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