第114話
永瀬君がコーチを担当するという話を聴いたとき、私の中で淡い期待が湧き出てきた。
もしかしたら私が望む環境が手に入るのではないかという期待だ。
凪を中心にチーム全体に上昇思考が生まれつつあったことには気づいていたし、永瀬君のバスケ知識や指導力が高いことも知っていたから、その相乗効果で私も本気になれるのではないかと思った。
だが結局そうはならなかった。
周りがどれだけ一生懸命に練習する姿を見ても、私の心はまったく前に進もうとしない。
むしろ、皆との温度差がさらに広がり、苛つきが増すばかりだった。
だから永瀬君に私がパスしないことを追及されたとき、とうとうその苛つきが爆発してしまった。
永瀬君が怒るのも無理はない。
私の言動はキャプテンとして本当に情けない、みっともない振る舞いだった。
だがもう後には引けなくなってしまった。
自分でも既に心の制御が不可能になっていた。
だから凪にトラウマのことを追及されたとき、皆にも過去を打ち明けてしまった。
話したら楽になれるんじゃないかという希望もあったが、言葉にすることでトラウマが鮮明によみがえり、余計に苦しくなった。
そこで私は、自分で思っていた以上に過去を引きずって、囚われていたことに気付いたんだ。
そして確信に変わった。
やはり私は皆のように本気になれない。
皆と同じ方向を見て走ることはできない。
それどころか足を引っ張るだけだ。
そう思って皆の前から逃げ出したんだ。
それなのになぜ、皆私を仲間に加えてくれようとするのだろうか。
私は自分の都合でキャプテンとしての職務を放棄していた。
その上皆に対して感情をぶつけて、酷いことも言ってしまった。
愛想をつかされても文句は言えない。
でも皆、私に怒るどころか、私が必要だと言ってくれた。
私が本気でバスケができるレベルになるまで努力すると言ってくれた。
そんなこと、中学時代では言われたこともなかった。
別にあのときがそこまで悪いわけではなかったと思う。
トラウマのせいで過去を過剰に暗いものとして認識してしまっているという自覚もある。
だけどそれを差し引いても、今の栄城バスケ部のメンバーは良い子たちばかりだ。
そんな皆に応えたい。
そういう気持ちは確かにあったんだ。
それなのに、やはり私は思うように動けなくて……。
皆がどれだけ声を枯らして私を呼んでも、私はその呼び声がする方を見ることすらままならない。
私には無理だ……、もう諦めよう。
そう思った。
でも晶、私の隣には君がいてくれた。
怯える私を必死に励まして、時折厳しい言葉も交えながら、もう一度一緒に闘おうと手を差し伸べてくれた。
いつから君はそんなにかっこよくなったんだ。
昔の君はいつも私の後ろを付いて回って、いつも私の言うことに笑って頷いて、私に依存しているようだった。
だから私は、この子を守ってやらなければならないと思っていたのに。
実際は逆だった。
内心で、私は君に依存していたんだ。
晶なら、どんなときでも私を否定しないでいてくれる。
晶なら、いつでも私が傷つかない道を共に歩んでくれると。
本当に自分の馬鹿さ加減に嫌気がさした。
でももうプライドは捨てる。
傲り高ぶった態度はもうおしまいだ。
私は晶の手をとった。
しかしいざボールをもらったとき、私は恐怖で体が強ばってしまった。
やはり駄目なのか。
これでは本気で勝ちにいっている仲間たちに水を差してしまう。
下がるべきだ。そう思ったとき。
晶が近寄ってきて声をかけてくれた。
――あたしは灯湖を信じてるよ。だから灯湖もあたしを信じて。
その瞬間、私の中で何かが変わったように思えた。
それまで私は過去のことやチームのこと、勝利のことを考えて、頭が許容オーバーになっていた。
だけどもうそんなことを考えるのはやめた。
ただ晶のことを信じる。
私には過ぎた大親友、大山晶。
君が信じてくれると言うなら、もう一度……!
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