第113話

 タイムアウトが受理されベンチに戻ってきたメンバーたちは、交代の準備をしている灯湖と晶に気がついた。


「行けるの?」

「……わからない」


 凪が尋ねるが、灯湖は曖昧な答えを返した。

 凪は数秒間、灯湖を見定めるかのように見つめたあと、


「そ、じゃあどんどんパス回すから頼んだわよ」


 と言ってベンチに座った。

 恐らく凪にも思うところはあるだろうが、本人に出る気がある以上、余計なことは言うべきでないと判断したのか。


「宮井さん、美馬さんお疲れ。二人は交代だ」


 修が声をかけると二人はがっくり肩を落とした。


「ごめんなさい……全然力になれなかった」

「汐莉ちゃんは良い動きしてたっすよ……。ウチは完全に足引っ張ってたっす……。スミマセン……」


二人ともかなりへこんでいるが、修としては予想以上に頑張ってくれたと思っていたので、微笑んでねぎらう。


「ううん、二人とも充分働いてくれた。あとは先輩に任せよう」


 そう言うと二人は顔を上げて同じ方向を見た。

 修もそちらに視線を向ける。


 吹っ切れた様子の晶と、まだなんとも言えない複雑な表情の灯湖。

 まだ不安は拭えないが、先程とは違い灯湖本人にも出る気はあるようなので、賭ける価値はある。


「ここからは10秒の縛りは解除します。いけるところからどんどん攻めていきましょう。時間と点差は常に意識してください」


 タイムアウトが明け、栄城のボールからゲームがスタートする。

 これまでは相手のオフェンス回数を減らすためにわざとこちらのオフェンスに時間をかけていたが、ベストメンバーに戻った以上その必要はなくなった。


 凪はボールをコントロールしながら攻め所を探す。

 するとカットでディフェンスを剥がした灯湖が右サイド3Pライン付近でフリーになった。

 凪はそこにパスを出し、灯湖は3Pを狙う。


 だがディフェンスのリカバリーが思ったより速く、シュートを阻もうと腕を伸ばす。

 灯湖はそれを見てシュートからドライブに切り替えた。

 ディフェンスの右側からドリブルをつき抜きにかかる。


 そう思ったとき。

 灯湖は全身が硬直してしまったかのようにその場で動きを止めてしまった。


 明らかに意図的な動きではなく、無意識に、あるいは反射的に止まってしまった、そんな様子だ。

 もちろんそんな隙を相手が見逃すわけがない。

 無防備な状態のボールに手を伸ばし、灯湖の手元からコート外へ弾き出した。


 灯湖は血の気の失せた顔で立ち尽くしている。


(やっぱり駄目なのか……!)


 このままいけば取り返しのつかないことになるのではないかという不安が、修の頭に一気に広がる。

 修は立ち上がり、メンバーチェンジの申請をするべきか悩んだ。


「永瀬!」


 そんな修に晶が叫び、必死な表情で首を激しく横に振る。

 まだ判断を下すには早い、そう言っているかのようだ。


(大丈夫……なんですよね……?)


 修は拳を強く握りながらゆっくり腰を下ろした。

 不安が解消されたわけではないが、こと灯湖に関しては晶が最も理解している。

 その晶が大丈夫だと言っているのだから、信用するべきだ。


 メンバーチェンジを考え直した修の様子を見て、晶がほっとした表情を見せる。

 そのあとすぐにまた真剣な顔に戻り、灯湖に近づいて何かを話していた。

 灯湖は口を固く結んでいたが、晶の言葉を聴いて少しだけ表情が変わったように見えた。


 どんな言葉をかけたのだろうか。

 気になったが、ここからでは会話の内容どころか声もまったく聞こえない。


 菜々美のスローインが凪に渡った。

 既にシュートクロックに余裕はなく、ゆっくりパスを回す時間はない。


 すると再び灯湖は右サイド45度にポジションをとった。


 灯湖は右サイドでの出来事にトラウマがある。

 灯湖のポジションとバスケの動きの流れ的に、そちら側に絶対に行かないということは不可能だが、灯湖は基本的にそちらに自分から立つということはほとんどしなかった。


 しかし今は確かに、自らそのポジションに立ったような気がする。

 恐らく灯湖にも、自分のトラウマに打ち克ちたいという気持ちがあるのだ。


 そしてそれを汲み取った凪が、灯湖にパスを出した。

 灯湖がディフェンスと対峙する。


「行けぇー! 灯湖先輩!」


 ベンチの汐莉が懸命に声援を送る。

 その声が聞こえたかのように、灯湖はドリブルを開始した。

 昨晩大人との対決で見せたときのように、その場で細かく左右にドリブルし相手を揺さぶる。


 そして突然左に大きく振り、そのまま突進する。

 ディフェンスは一瞬反応が遅れたが、なんとか食らいついて一歩目を対処した。

 しかし既に灯湖の手の平の上だ。


 灯湖はすぐさま右に鋭くドリブルを切り返す。

 進行方向に体重が乗っていたディフェンスは、その動きに無理に反応しようとしたが、重心を失いその場で倒れてしまった。


 アンクルブレイク。


 素早い動きでディフェンスの下半身を崩す高等テクニックだ。


 倒れたディフェンスには目もくれず、灯湖は既にペイントエリアに突入していく。


 前方にはカバーに入った別のディフェンスがいるが、お構いなしに灯湖はゴールに向かって跳び上がった。

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