第112話
「オフェンスは無理に仕掛けず時間目一杯使ってください。シュートクロックが10秒切るまではパスを回しましょう。ディフェンスは引き続きチェック厳しめで」
永瀬修は早口で簡単な指示を出しながら内心焦っていた。
灯湖と晶が抜けてしまった今の状況は正直かなりきつい。
特にディフェンスにおいて大幅にレベルが下がってしまうだろう。
先程まで粘り強いディフェンスのおかげで三津谷のシュート精度が落ちてきていたが、メンバーチェンジの隙を突かれて盛り返されると点差を離されてしまう。
このピリオド内で二人が戻ることを信じてはいるが、それまでにできるだけ今の点差はキープしておきたい。
しかし代わり
そうならないために、修は最も試合慣れしていない汐莉に声をかけた。
「宮井さん、スクリーンの対応はわかってる?」
「はい! 基本的にスライドかファイトオーバーでマーク継続、どうしてもの場合はスイッチで、しっかり声を掛け合う!」
汐莉が元気よくスクリーンに対する基本の動きを暗唱する。
「OK! 他の皆さんはできるだけ早めに宮井さんに指示を出してあげてください」
汐莉は勉強熱心なので動き自体はしっかり頭に入っているようだ。
しかし練習以外で実践するのは今回が初である。果たして上手くいくだろうか。
そんな心配をしながら汐莉の様子を窺ってみると、予想外にも笑みを浮かべていたので修は驚いた。
緊張の色もいくらか垣間見えるが、それ以上にわくわくしているといったところか。
(すごいな……。ここは宮井さんの度胸に期待しよう)
するとタイムアウト終了のブザーが鳴った。
同時に凪が勢いよく立ち上がり、
「さ! 勝ちに行くわよ!」
と力強く言い放った。
他のメンバーも気合い充分、それに負けない声で返事をする。
それを見た三津谷の選手たちは呆気にとられて互いに顔を見合わせていた。
向こうはただの練習試合としか捉えていないだろうが、こちらにとっては目標を掲げてから最初の対外試合。
今後に弾みをつけるためにも貪欲に勝ちを取りに行きたい。
「頑張ってください! 最初のディフェンス大事ですよ!」
修も手を叩いて選手を鼓舞した。
三津谷のスローインから試合が再開された。
凪は6番、菜々美は12番、涼は14番、汐莉は8番、星羅は10番をそれぞれマークする。
相手もこの一本を確実に決めて流れに乗りたいと思う場面だろう。
しかし栄城の
ハーフコートにドリブルで入ってきた三津谷の6番に対し、凪は即座にプレッシャーをかける。
相手との距離を極端に詰め、素早いステップを繰り返してドリブルでの進行を阻んだ。
6番はなんとかボールをキープするがかなり苦しそうである。
そしてそれに呼応するように他のメンバーもパスをさせまいと、自分のマークに食らいつく。
一人の動きではディフェンスを剥がせないと判断した12番が、ボールのないところでのスクリーンプレーに走った。
向かった先は汐莉。
汐莉がマークしている8番をフリーにさせるつもりだ。
「左スクリーン!!」
菜々美が叫ぶと同時に12番が汐莉にスクリーンをセット、そして8番がボールに向かって走る。
フリーになった8番に、6番がパスを通すかに思えたとき。
バシッと音がして、ボールはコートの外に弾き出された。
汐莉がパスをカットしたのだ。
「しおちゃんナイスカット!」
修の隣にいた優理が跳び跳ねながら声援を送った。
コートにいるメンバーも汐莉を称える言葉を次々に口にする。
8番はフリーになっていなかった。
汐莉は素早い動きでマークマンとスクリーナーの間に体をねじ込ませ、スクリーンをくぐり抜け、そして驚異的なダッシュで8番に追い付きパスをカットしたのだ。
6番に凪の激しいディフェンスが効いており、パスがゆるくなっていたのも大きかったが、今の汐莉のプレーはとても素晴らしいものだった。
「ナイスだ宮井さん!」
汐莉を称賛しながら修は内心舌を巻いた。
先輩と突然の交代でしかも接戦という厳しい場面となれば、普通の人なら多少体が硬くなるものだ。
しかし汐莉は最初のプレーからいきなり冴えた動きを見せつけた。
ところが汐莉は周りの反応とは裏腹に不満そうな表情を浮かべていた。
(まさか……インターセプトできなかったのが悔しかったのか!?)
どうやら汐莉はボールを完全に奪うつもりでいたらしい。
素晴らしいプレーだったがカットがアウトオブバウンズとなり、相手のスローインになる。
それに対して悔しさを滲ませているのだろう。
汐莉のプレイヤーとしての意識の高さに修は脱帽した。
そして三津谷のスローインで試合は再開されたが、栄城のディフェンスの前にあえなく24秒オーバータイムとなり、攻守が入れ替わる。
汐莉の素晴らしいプレーで栄城は一気に良い雰囲気に変わった。
逆に三津谷は出端をくじかれ、精神的なダメージは大きいだろう。
(この場面で一本決められればでかいぞ)
そんな期待に応えてくれたのもまた汐莉だった。
作戦通りシュートクロック10秒まではパスを回し続け、10秒を切ってから仕掛ける。
涼が汐莉にスクリーンをかけ、汐莉がアウトサイドに飛び出した。
ボールを持っていた星羅がバウンドでパスをし、汐莉は完璧なミートでゴールに正対し、シュートフォームを作った。
シュートを阻もうとする8番の膝が上がる。
汐莉はそれを見逃さず、ワンドリブルで脇を抜いてジャンプシュートを放った。
ボールはリングに触れることなくネットを通過した。
(宮井さん、完全に通用してるな……)
流れるような一連の動きはとても素早く美しい。
ストップ&ジャンプシュートに関しては、一流選手のそれと遜色ないのではと思う程完成されていた。
(これで流れがこっちに来てくれれば……)
しかしバスケはそう単純なものではない。
もちろん流れや勢いというものは確かに存在するが、それだけで押しきれるほど甘くはないのだ。
栄城のディフェンスは決して悪くないが、ところどころで綻びが出る。
特に星羅と、最初に良いプレーをしたもののやはり経験の浅い汐莉のところからの失点が出てきたのだ。
もうすぐ5分を切ろうかというところで、気づけば6点差をつけられていた。
「これ……ちょっと良くないよねぇ……?」
優理が不安げな表情でか弱い声を出した。
「うん、そうだね……」
一度タイムアウトをとろう、そう決意したとき。
「永瀬」
突然の呼び声に驚いてそちらに視線を向けると晶が立っていた。
傍らには灯湖もいる。
「もう大丈夫。二人とも出るよ」
晶は真剣な表情で頷いたが、心配なのは灯湖だ。
修が灯湖の様子を窺うと一瞬目が合ったもののすぐに逸らされてしまった。
(大丈夫なのか……?)
修はすぐに不安になった。
しかし、若干の間を空けたあと、灯湖がゆっくりと視線を修に戻す。
「……迷惑をかけてすまないが、もう一度やらせてほしい。足を引っ張っていると感じたら迷わず替えてくれていい」
完全に吹っ切れた……わけではなさそうだが、腹を括ったのかもしれない。
不安と決意が入り交じった複雑な表情をしている。
灯湖にはこの試合を通じてトラウマを克服してもらいたいと思っているが、もしかしたら今以上に酷くなってしまう可能性もある。
修はそれに対しての不安が試合前より大きくなってしまったので、灯湖を再び試合に出すことに少しためらいが生まれていた。
しかしもう一度晶に視線を送ると「大丈夫だから」と念押しした。
晶は修以上に灯湖の身を案じているはずだ。
そんな晶が大丈夫だと言っている。
修は少しだけ考えた。どのみちここから勝つには二人の力が必要だ。
修は決断を下した。
「わかりました。一度タイムアウトをとります。そこで交代します」
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