第109話
翌日。
体育館には灯湖以外の部員全員が既に集まっていた。
設営も終わりそろそろアップを始めようかという頃合いだが、灯湖の姿はまだ見えない。
永瀬修はノートを見るふりをしながら内心とてつもない不安に襲われていた。
もしかすると灯湖は来ないつもりなのだろうか。
凪の立てた作戦は灯湖が試合に来ないと始まらない。
「渕上は『来る』って言ってたのよね?」
「そんなこと一言も言ってないよ。『考えさせてほしい』って言ったんだよ」
「それって一般的に『来る』って意味じゃないの?」
「一般的には『来ない』の意味の方が強い気もするけど……」
凪と晶が何やら言い争いをしているが、別に本気で喧嘩しているような雰囲気ではない。
焦っている様子も心配そうな様子もないので、逆に修の不安は高まる一方になってしまい、
「こんな状況なのに、意外とのんきなんですね」
とうっかり余計なことを言ってしまう。
修はハッとして慌てて口をつぐんだが、二人の耳にしっかり入っていたようで、ギロリと四本の鋭い視線に射抜かれることになった。
「す、すみません……」
「失礼ね。こういうのはもうなるようにしかならないのよ」
「そうだよ。昨日やれることはやったんだから、あとは灯湖を信じるだけだよ」
凪はともかく晶からそんな余裕のある言葉が出るとは思わず、修は少し驚いた。
晶もこの数日でしっかりと腹をくくったようだ。
そんなやりとりを三人でしていたとき。
汐莉や菜々美たちの「おはようございます!」という声が聞こえ、そちらを見てみると、待ち人である灯湖が強ばった表情で現れた。
(よかった、来てくれたんだ……)
胸をなでおろしながら凪と晶を見ると、二人ともほっとした表情になっていた。
(なんだ、やっぱり二人とも不安だったのか)
後輩に弱みを見せてはいけないと強がっていたのかもしれない。
「灯湖、来てくれたんだね……」
「まぁ……な」
灯湖は複雑そうな顔で目を逸らす。
昨日晶が頑張ってくれたおかげでなんとか準備は整った。
あとは皆で灯湖の心を動かすだけだ。
「よし、では全員揃ったのでアップを始めましょう!」
今日の相手は
前回の総体では県ベスト8の成績を修めているが、その時のメンバーだった三年の大半が引退したため、それまでとはまったく別のチームになっている。
どうやら二年生中心の新チームとしての形を強固にするために最近練習試合を繰り返しているらしく、栄城が急遽その相手に選ばれたのも特に意味はなさそうだ。
というのが川畑と一緒に三津谷の顧問と話して得た情報だ。
「二年生中心とはいえ毎年ベスト8に入っている学校。しかも最近は練習試合をしまくっているらしいので、チームとしてしっかり鍛えられているはずです」
アップを終えベンチに座る部員たちに向かって、修は力強い口調で語りかける。
「対してこちらはチームとしての練習はほとんどできていません。なので難しい指示はなしです。素早くボールを回して隙があればシュートや一対一を狙ってください。あとは基本的なことですが、スクリーンアウトは徹底して相手のセカンドチャンスは潰してください」
修の指示に灯湖以外の部員が勇ましく返事を返す。
コーチに就任したときに試合での指揮も基本的に修が執ることになっていたが、対外試合は初めてなのでかなり緊張している。
ちゃんと喋れているだろうかと不安になりながらも、それを表に出さぬよう必死に努めた。
「今栄城がどれだけの力を持っているのかを知る良い機会です。全力で勝ちに行きましょう! スタメンは渕上先輩、大山先輩、凪先輩、才木先輩、白石先輩でいきます」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 私がスタメンなのか?」
灯湖が驚いた様子で言った。
おそらく自分がチームを乱していることや、精神的に不安定であることからスターティングメンバーからは外れると思っていたのだろう。
「そりゃそうでしょう。キャプテンなんだし、実力的にもおかしくないでしょ」
しかし凪が修より早く、言おうとしたことを代弁してくれた。
「うちのエースは渕上先輩なんですから、ガンガン攻めていってください。よろしくお願いします」
修の言葉に、灯湖は腑に落ちないといった表情ではあるが、ゆっくり頷いた。
スタメンの五人が練習用のビブスを着て前に出る。
「ハーフゲーム(第二ピリオドまで)だから体力の配分考えずに走るわよ。速攻ガンガン狙っていくから全員そのつもりでね」
凪の指示に皆頷くが、灯湖だけはやはり浮かない顔をしている。
「なぁ、凪、晶……。やっぱり私は……」
灯湖が何か言おうとするのを凪が手を上げて制する。
「渕上、コートに立った以上はもうぐだぐた言うのはなしよ。試合終了までは、あんたは点をとることだけ考えなさい」
「凪……」
「灯湖。あたし、リバウンドめちゃくちゃ頑張るよ。だからどんどんシュート狙ってね!」
晶も灯湖を励ます言葉をかけた。
「晶……」
すると試合開始のブザーがけたたましく鳴り響いた。
それを合図に凪が手を叩く。
「さぁ、行くわよ!」
「頑張ってください!」
「ファイトっす!」
「みなさんしっかり~!」
ベンチの一年生も声を出してスタメンを鼓舞した。
センターサークルに五人ずつ集まり、挨拶を交わして試合がスタートする。
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