第110話

 序盤は両チーム点の取り合いだった。


 三津谷は軽快なパス回しからの3Pやミドルを高い確率で沈める。

 栄城は菜々美のペネトレイトや晶、涼の泥臭いリバウンドからのシュート、凪の速攻で得点を重ねる。


 しかしそんな中、気持ちが不安定なためか、それともやはりここでは本気を出せないのか、灯湖の動きは昨日のそれとは比べ物にならないほど精彩を欠いていた。


 それでもパスを回すだけに徹さずに、隙があれば自分でドライブを仕掛けるのはバスケットプレイヤーとしての本能か、それともプライドか。


 修は試合展開を見て時折指示を出しながら、胸中でとあることを考えていた。


 それはこの試合において、修たちは灯湖のトラウマを解消すべく共有している作戦のことだ。

 昨日の部活終わりに凪が発案した。


 一つは、闘う姿勢を常に見せること。


 灯湖はチームメイトたちを信頼しきれていない。

 自分の力に誰も付いてこれない、自分だけが本気になったって無駄だと考えている。


 ならば修たちがすべきことは、このチームは灯湖が本気を出すに値するチームだと証明することだ。

 実力はまだ伴っていないかもしれないが、少なくとも気持ちを見せることはできる。

 そのことが灯湖の心に火を点けることができるかもしれない。


 そして作戦はもう一つ。


「灯湖さん!」


 菜々美がドライブでゴールに仕掛けた灯湖の名を大声で呼ぶ。

 その場所は灯湖がかつてチームメイトにパスを拒絶された場所、右サイド0度付近だ。

 しかし灯湖はパスをせずにシュートを放つが、それは外れてしまう。


 もう一つの作戦はトラウマを植え付けられた状況を再現した上で、成功体験で塗り替えることだ。

 栄城には灯湖のパスを避ける人なんていない、自分で撃つのが難しいなら外の仲間を頼ってくれていいと、灯湖を安心させることができればトラウマを克服できるのではと考えたわけだ。


 正直「そんなので上手くいくか」と言われれば、上手く反論できる自信はない。

 しかし昨日修が晶に言ったように、トラウマというのは意外なことがきっかけで突然治ったりすることがある。


 修たちはそこにかけて、多少強引でも全力を尽くすだけだ。


 おあつらえ向きにも三津谷は2-1-2のゾーンディフェンスであり、当時の状況を再現しやすい。

 栄城の選手たちは同じシチュエーションになる度に灯湖の名前を呼んだ。


 しかし灯湖はパスを出さない。

 シュートを外してディフェンスに戻る際の表情はとても苦しそうだった。

 それは思うようなプレーができていないことへの苛立ちなのか、トラウマが呼び起こされているからなのかの判別はつかなかった。


 第一ピリオドが終了して得点は22-22の同点。

 ハーフゲームで飛ばしているとはいえかなりのハイスコアだ。


「オフェンスに関しては文句なしです。このままで行きましょう。ただディフェンスが甘いです。簡単に撃たせすぎなのでもっとボールに対してチェック厳しくいきましょう。あと、オフザボールのスクリーンに対応できていないので、もっと声を掛け合ってください。スクリーンにかかっても基本的には自分のマークは継続、本当に間に合わないときだけスイッチしてください」


 試合に出ていた五人は肩で息をしながら修の指示に頷く。

 ハイペースな試合展開で、交代もなしに10分間走りっぱなしだった。

 しかもこの暑さなので無理はない。

 今日の最高気温は38度近いらしく、風通しの悪い体育館内はまるで蒸し風呂のように感じられた。


 三津谷は小まめにメンバーチェンジを挟んでいたが、栄城は今のメンバーを一人でも下げれば戦力がかなり落ちてしまう。

 あと10分もこのメンバーでやってもらうしかない。

 それに、この程度でへばっていては全国など夢のまた夢だ。


「凪先輩、速攻やアーリーオフェンスで点をとれてる部分も大きいので、ペースはこのままいってほしいんですけど、ヤバそうなら状況見てペースダウンしてください」

「ええ、任せて」


 修が耳打ちをすると凪は力強い返事をする。

 修に言われるまでもなく理解していたようだ。


 ふと灯湖を見ると口を固く結び浮かない表情をしていた。

 おそらく彼女は修たちの作戦にある程度気づいているのだろう。

 あれだけあからさまに皆で灯湖の名を呼べば当然か。


(でも、俺たちにはこんなことしかできない……)


 インターバル終了のブザーが鳴った。

 修は気持ちを切り替えて選手たちの方を向いた。


「メンバーはこのままでいきます! あと10分、よろしくお願いします!」


 第二ピリオドが始まった。

 三津谷も点の取り合いに応じる姿勢のようで、試合展開としてはあまり第一ピリオドと変わりなく早い。


 しかし栄城もディフェンスを修正し、シュートを楽に撃たせないようになったため、三津谷のシュートは段々と外れるようになってきた。


 同じく栄城もシュートが入らなくなってきたので、お互い展開は早いが得点のペースはガクッと落ちている。


(シュートが入らなくなるのはある程度仕方がない……。それよりディフェンスがしっかり修正できているあたりが良い感じだな)


 本当は第一ピリオドのうちに自分たちで気づけるのが理想だが、指示を受けてすぐに修正できるのはそれはそれで素晴らしいことだ。


(でも少しまずいな。このまま行けば交代要員がいる向こうの方が有利だ)


 そう思った矢先、ボールをコントロールしていた凪がドリブルをしながら反対の手をあげる。


「ちょっと流れ悪いわ! 落ち着いて一本決めましょう!」

(ナイス判断です、凪先輩!)


 こういうときはPGポイントガードの腕の見せ所だ。

 的確に流れを読んでゲームをコントロールする力は、PGにはなくてはならない能力なのだ。


 凪の言葉で栄城は一瞬間をおいて、再び動き出した。

 スクリーンを掛け合い、パスを回して攻め所を探す。


「行って渕上!」


 シュートクロックが10秒を切ったところで凪が叫ぶ。

 ボールを持った灯湖は反射的にドライブを開始する。


 またあのシチュエーションだ。

 普段はあまり声を発しない涼が、大声で灯湖の名前を呼ぶ。


 しかし灯湖はそのままシュートを撃った。

 ところがそのシュートはブロックされ、コートの外へと跳ねる。

 そして灯湖は体勢を崩してゴール下に膝をついてしまった。


「灯湖! 大丈夫!?」


 晶が駆け寄り手を差し伸べた。

 灯湖はその手をとってよろよろと立ち上がるが、顔は俯いたままだ。


 まずいかもしれない、という視線を凪が修に送る。

 修もそれを理解してすぐさまタイムアウトを申請した。


「大丈夫かい渕上さん?」


 ベンチに戻った灯湖に川畑が心配そうに声をかけた。

 他のメンバーも同様に灯湖の元に集まる。


「大丈夫、です……。怪我はしてません」


 灯湖は俯いたまま弱々しい声で返事をした。

 それを聴いた修と凪は互いに視線を送り合う。


 灯湖の様子がおかしいのは明らかだ。

 このまま試合に出続けるのは危険な気がする。


「渕上先輩、一旦下がりましょう。美馬さん、準備して」

「うぇ!? わ、わかったっす!」


 突然の指名で星羅が慌ただしく準備を始めた。

 すると晶が修の前に出て言った。


「永瀬、あたしも一旦下げて」

「え!?」


 予想外の申し出に修は驚きの声を上げた。

 一瞬灯湖が下がることになってやる気がなくなったのかと思ってしまったが、晶の表情からはそんな雰囲気ではないことが伝わってくる。


「お願い……!」


 強い決意のこもった眼差しで修に懇願する晶。

 灯湖に何か働きかけるつもりなのだろうか。


 正直二人に抜けられると試合にならなくなってしまう可能性が高い。

 だが、この状態の灯湖を放っておくことはできない。

 それならば晶に任せるのが一番良い選択だと思える。


「……わかりました」


 灯湖のことは晶に託す。

 その思いも込めて修は頷いた。


「宮井さん、大山先輩と交代だ!」

「はい!」


 修が声をかけると同時に、汐莉は待ってましたと言わんばかりに力強い返事を返す。


(俺の仕事は試合に勝つための指示を出すこと……! 渕上先輩のことは大山先輩に任せる……!)

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