第79話

 翌日、夏休み一発目の部活は笹岡西高校、通称笹西との合同練習だった。

 栄城と笹西は互いに部員が少なく、一年生大会に合同チームとして出場した縁でその後も定期的に共に汗を流している。


「空さーん。撃つトコまで完璧なんですからそろそろ決めてくださーい」

「ごめんっ! 次こそはっ!」


 二年で副キャプテンの広沢 飛鳥ひろさわ あすかが呆れた表情で三年キャプテンである二木 空ふたき そらに声をかける。

 空が鋭いドライブからの個人技でシュートまで行くがそれを外す、という流れはもうこれで何度目かわからない。


 しかしそれでも空は落ち込む様子もなくニコニコ笑っている。

 それを見て一年生五人も笑っていた。


 既に修の目にも見慣れた光景である。

 笹西は決して強いチームではないが、空を中心にまとまった良いチームだ。


(ま、強くなるためにはもっとシビアにいかなきゃいけないと思うけど)


 強豪校ならシュートを外して笑っているようでは試合に出させてもらえないだろう。

 だが笹西は公立の弱小校。それでチームがまとまっているなら何も問題はないだろう。

 一口に高校部活と言っても、チームの在り方はそれぞれだ。


「菜々美、今は止めようとしなくて良いからしっかり攻めさせる方向を限定しなさい。涼と伊藤はカバーに入るならもっと思い切って行かなきゃ。中途半端だから間を抜かれてるの」


 凪が栄城の部員たちに細かく指示を出し、それを聴いた者は各々返事をする。

 ポジションの関係でいつも大抵空のマークには菜々美が入るが、素の身体能力で劣る分菜々美が空を止めるのは困難だった。


「でも、将来的にはあれくらい一人で止めなきゃいけないわよ?」

「もちろん、わかってます」


 凪の厳しい言葉に菜々美はうろたえることなく即答した。

 その目には熱い闘志が宿っているように見える。何度も抜かれて菜々美も悔しい思いをしているのだろう。


「うん。ならオッケー」


 その様子を見て凪は満足そうに微笑んだ。


「菜々美……頑張って。アタシもちゃんとカバーする……」

「うん、ありがとう涼。よろしくね」


 涼がいつも通りの小さな声で菜々美にエールを送る。

 真面目で優等生な菜々美と見た目不良っぽく無口な涼は、一見不釣り合いにも見えるが実のところとても仲が良い。

 涼も菜々美相手なら比較的饒舌になっている。あくまで比較的だが。


 そんなことを考えていると、修の近くに菜々美がやって来た。

 せっかくなので自分が見ていて感じたことを伝えることにし、菜々美に声をかける。


「才木先輩。コフィンコーナーに追い込むのは定石ですけど、二木さん、左手使うのそんなに上手くないから、左でドライブさせるよう方向づけするのもアリだと思いますよ」


 すると修のアドバイスを聴いた菜々美は驚いたように少し目を見開いた。

 それを見て修は「しまった」と内心で焦った。


 普段一年生に対してはしばしばアドバイスしている修だったが、先輩に対しては何気に初であった。

 凪がアドバイスをしていた流れでついうっかり先輩である菜々美にも軽々しく声をかけてしまったのである。


「す、すみません、生意気なこと言いました……」


 修が慌てて謝罪した。

 しかし菜々美はそれを聴いてクスッと笑う。


「ううん、大丈夫だよ。そっか、空さんは左が苦手……なんでそんなの気付かなかったんだろ……。ありがと永瀬くん。気付いたことがあったら今みたいにどんどんアドバイスちょうだい。遠慮しなくていいから!」

「あ……はい!」


 どうやら菜々美は修のことを認めてくれているようだったので、修は嬉しくなった。


「次、汐莉は星羅と替わって出てくれ」


 灯湖の指示でコートにいた星羅とコートサイドで待機していた汐莉が入れ替わる。

 最近は試合形式ゲームに汐莉が出る機会も多くなった。

 もちろんまだ課題は多いがそれなりに役割を果たせるレベルには到達している。


 修はコート上を走る汐莉を眺めながら、胸の中に沸き上がる不愉快な感情に内心で舌打ちをした。


 昨日、あの後寺島が汐莉に告白をしたのか、もししたのなら汐莉は何と答えたのか、そればかりが気になって練習にも身が入らなかった。

 汐莉の様子はいつも通りのようにも見えたが、実際に本人に確認する勇気を修は持ち合わせていなかった。


 一日経った今日は、昨日よりはかなりマシになったがやはりまだモヤモヤする。

 これがただの好奇心から来る感情なのか、それともまったく別のものなのか。

 修はそれがわからずにいた。


(ダメだ、余計なこと考えるな……。今は部活中だぞ)


 修は胸の中の暗い感情を無理矢理振り払った。

 自分がプレー中なら別のことに気をとられていたなどあり得ない。

 今はマネージャーで実際にプレーすることはないとしても、他の部員は懸命に体を動かしているのだ。


 改めて試合形式ゲームが行われているコートに集中する。

 ボールをコントロールしているのは栄城だ。細かくパスを回して攻める隙を窺っている。


 ハイポストに入った晶にボールが渡った。しかし飛鳥が背後に貼り付いているため体をゴールに向けることができない。


「くっ」


 晶は自分で攻めることを諦め左サイドにボールを出した。

 ボールを受け取ったのは汐莉。すぐさまシュートの構えをとるが、汐莉をマークしていた一年生SGシューティングガードの島田 陽子が腕を伸ばしてそれを阻む。

 しかし汐莉はシュートを撃たずにワンドリブルを入れ、陽子の脇をすり抜けてからジャンプシュートを放った。


 そのシュートは一度ゴールリング当たり上に弾かれたが、その後ゴールネットを通過した。


(今のは良いシュートフェイントだったな。凪先輩に指摘されてから改善したのか……)


 以前汐莉は凪にフェイントがフェイントであることがバレバレだと指摘されていた。

 それからそんなに日が経っていないが、しっかり修正しているあたりさすがである。


(あとはドリブルキャッチからシュートモーションに入るところが課題だな。シュートの精度も下がるし、速い相手なら追い付かれる)


 修はノートにペンを走らせた。スイッチが入った修は、先程まで自分を悩ませていた事は既に頭から消えていた。


 攻守が替わって笹西のボールだ。

 ポイントガードの一年生、岡 めぐみがドリブルをしながらコートを見渡す。


「岡、たまには自分で仕掛けてきてもいいのよ?」

「勘弁してくださいよ市ノ瀬さん……」


 不敵に笑う凪にめぐみは苦笑いで返した。

 めぐみがそんな顔になるのも仕方がない。めぐみと凪では実力差がはっきりしすぎている。

 本来なら凪のディフェンスの前ではめぐみはドリブルもまともにできないだろう。


 そうならないのはこれが練習だからだ。

 凪が本気でディフェンスすれば文字通り練習にならない。


「めぐみ!」


 すると左サイドにいた陽子が一度ゴールに向かって走った直後、進行方向をアウトサイドに変えて急加速した。

 ディフェンスを剥がしてボールをもらうための動きでVカットと呼ばれる。

 自分が動く軌道によってIカット、Lカットなどバリエーションもある基本的な動きだ。


「任せた!」


 3Pラインの外でめぐみから陽子にボールが渡る。

 Vカットにより安全にボールを受け取ることができたものの、ディフェンスの汐莉はすぐにシュートできない間合いまで詰めていた。


 すぐさま陽子は右足を斜め前に踏み込んだ。

 それに反応した汐莉は行かせまいとその方向に合わせてステップをする。

 しかし陽子はドリブルをせず、踏み込んだ足を引き戻し3Pシュートを放った。


「あっ!」


 汐莉は重心が後ろにいってしまったため、ブロックのために跳ぶことすらできなかった。慌ててボールを見上げる。

 そのシュートは少し高めの放物線を描き、リングに触れることなくネットを揺らす。


「やるぅ~! 陽子ったら負けず嫌いなんだから~!」

「めぐみうるさい!」


 そう言いながら二人は軽くハイタッチを交わす。


(ジャブステップからの3Pか……なかなかやるなぁ)


 修は陽子のプレーに感心した。動きとしては単純だが、そう簡単なプレーではない。

 ドライブしてくると思わせる踏み込み、踏み込んだ足を戻すスピード、そこからしっかりとしたシュートフォームの形成。

 今のはそのすべてがかなりスムーズに行われていた。


 笹西の一年生の中ではやはり陽子が一番センスを感じると修は思った。


 ふと、良いプレーを目の前でやられた汐莉はどんな様子だろうと視線を向けてみると、キラキラした目で笑っている彼女の顔が見えた。


 汐莉はこういうときあまり悔しそうな顔はしない。おそらく自分の実力がわかっているからなのだろう。

 むしろ新しい知識が増え、自分の経験となっていくことに喜びを感じているようだ。


「凪先輩! 次、もう一回ボールください!」

「そういうタイミングがあったらね」


 テンションが上がっている汐莉を凪が軽くあしらうように手をひらひらと振った。


(そりゃ、これならどんどん上手くなっていくよな)


 修は汐莉の姿勢に心底感心した。

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