第80話
「じゃあ今日は練習お疲れ様でした!」
「「「かんぱ~い!!」」」
めぐみの音頭でグラスを高く掲げる皆に少し遅れて、修も遠慮がちにグラスを少しだけ上げた。
ここは笹西から程近い場所にあるファミリーレストラン。
角の席にテーブルをくっ付けて八人の女子と一人の男子が陣取っていた。
メンバーは栄城と笹西の一年生全員だ。
一年生全員でご飯に行こうと誘われた時、最初は修も断った。
栄城の一年で集まるのすら気恥ずかしいのに、そこにさらに他校の女子が五人も加わって、男女比1:8でいるのなんて耐えられないと思ったからだ。
しかし笹西の一年生ズ(主にめぐみ)の熱心な誘いもあり、最終的に修が折れることになった。
せめて周りの人に見つからないよう体を屈めて小さくなっていようと決めたが、182㎝の男子が小柄な女子の中に紛れるのは不可能であり、既に何人もの人に不審な目で見られていた。
「いやぁ、このメンツで集まるのは初めてだねぇ。嬉しいよ!」
めぐみがグラスのコーラをイッキ飲みし、ぷはぁーと息を吐いた後上機嫌に言った。
その姿はまるで居酒屋でビールを飲む中年男性のようだった。
「めぐみ、おじさんみたい……」
案の定陽子がうんざりした顔で苦言を呈した。
「だぁ~れが絡み酒がウザいハゲおやじだってぇ~!?」
「そこまで言ってないよ!」
カッカッカ! と快活に笑うめぐみに誘われるように、栄城のメンバーも含む女子たちがどっと盛り上がった。
修はというとこのノリについていけず、目を丸くしながらメロンソーダで唇を濡らしていた。
「ごめんね永瀬くん。いつもこんな感じだから、不愉快だったら言ってね? 私が黙らせるから」
陽子が申し訳なさそうな表情で言った。
修は気を遣わせるのも良くないと思い、気にしていない風を装い笑う。
「い、いや、大丈夫だよ……」
「おいこら陽子! 自分だけ評価上げようとしてるな!?」
「めぐみが全力で評価下げてるから、相対的にそう見えるだけだよ」
「なんだとぉ~!?」
「ねぇ、そろそろ落ち着かない?」
言い合う、というより一方的に絡むめぐみと絡まれる陽子を、笹西の一人である女子が穏やかな口調で諫めた。
「っと、ごめん、ちょっと調子に乗りすぎた」
その子の一言でめぐみは落ち着きを取り戻し、上げていた腰をゆっくり下ろした。
「こんな機会だし、改めて永瀬くんに私たちの自己紹介しておくのもいいんじゃない? ほら、初顔合わせの時はさらっと名前だけ言って終わりだったでしょ?」
二人を諫めた女子が口元で手を合わせてにこにこ顔で言った。
「そうだね。そうしよっか」
陽子も微笑みながら同意し、他のメンバーも頷く。
「よかったっすね。永瀬くん、この前笹西の一年生の名前覚えてないって言ってたっすもんね!」
「余計なこと言わなくていいよ!」
左隣に座っていた星羅が耳打ちしてきたので、慌てて修も小声で返した。
「じゃあ言い出しっぺの私から~。改めまして、
愛美奈は初めて会った時からいつもにこにこしていて優しい雰囲気をまとう少女だ。
太っているとまでは言わないが、他のメンバーと比べると少しぽっちゃりしており、ゆるくウェーブのかかったセミロングヘアーを練習中は後ろで束ねている。
「手芸って、編み物とか?」
「そうね、マフラー編むのは得意よ」
「へぇ~、すごいな」
「いつも冬前には私たち四人にマフラー編んでくれるんだ。かわいくてあったかいんだよ」
陽子が自慢のように言うので、愛美奈は照れ臭そうに少し俯いた。
「ちなみにいつもこんな風ににこにこ笑ってるけど、キレたら一番おっかないのはこいつだぞ」
「めぐみちゃん、何か言った?」
余計な補足を入れためぐみに、愛美奈はにこにこ顔を崩さなかったが、明らかに先程までとは違う「凄み」のようなものを感じた。
めぐみは短い悲鳴を上げた後わざとらしく小さくなる。
しかし修は愛美奈から恐ろしさの片鱗を感じとることができた。
「じゃあ次、蘭ちゃんどうぞ~」
愛美奈が次に指名したのはショートカットで眼鏡をかけた少女。
修は彼女が普段喋っているところをあまり見たことがないため、笹西の中でも謎の多い子だと思っていた。
「ワタシか……。
蘭は腕を組んだまま目を伏せ気味に自己紹介した。
とてもクールな人なんだなと修が思っていると
「こいつクールぶってるけど実はすごいバカだから。口数少ないのもバカがバレないようにしてるだけ。喋るとすぐバレちゃうから」
とめぐみがニヤニヤしながら横槍をいれてきた。
「おい! お前余計なこと言うなよ!?」
蘭が涙目で抗議したものの否定はしなかったことを見るに、めぐみの言ったことは本当のようだ。
修の無意識に憐れみのこもった視線に気付いた蘭は、顔を真っ赤にして俯いた。
「あら~蘭ちゃん可哀想に……。こっちへおいで」
「うぅ~! 愛美奈ぁ~!」
情けなく抱きつく蘭の頭を愛美奈が優しく撫でる。
「よしよし泣かないで。でもそろそろ本当に勉強しなきゃダメよ? 進級できないかもしれないレベルなんだから」
「うっ……はい……」
慰めながらも厳しい言葉をかけられて、蘭は愛美奈の膝に上体を力なく崩れ落とした。
その姿を修は唖然として見ていたが、汐莉と優理、星羅は笑いを抑えるのに必死だった。
「はい、じゃあ次は有紀ちゃん。自己紹介できる?」
「う、うん……! 大丈夫……!」
愛美奈が次に指名した少女は笹西の中では最も小柄な少女だ。
いつもオドオドしていて、今も修と目が合った瞬間びくっと体を震わせた。ショートポニーテールが小さく揺れる。
「せっ、
勇気を振り絞って、という感じだったが、最後の最後で噛んでしまった。
有紀は顔を真っ赤にして涙目で俯いてしまう。
三人自己紹介したがこれで二人が涙目になってしまった。
この部は大丈夫なのだろうか。
「有紀はその……引っ込み思案というか。慣れてない相手だとこんな感じなんだ」
「私たちにはもう大丈夫だもんね!」
慌てて陽子と汐莉がフォローをするが、その言葉によって有紀はさらに深く俯いた。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、大丈夫だよ。ゆっくり慣れていってもらえればいいから……」
修は苦笑いで返す他なかった。
「そして私が島田 陽子。昔はフォワードだったけど、今は
陽子は髪質の少し固そうなショートヘアーで、大人びた雰囲気をまとう美少女だ。
基本的にいつも落ち着いているが、バスケ中には内に秘めた闘志を見せることも多々あり、その姿を修はとても好意的に見ていた。
「ちなみに陽子はめちゃくちゃモテる。入学してからもう何人に告られたっけ? 七人?」
「めぐみ! やめてよ!」
「そうよめぐみちゃん。陽子ちゃん、八人だったわよね?」
「もう! 愛美奈まで!」
めぐみがけらけらと、愛美奈がうふふと笑う。
陽子は勘弁してとばかりにため息をついた。
「八人だって。すごいねぇ」
「すごいっす!」
優理と星羅は尊敬の眼差しを陽子に向けていた。
汐莉はあまりそういうことに興味がないのか、何食わぬ顔でウーロン茶をストローで啜っていた。
「んで、最後に私!岡 めぐみ、PGで学級長、趣味はバラエティ番組を見ること! お笑いは生きるか死ぬか! デッドお笑いブ!」
「は?」
ハイテンションでわけのわからないことを言うめぐみに、修は反射的に辛辣な反応をしてしまった。
陽子が頭を抱えて「スルーして」と短く言う。
そういえば以前もめぐみはダジャレを言っていた。
ずっと思っていたことだが、変わった子なのだ、ということで修は納得した。
「私ら幼稚園の時からの友達なんだ。以来ずっと一緒さ」
「へぇ、そんなに長いんだ」
幼稚園からとなると、10年近い付き合いになる。
それでもずっと五人仲良しというのは、おそらくすごいことだろう。
修は感心しながら、五人の絆を羨ましいとも思った。
「バスケはいつから始めたの?」
「皆中学からだよ。めぐみがやろうって言い出して、気づいたら皆バスケ部だった」
「昔からなんでもめぐみちゃんが先頭切って走ってくのよね」
「まったくだ。付き合わされるこっちの身にもなってみろ」
「でも私……めぐみちゃんについていくと、楽しいことがいっぱいで、嬉しいよ」
「おぉ~! さすが有紀! お前はかわいいやつだよ~」
会話の端々から五人の仲の良さが伝わってきて、見ているこちらまで心が暖かくなる。
しかし同時に、今の修には彼女らのようにお互い心を許し合える存在がいないということを感じ、少し寂しい気持ちになった。
「ほんとは高校ではバスケ以外のことをやろうと思ってたんだけどねぇ。バンドとか」
「じゃあどうしてまたバスケをやることにしたんすか?」
「空さんと飛鳥さんに誘われたんだ。ま、この話は長くなるからまた今度ね。ほら、ちょうどご飯がやってきたよ!」
めぐみの言うとおり店員がサービスワゴンでハンバーグのセットやパスタなど、各々が注文した料理を運んできた。
おしゃべりはいったん落ち着かせて、食事の時間だ。
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