第64話
今日のテストの手応えは過去最悪だった。
それも当然だ。昨日
その上その思考はテスト中にまで侵食し、クラスの大半がペンを置き机に顔を伏せていっても、修のテスト用紙はなかなか埋まっていかなかった。
凪のあの切羽詰まったような、それでいて何やら反骨精神のようなものも感じられる姿。
少なくとも普通ではなかった。何かがあったのは間違いない。
しかし何があったのだろうか。
ここ数日はテスト休みのせいもあって凪に会う機会がなかったため、その間のことはわからない。
修は先日汐莉が言っていたことを思い出した。
――進学について親と揉めてる、とか?
進学のことかどうかは別として、やはり汐莉の言う通り家庭で何か問題があるのだろうか。
(駄目だ。いくら考えたって全部推測にすぎない。今日余裕があれば本人から直接話を聞いてみよう)
今日はいつもなら凪が予備校に行くため部活を休む曜日だ。しかし今日はこの後すぐに部活があるため、恐らく時間までは部活に参加するはずだ。
「どうした上の空で。そんなにテストのデキが悪かったか?」
そんなことを考えていると、向かいで一緒に昼食をとっていた平田が能天気に話しかけてきた。
自分の世界に入り込み過ぎていて、平田がいることをすっかり忘れてしまっていた。
「ん……いや、テストは……。そうだな、今日はあんまり良くなかった」
怪しまれないように話を合わせて苦笑いで返した。
「へぇ~優秀な修くんが珍しいじゃん。俺も保体はノー勉でいけると思ったんだけどなぁ。せめて選択肢問題にしてくれよ! 全部記述って鬼じゃん!?」
「いや、保体はまったく問題なかったよ」
「マジかよ!? 裏切りもん!」
いつもの他愛ない会話で考え事を振り払う。相変わらず平田はテストのデキはあまり良くなかったようだが、そんなことは気にも留めていないだろう。
ふと、平田に相談してみてもいいのではないかという考えが頭を
平田はこう見えてしっかりしているやつなので、相談すれば力になってくれるかもしれないと思ったからだ。
しかしいかんせん今回は修にも状況がよくわかっていない。
そんな状態で相談されても、いくら平田であっても困ってしまうだろう。
「ま、今日で忌々しい期末テストは終わりだ! 部活も再開するし、あと数日頑張れば夏休みだぜ? テンション上がる一方だわー!」
そうだ、平田の言う通り待ちに待った部活が再開される。
凪もそれで鬱憤を晴らすことができれば、いつもの様子に戻るかもしれない。
そんな淡い期待を抱いて修は弁当の卵焼きを一口で頬張った。
その日の練習での汐莉の集中力はとてつもなかった。一週間体育館でバスケをできなかったフラストレーションを爆発させるように、縦横無尽にコートを駆け回り、シュートを決めていく。
先輩たちも含め他の部員は今まで見たことのなかった汐莉のストップ&ジャンプシュートを目の当たりにして、目を見開くばかりだった。
しかし、その汐莉をも凌駕する姿を見せていたのが凪だった。
もちろん汐莉と違いいつもレベルの違いを見せつけている凪であるが、今日はその「いつも」よりも遥かに高いレベルでプレーをしている。
修の見立てで恐らく二番目に実力がある灯湖ですら、今日の凪には付いていけていない。
「凪! 飛ばし過ぎじゃない? そんなんで
凪の異常さに気付いたのか、副キャプテンである大山晶が声をかけた。
「大丈夫よ。それより、あんたこそちょっと抜き過ぎじゃない? さっきのパス、とれないようなものじゃないと思うけど」
「なっ!? あ、あたしだってちゃんとやってるよ!」
「私にはそうは見えなかったけど」
恐らく心配して声をかけたのだろうが、凪が厳しい言葉を返したので、二人の間には一触即発といったような空気が漂う。
後輩たちは先輩二人の異様な雰囲気に動けなくなってしまった。
しかしその空気を断ち切るように、メニュー終了のブザーが鳴り響いた。
「そこまでだ二人とも。凪、晶は君を心配してるんだ。それがわからない君じゃないだろう。そんな彼女に返す言葉として、さっきのはあまりにも酷いんじゃないか?」
キャプテンの灯湖が二人の間に割って入り、冷静な態度で凪に諭すように問いかけた。
凪は一度口を開いて何かを言いかけたが、寸前で口をつぐみ奥歯をぎゅっと噛み締めた。
「……そうね、不適切だったわ。ごめんなさい大山」
「……別に。気にしてないからいいよ」
「ならここでこの話は終わりだ。休憩しよう」
なんとか和解できたようだ。優理や星羅をはじめ、下級生たちが安堵の息を吐くのが見えた。
とは言えこの状態は良くない。
明らかに凪が空気を壊している。確かに凪が言っていたように、先程の晶のプレーには怠慢ともとれる場面があった。
しかしそれはこれまでもあったことだ。ただ誰もそのことに口出しをしていなかっただけで。
それが普通だという共通認識が少なからずあった中、突然凪がそこを針でつつくような発言をしてしまったことで、チーム内にモヤッとした空気が流れているのが見てとれた。
強くなるためには凪の発言は正論だ。しかし公立の弱小校である栄城では、今の凪は浮いている。
「凪先輩、やっぱりなんかおかしいね」
「ああ……」
汐莉がタオルで汗を拭きながら、心配そうな顔で言った。
凪は皆と距離をとるように、少し離れた場所で水分も取らずに背を向けて立っていた。
修は凪のドリンクボトルを持って凪に近づいく。
「先輩、水分とらないと倒れちゃいますよ」
凪が汗だくなのは一目でわかる。流した分の水と塩分を摂っておかなければ、熱中症で倒れてしまうだろう。
修はそう思って声をかけたのだが、凪は無反応でそのまま立ち尽くしていた。
「市ノ瀬先輩……?」
つかつかと歩み寄り凪の肩に手をかけた。その時だった。
凪の体がまるで糸を切られた操り人形のように膝から崩れ落ちた。
修は咄嗟に右手で腕を掴み引っ張ったが、人一人の重量を支え切れずに逆に修が引っ張り込まれる形になってしまった。
自分の筋力の衰えを呪いながら、せめて頭だけは守らねばと左手で凪の頭を覆うが、二人して激しく転倒してしまった。
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