第37話
(まぁある程度予想はしてたさ。徐々に溶け込んでいければいい)
修は眼前で行われている汐莉達の練習を眺めながら前向きに考えた。
ついこの前まで色んなことに不安で後ろ向きな性格だったが、現在はかなり吹っ切れて、中学時代の自分に戻りつつあることを修は自覚していた。
(これも宮井さんのおかげだな……)
もちろん平田や川畑、明子の支えも忘れてはいないが、劇的に変われたのは汐莉の影響が大きい。
修は練習する汐莉をじっと見つめた。
するとその視線に気づいた汐莉と目が合う。
汐莉は「どうしたの?」と言いたげに、微笑みながら少しだけ首を傾げた。
その可愛らしさに修はドキッとしたが、「なんでもない」と言うように首を横に振って誤魔化した。
「今日も練習お疲れ様です。明日は笹西との合同練習日なので、九時には練習が開始できるよう向こうの体育館に集合するようにね」
全ての練習メニューが終了した後、川畑は穏やかな笑みを湛えながら集まった部員に向けて連絡事項を伝えた。
聞いたところによると、始めは一年生大会のための合同練習だったためそれが終わるまでの予定だったが、メンバーが少ないチーム同士なので大人数で練習できるのは貴重だということで、以降も続けることになったらしい。
「永瀬君は初めてで勝手がわからないと思うから、一年生は誰か一緒に連れていってあげて」
修以外の三人の一年生が返事をする。
「じゃあ今日はここまで。また明日」
「気をつけ! 礼!」
「「「ありがとうございました!!」」」
灯湖の号令で締めの挨拶をし、皆各々散っていく。
「明日どうするっすか? 永瀬君のお世話頼まれちゃったっすけど」
「お世話はないだろ……。俺は犬か」
修は星羅の軽口にツッコミを入れる。
平田に似たところを感じるという理由で、修は星羅に対しては既に遠慮なく接することができていた。
「じゃあ私が一緒に行くよ。二人は先に行ってて」
「んー、でも汐莉ちゃんに任せるのも気が引けるっすねぇ。そんなに手間じゃないし、皆で行くっすよ!」
「ちょ、ちょっと待ってミマちゃん! しおちゃんもこう言ってくれてるし、ここは任せよう!」
優理が慌てたように星羅の提案に異を唱えた。
「ミマちゃん」とは美馬星羅のことだ。イントネーションはグラタンのそれである。
修は優理の様子が何やらおかしいというか、何か他意を感じた。
「えー? そりゃまぁ方向的にウチは楽っすけど……」
「せっかくだし、集まって一緒に行くのも良いけど」
「いや! しおちゃんにお願いするよ! 永瀬くんも、自分のために皆が集まるのは望んでないでしょ!?」
「え!? ま、まぁそうだな……」
急に話を振られ驚いてしまい、咄嗟に肯定してしまった。
(というか伊藤さん、普段とキャラ違くないか?)
普段のおっとりした姿と違い、必死さすら感じる優理に修は少し引き気味になってしまう。
「ほら! 永瀬くんもこう言ってるし、しおちゃん頼んだよ!」
「じゃあ後のことは二人で話してね!」と、優理は困惑する星羅の手を強引に引いて離れて行った。
「じゃあ明日学校集合でいい?」
唖然とした表情で優理を見送る修に、何事もなかったように汐莉が声をかけてきた。
今の不自然な優理に対して特に何もコメントがないようだ。
最近わかってきたことだが、汐莉は少し天然なところがある。
「宮井さんも別に来てくれなくて大丈夫だよ。スマホで場所も調べられるし」
「遠慮しないで。それに笹西の周辺ちょっとわかり辛いし。先生にも、ウリちゃんにも頼まれたしね!」
汐莉はニッコリ笑って小さくガッツポーズした。
「そっか……じゃあお願いしようかな」
厚意を無下にするのも失礼な話だと思い、修は早々に折れることにした。
「学校に何時に来ればいい?」
「栄城から笹西まで自転車で10分位だから、8時15分かな。半には向こうに着いておきたい」
「オッケー」と修は頷いた。
休日に早起きするのは久しぶりだ。修はそんなことすら少し嬉しく感じた。
「まだちょっと時間あるから、私はもう少し練習してから帰るよ」
「手伝うよ。そのためにここにいるんだから」
「えへへ……ありがとう」
汐莉が照れた顔で笑うので、修も釣られて気恥ずかしくなってしまう。
汐莉がボールをとりに行ったので、修はその間に緩んだ表情を引き締めた。
栄城は部活動で施設を使用しても良い時間が決まっている。
今日は授業が六コマなので16時から19時までの三時間、七コマの日は17時から20時までといった具合だ。
練習が早く終われば、その中の時間内なら自主練習で使用することができる。
汐莉がボールを持って戻ってきた。
「今日見てて何か思ったことはある?」
「そうだなぁ、色々あるけど……」
修は今日の練習を思い出す。まだまだ初心者の汐莉は修正すべき点が多いが、できるだけ基本的なところから着手していきたい。
「宮井さん、トリプルスレットってわかる?」
「とりぷるすれっと?」
どうやら初耳のようだ。
この部には誰も初心者に指導する人がいないので(川畑もバスケ未経験者らしい)、汐莉は基礎中の基礎すら教えられていない。
だからバスケットマンが知っていて当たり前のことを汐莉が知らなくても、もはや驚かなくなった。
「バスケにおいて、ボールを受け取ったプレイヤーがとれる行動は三つとされている。その三つとは?」
「えーと……シュート、パス、ドリブル!」
「正解。その三つの行動すべてをスムーズに行える構えをトリプルスレットって言うんだ」
修は汐莉からボールを受け取りトリプルスレットの構えをとる。
「人によって微妙に変わるところはあるんだけど、基本的には膝を曲げて重心を低く、少しだけ前傾姿勢になって、ボールは利き手側の腰の前くらいかな。つま先と膝、肩が一直線になる構えが良いってよく言われてる」
「ふむふむ」
「この構えからならシュート……、パス……、ドリブル……。三つすべてにすぐに移行できる」
修は解説しながら汐莉に動きを見せた。
「前にミートを教えたときは最初からシュートにいく想定でやってたよな。でも基本的にはボールミートしたらこの構えに入るのが普通だ。ストライドでも、ジャンプでも同じ。じゃあやってみよう。まずは構えを作るところから」
ボールを渡すと汐莉は修がやって見せたように構えをとった。
修は汐莉の周りをぐるりと一周し、おかしなところはないか確認する。
相変わらず一度解説してやって見せればすぐに吸収するところはさすがだ。
「うん、それで良い。じゃあパス出すからミートからトリプルスレットいってみよう」
修のパスを受け汐莉が構える。修にボールを戻しまたパスして構える。それを10回程繰り返した。
「よし、じゃあ次のステップね。トリプルスレットの構えをとった瞬間に俺がパス、ドリブル、シュート、どれか一つ言うから、すぐにそのプレーに移って欲しい」
「ドリブルはワンドリでいいの?」
「ワンドリでいいよ」
「わかった!」
ワンドリとはワンドリブルの略、つまり一度ドリブルをつくことを表す。
修がパスを出し、汐莉が構えをとった瞬間に修が指示を出す。
シュート、ドリブル、パス、パス、シュート、ドリブル、シュート……。
修の指示通りのプレーを耳で聞いた瞬間に行うのは、反射神経も必要になってくるのでなかなか難しいだろう。
しかし汐莉はとりあえずは詰まることなくやってみせた。
「オッケー、そこまで」
二十数回繰り返したところでストップをかける。
「うん、良い感じだと思うよ。強いていうならドリブルがちょっとぎこちなかったけど、それはトリプルスレットどうこうじゃなくて、ドリブルを練習しなきゃいけないな」
「そうだね……。ドリブルって結構苦手かも。凪先輩みたいにできればいいんだけどなぁ」
汐莉の他愛ない言葉に修は目を丸くした。
「市ノ瀬先輩がドリブル上手いってわかるんだな」
「あ! 永瀬くんちょっとバカにしたでしょ!」
汐莉が不機嫌な顔で腰に手を当てた。
「いやいや! バカにしてないって! ただ市ノ瀬先輩のドリブルって、なんというか地味な上手さだから、初心者の宮井さんがそれをわかってるのはすごいって思ったんだよ!」
初心者が一目で感嘆するドリブルとは例えば股の下を通す「レッグスルー」や、背中から逆側の手にチェンジする「ビハインドザバックドリブル」といったような、派手なドリブルテクニックだ。
しかし凪のドリブルはそういったものではなく、ただ速く、堅実なもので、ディフェンスをかわす際に使う技も体の前で左右にドリブルする「フロントチェンジ」くらいだ。
だから修は汐莉が凪のドリブルが上手いと認識していたことを意外だと思ったのだった
「そうなの……? 何がすごいのかよくわからないけど……」
汐莉はまだ不満顔だった。
吸収の速さもそうだが、汐莉のこういうところに修はセンスを感じざるをえなかった。
「まぁまたドリブルも教えるよ。今日はもう時間だし、この辺で切り上げよう」
「わかった。今度凪先輩にも訊いてみるよ。多分、断られるだろうけど……」
汐莉が悲しそうな顔をするので、修も胸が締め付けられる思いになった。
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