第36話

 まだたった五日だ。

 同学年である優理や星羅はまだしも、さすがに先輩達とはまだまだ距離がある。


 元々修は高校に上がってからあまり女子と喋っておらず、また先輩ともなれば一層どのようにコミュニケーションをとればいいのかわからなかった。


(そもそもあんまり歓迎ムードじゃなかったもんなぁ)


 修は入部初日を思い出して薄く苦笑いを浮かべた。





「これからよろしくお願いします!」


 修は眼前に並ぶ部員達に向かって勢いよく頭を下げた。

 するととても激しい拍手が聞こえてきたので顔を上げてみる。


 手を叩いていたのは一人だけ。満面の笑みを浮かべる汐莉のみだ。

 周りの部員は驚いて汐莉の方を見ていたが、皆つられてまばらな拍手を修に送る。


「じゃあキャプテンから簡単な自己紹介をしてもらってもいいかい」

「わかりました」


 灯湖がはりのある声で川畑に返事をして、部員の自己紹介が始まった。


「三年、キャプテンの渕上灯湖だ。よろしく」

「一応副キャプテンの大山晶です」

「三年の市ノ瀬凪よ。よろしく」

「二年の才木菜々美です。よろしくお願いします」

「二年……白石しらいし りょう……よろしく」

「1-F美馬星羅っす! よろしくっす!」

「一年の伊藤優理です。よろしくねぇ」

「一年宮井汐莉ですっ! よろしくお願いしますっ!」


 ひとりひとり挨拶をする度に修は会釈を返した。

 だいたいの人は程度の差はあれど笑顔で自己紹介してくれたが、明らかに笑っていない人が三人いて、修は少し不安になってしまった。


 その三人とは晶と凪と涼だ。


 晶は不満や疑問が混ざったような難しい顔をしている。


 凪は無表情で自分の紹介が終わるとすぐに目線を床に落とした。まるで「あなたには興味がありません」とでも言いたそうだ。


 涼は唇を尖らせて細い目で修を睨み付けていた。

 染めているのか、髪色は明るい茶色で不良っぽいというか、ギャルっぽいというか、修の身近にはいなかったタイプの女子だ。


(こ、こえぇ~……!)


 修は特に涼に対してびびっていた。


「皆ありがとう。今日は永瀬君は見学ということで、練習後に渕上さんと三人で今後のことを少し話そうか。じゃあ練習に戻って……」

「あの、ちょっと質問いいですか?」


 川畑の言葉を挙手して遮ったのは晶だった。


「なんだい? 大山さん」

「なんで女子部のマネージャーに? しかもこんな変な時期に……。逆はあっても、女子の部活に男子のマネージャーって、あんまり聞いたことがないんですけど……」


 晶は不満を隠そうともせずに遠慮なく言い放った。

 だが確かに晶の言うことももっともだ。


「例えば、下心とか……そういう変な感情での入部ならちょっと遠慮して欲しいんですけど!」


 晶の言葉に修はドキッとした。

 汐莉のサポートをしたいというのは純粋な気持ちからだが、一人の部員のために入部するというのは、ある意味下心と言われても仕方ないのではないだろうか。


「晶、失礼な言いがかりはやめろ」

「だって!」


 呆れ顔で嗜める灯湖に、晶は「灯湖目当てかもしれないんだよ!?」と小声で詰め寄った。

 なるほど、晶は友人である灯湖の身を心配しているのか。


 たしかに灯湖はモデルや女優に匹敵すると言っても過言ではない程の美貌の持ち主だ。

 言い寄ってくる男も多いのだろう。


 しかし勘違いされたままなのは癪なので、修は言い返すことにした。


「僕はつい最近まで一身上の都合でバスケから距離を置いていました。でも、やっぱりバスケが好きだって改めて気づいたんです。この部に入部したのはバスケが好きだからです。下心なんかありません」


 修は真剣な表情ではっきりと言い放った。

 少し前まではこんな風にバスケが好きだとも言えなかったことを思うと、前に進めている実感が持てて修は少し奮えた。


 晶はというと、修の毅然とした態度にうろたえ口をつぐんでいた。


「もともと入部に関して部員が賛成だの反対だの言う権利はないんだ。皆、永瀬君を歓迎しようじゃないか。晶も、いいね?」

「……わかったよ」


 灯湖の言葉を晶は渋々といった具合で受け入れた。

 そんなやりとりをしている間も、凪と涼は表情を崩さなかった。


 修はほっとしたが、あまり歓迎ムードではないことは確かだ。

 これからどうやって受け入れていってもらおうか、そんな心配を胸に修の顔合わせは終了したのだった。


 その日は川畑が言ったように見学に終始した。

 以前キャットウォークから遠巻きに見たのと違い今回はすぐ側で、そして部員の一人として見る練習は新鮮味があって面白かった。

 しかしやはり違和感を覚えながらではあったが。



 練習が終わったあとは川畑と灯湖と三人で話をするために集まった。


「お疲れ様です先輩」

「お疲れ様。私たちの練習はどうだったかな?」

「皆さん真面目にやっててすごく良いと思いました」

「そうか、それは良かった」


 初日からいきなり「どうして下級生にもっとアドバイスしてあげないんですか?」などと問い詰めることはさすがにできず、修は当たり障りのない返答をした。


 灯湖は疑う様子もなくニコリと笑う。


「マネージャーとしての仕事なんだけど、どうしていくべきかな? 申し訳ないが僕は疎くてね。渕上さんにアドバイスをもらいたいんだが」


 川畑が頭を掻きながら苦笑う。


「そうですね……。正直、あまりやってもらうことはないのが実情です。うちは飲み物は全員各自で用意しているし、ビブスの洗濯等も三年含めて持ち回りでやってますからね。今後それらを永瀬君に押し付けるというのも違う気がします」


 灯湖は腕を組み顎に指を当てて考え込んだ。


「俺、一応バスケ経験者なんで、練習のデータとり、タイマー操作、スコア記入とか、細かい作業は一通りはできるのでその辺りを任せてもらえればと思ってるんですが……」

「ふむ、そうだね。その辺りをマネージャーがやってくれるだけでも、選手は練習に集中できて良いんじゃないかな?」


 川畑も助け船を出してくれた。灯湖もその言葉に頷く。


「そうですね。永瀬君、じゃあそういった作業をお願いすることがあれば声をかけるよ。でも基本的にこちらから指示を出すことはあまりないと思うから、あとは君の好きにしてくれていい」

「そんな感じでいいんですか?」

「ああ。たまにそのデータとやらを教えてくれるとなお良いかな」

「わかりました」


 好きにやらせてくれるのはとてもありがたい。

 修のそもそもの目的は汐莉のサポートなので、できるだけ汐莉の練習を見てあげたかったからだ。


「話はまとまったね。じゃあ永瀬君、明日からよろしく頼むよ」


 川畑に返事をしてその日の部活は終了した。

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