2nd game

第35話

「そこまで! 三分休憩です!」


 タイマーから鳴り響く大きな音に続いて、修はコート全体に聞こえるよう声を張り上げた。


 それを聞いた栄城高校女子バスケ部の部員八名はぞろぞろとステージ付近に集まり、各々タオルで汗を拭いたり、自分で用意した水筒やペットボトルから水分を補給したりし始める。


 修はステージに置いてあった一冊のノートを手に取った。

「バスケ部 日誌」と表紙に書かれたそのノートを開き、シャープペンで書き込んでいく。

 内容は今日の練習メニューや、それを消化していく中で気になったこと等だ。


「いつも熱心に書いてるねぇ~」


「伊藤さん 左手ドリブル少し高い」と書き込んだところでその当人の声が聞こえて、修は飛び上がりかけるのを抑えて慌ててノートを閉じた。


「あっ、なんで閉じるのぉ? もしかして、わたしのこと書いてた?」

「いや! 気にしないで! 大したことは書いてないから!」


 頬を膨らませる少女にたじろぎながらも、修は笑って誤魔化した。

 修のクラスメイトでもある伊藤優理は部活中でも相変わらず小動物のような愛らしさで、ほわほわとした雰囲気を纏っている。


「ウチもそのノート見たいっす! もしかして、ものすごくえげつない悪口とか書き込んでるんじゃないっすか!?」


 今度は外はねのショートヘアーの女子が人懐こい笑みを浮かべながら、溌剌とした声でやってきた。


 一年F組の美馬みま 星羅せいらだ。

 放送部と兼部をしているが、放送部は活動が昼休みらしいので放課後はバスケ部の練習に参加している。


「悪口なんて書いてるわけないだろ!? ほんとに練習メニューとか書いてるだけだし、字が汚いからあんまり見られたくないんだよ!」


 優理はクラスメイトで親交もあったが、入部してからは距離がかなり近くなった。

 星羅もコミュニケーション力の塊のような少女で、修が男であろうと積極的に話しかけてくるので、すぐに仲良くなった。


 だが二人の女子にこんなにも近距離で詰め寄られて、修はとても気恥ずかしく思い、赤くなった顔を見られないようノートを高く掲げると共に天井を見上げる。


「一年生は元気でいいねぇ。これが若さか……」

「いや、あきらさん2コしか変わらないじゃないですか……」


 緩やかにパーマがかった短い髪に包まれた頭を抱え、年寄り臭い言葉で会話に混ざってきたのは三年の大山おおやま あきら

 身長なんと185㎝と修よりも3㎝程高い長身の先輩だ。

 少し体の線が細く、パワープレーは苦手としているが、手足が長いこともあって、同世代の女子選手たちにとってはかなりの脅威だろう。


 そしてその晶にツッコミを入れたのが二年の才木さいき 菜々美ななみだ。

 いつも冷静な態度を崩さない。キリッとした目元とうなじ付近で束ねた短めのポニーテールが、彼女の真面目そうな雰囲気をより一層引き立てる。


「菜々美先輩の言う通りですよぉ! 私たち花の女子高生なんですから! 晶先輩も楽しくお喋りしましょ~?」

「そうですよ! ウチら十代ですよ、十代!」

「うへぇ……眩しさで目が……!」


 ワイワイ騒いで詰め寄ってくる後輩二人に晶は付いていけんとばかりにうなだれた。


 騒ぎの中心が晶に移ったので、修はほっとして少し距離をとった。

 賑やかなのは嫌いではないが、得意でもない。かつての修なら別であるが。


灯湖とうこ先輩! さっきのプレーについて教えて欲しいんですけど……!」


 声がした方を見ると反対側で汐莉がキャプテンに話かけていた。


「うん? まぁさっきのも悪く無かったよ。あの感じで良いんじゃないかな?」


 汐莉が話しかけているのは女子バスケ部キャプテンの渕上ふちがみ 灯湖とうこ

 汐莉や優理を可愛いと表現するならば、灯湖は美しいと言うのが当てはまる。

 切れ長の目で常に微笑をたたえた余裕のある表情。

 艶のある長い黒髪を、後頭部の高い位置でポニーテールにしており、大和撫子然とした人だ。


 汐莉はプレーについて質問をしているが、なんだか軽くあしらわれているようだ。

 避けるように去っていく灯湖に汐莉はしょんぼりと肩を落とした。

 汐莉が可哀想に思えて修は声をかけることにした。


「宮井さん、どのプレーが気になったの?」

「永瀬くん……。あのねさっきの灯湖さんのプレーなんだけど……」

「あぁ、あれはね……」


 修は汐莉が知りたがっていることを身振りを交えながら解説してあげた。

 修が入部してからも、汐莉は先輩との関係を良くしたいという思いから、まずは先輩に訊くということを行っている。

 しかし今回のようにあしらわれたり、雑に教えられるといったことの方が多い。


 汐莉のガッツは見事なものだが、こうも毎回悲しそうな顔を見せられると修も辛くなってくる。

 修はできるだけ優しく丁寧に教えてあげた。


 汐莉は「ありがとう!」と笑い、水分補給をしに晶達の方へと向かった。

 そして先程のメンバーに灯湖、汐莉も交えて会話も盛り上がっている。


(やっぱり、仲が悪いわけではないんだよなぁ……)


 練習の雰囲気はそこまで悪くない。

 開始前や休憩中もだいたいこのように和気あいあいとしている。


 だがやはり三年は下級生に対してほとんど指導やアドバイスをしていない。

 そのギャップがより違和感を増長させる。


「最近宮井が上達していってるのはあんたのおかげみたいね」


 突然声をかけられて修はビクッとした。

 そちらを見るとかなり背の低い少女がペットボトルを右手に立っていた。


「……市ノ瀬先輩も教えてあげればどんどん上手くなりますよ」

「……私は人にものを教える資格なんてないのよ」


 三年の市ノ瀬いちのせ なぎ

 身長は150㎝程と低いが、いつも厳しい目つきであまり笑わないため、近寄り難い雰囲気を纏っている。

 しかしぶっきらぼうではあるが、今のように話しかけてくれるので、実際は思っているような人ではないのかもしれないが。


「資格? どういうことですか?」

「あんたが教えてあげれば充分ってことよ」


 凪の言葉に修は疑問を投げ掛けたが、まったく答えになっていない言葉が返ってきた。

 凪がペットボトルを傾け二度喉を鳴らす。と同時にタイマーから休憩時間終了のブザーが鳴った。


「じゃあ次はハーフコートの三対三、行くぞ!」


 灯湖の言葉を合図に部員達はコートに出ていった。


 修がマネージャーとして栄城高校女子バスケ部に入部してから今日で五日目。

 修はまだまだこの部の部員を測りかねていた。

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