第38話
翌日。
修は余裕を持って起床し、準備を済ませて食卓で朝食をとっていた。
祖母である明子も向かいに座っている。
「土曜の朝に修が起きてるなんて、こっちに来てから初めてじゃないかしら」
「そうだね、初めてだ」
修は温かい味噌汁をすすりつつ、にこやかに笑う明子に微笑み返す。
明子の作る野菜たっぷりの味噌汁は栄養面を考えられているのはもちろん、野菜の
「部活は楽しいかい?」
「うん、楽しいよ。まだ一週間も経ってないから、先輩たちには馴染めてないけど」
「修ならすぐに溶け込めるよ」
昔から明子は修に対する評価が高い。小学生の頃から機会があれば人に自慢の孫だと修を紹介していた。
その期待がたまにプレッシャーになることがあったが、基本的には嬉しくて、それが修の自信に繋がることもあった。
(最近は心配ばかりさせてたからな……)
汐莉にバスケ部に入ると告げた日の夜、明子にも同じ事を話した。
その時の明子は驚いた顔をしてから目を伏せて、しかしすぐに「そうなんだね。一生懸命やりなさい」と言ってくれた。
その目は少し潤んでいるようにも見えた。
自分はこんなにも明子を心配させていたのかと改めて気付き、修も思わず泣きそうになったがなんとかこらえたのだった。
あの頃のように、自慢できる孫にもどりたい。そんな気持ちが修の心に芽生えていた。
朝食を終えて少し休憩をした後、鞄を持って椅子から立ち上がる。
「じゃあ行ってくるよ」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
洗い物をする明子に声をかけて玄関から外に出る。
気温はまだ比較的高くないが、太陽がだんだんとアスファルトを焦がして行くのを感じ、修は少し顔をしかめた。
(暑くなりそうだな……)
今日は6月30日。もう夏がやってくる。
自転車を走らせて栄城高校の付近までやってくると、校門前に制服姿の汐莉がいるのが見えた。
栄城は校則で部活動時の登下校も制服と決まっている。大会時は別らしいが、今回のように他校へ行く際もジャージや練習着は許されておらず制服だ。
汐莉も修の姿に気づいて元気よく手を振ってきた。
修は気持ち少しスピードをあげる。
「おはよう!」
「おはよう!早いな」
「この時間ならゆっくり漕いでも余裕で間に合うよ。行こう」
朝の挨拶を交わしてすぐに出発した。
二人はゆっくりとしたペースで歩道を並んで走る。
「朝ごはん食べてきた?」
「食べてきたよ。ばあちゃんが作った朝定食」
「いいなぁ。うちのお母さん、土日の朝はだらだらしてるから作ってくれなくて」
「じゃあ今日は朝食抜き?」
「ううん、自分で作ったのを食べてきたよ」
「へぇ、宮井さん、自分で料理するんだ。すごいな」
「料理って言っても、卵とハムを焼いて、食パンをトースターにかけるだけだから誰でもできるよ」
汐莉は照れ臭そうに笑う。
それを見て修の頭に料理をする汐莉が浮かび上がった。
脳内の汐莉はエプロン姿がすごく似合っていて、家庭的な雰囲気があってとても
(って何を妄想してんだ俺は!)
修は無意識的にニヤついてしまっている自分に気付き、慌てて頭を激しく振って妄想を振り払う。
「どうしたの?」
「な、なんでもない!」
不思議そうに修を見る汐莉を、できるだけ見ないようにしながら返事をする。
なぜいきなりそんなイメージが浮かび上がったのか、修は自分でも理解できず困惑してしまった。
何やらとても悪いことをした気になってしまったので、違う話題で誤魔化そうと考える。
「そういえば、笹西の人たちってどんな感じなの?」
「すごく良い人たちばっかりだよ。キャプテンがすごく明るくて元気な人で、副キャプテンはしっかりしてる感じかな。後の五人は一年生なんだけど、皆優しくて、一年生大会もすごく楽しかった!」
一年生大会という言葉を聞いて修の顔が曇った。
あの時は自分のせいで汐莉は一試合ほとんど参加できなかった。
「あの時は、ほんとにごめん。俺のせいで試合にも遅れたし、いっぱい謝らせた」
「えっ?」
修が突然暗い声を出したので汐莉は驚いたようだ。
「ううん、気にしないで。あの時試合に向かわなかったのは自分の意思だから。それに、どのみちメンバーの中で一番下手なの私だったし、出場時間はそんなに変わらないよ。二試合目はしっかり参加できたしね!」
「だから気にしないで!」と汐莉は重ねて言った。
あまりうじうじした姿を見せるのは汐莉にとっても不快だろうと思い、修も気持ちを切り替える。
「ありがとう」
すると眼前の信号が赤に変わったので、二人はブレーキをかけ横断歩道の手前で止まった。
「そう言えばこの前の合同練習のとき、川畑先生ボール持ってくるの忘れちゃってたんだ。しっかりしてるんだけど、意外と抜けてるとこあるんだよね。そこが親しみやすくて良いんだけど。今日はちゃんと持ってきてくれるかなぁ」
ボール等の道具は川畑が前日に車に積み、笹西に運んでくれるというのは昨日聞いていた。
確かに川畑は頼りになりそうな雰囲気だから、忘れ物をするなんて修にとっても意外だった。
川畑について意外と言えば、修にはもう一つ気になっていることがあった。
「なぁ、川畑先生ってバスケ部の現状をどう思ってるんだ? 何か働きかけたりしてくれてるの?」
「うん……それが、川畑先生って基本的に部活のことに口出ししないんだよね。未経験者だから指導できないのはしょうがないと思うんだけど……」
「現状に気付いてないのか……それとも問題だと認識していないのか……」
確かに栄城女子バスケ部は練習も真面目にやっているし、雰囲気自体も悪くない。
修が感じている違和感を川畑は感じ取っていないのかもしれない。
そうでなければ、修の異変に気付き、親身になって助けてくれたあの川畑が、女子バスケ部の問題をわざと放置するとは思えなかった。
「青だよ」
汐莉の言葉に現実に引き戻され、自転車を発進させる。
「一回川畑先生とも話してみた方が良さそうだな」
「うーん、そうかも」
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