第31話

 修は汐莉と共に体育館を目指して走った。

 汐莉が言うには試合はもう既に始まっているらしい。


 修がうなだれている間に汐莉は優理と連絡を取り合っていたのだ。

 恐らく時間的にもう後半、最悪第四ピリオドまでいっているかもしれない。


 修もそんなに長い時間あのベンチにいたとは思っておらず驚いた。

 そして自分に付き合ったせいで試合に遅れさせてしまったことを、修は申し訳なく思い謝罪した。


 しかし汐莉は笑って「大丈夫だよ」と言っただけだった。


 体育館に到着した。汐莉はエントランスでバッシュに、修は体育館シューズに履き替える。


「膝は大丈夫?」

「言ったろ。軽く走るくらいなら心配いらない。それよりも」


 修を気遣う汐莉を促してコートに向かう。

 この市立体育館はコートサイドに通路があるため、手前のコートを経由しなくても女子の試合をやっている奥側のコートに入れるようになっていた。


 人通りもある上にそれほど広くもない通路を足早に進み、コートサイドの扉の前までたどり着く。

 ここを開けた先で栄城と笹岡西の合同チームが試合を行っている。


「それじゃ永瀬くん……。しっかり見ててね」

「……ああ」


 汐莉が扉を開き中に足を踏み入れる。

 緊張の面持ちで修も後に続いた。


 汐莉は駆け足で自チームのベンチに向かった。

 修は入った扉のすぐ脇の、通行の邪魔にならない場所に立って汐莉の様子を伺う。


 ベンチに生徒は二人しか座っていないが、その内の一人は優理だ。

 恐らく笹岡西の生徒であろう生徒に頭を下げ、優理と少し言葉を交わした後、ベンチのテーブルオフィシャル(両チームベンチの間にある、タイマー操作やスコア記入を行うスペース。高校の試合は普通他のチームの生徒がオフィシャルスタッフとなる)に一番近い場所に座る男女の元に走り寄る。


 あの位置に座るのは普通は監督やコーチポジションなので、恐らく栄城と笹岡西それぞれの顧問だろう。


 汐莉は二人に向かって深々と頭を下げた。

 試合に遅れたことを謝罪しているのだろう。


 修は汐莉にそんなことをさせてしまったことに胸中で謝罪した。


 顧問らと少し話したあと、汐莉はベンチサイドの広いスペースに移動しウォーミングアップを始めた。

 恐らくどこかのタイミングでメンバーチェンジするはずだ。


 修はそのままスコアボードに目線をスライドさせた。

 44-48。ロースコアだ。栄城笹岡西合同チームが負けている。

 得点のチーム名が書かれた黒板部分の間には4の数字がある。


(言っていた通り第四ピリオドまでいってるみたいだな……)


 タイマーを見ると9分を切ったところ。

 どうやら第四ピリオドが始まったばかりのようだ。


 今の試合状況はだいたい把握できた。

 汐莉はこの短い出場時間で3Pを三連続で決めなければならない。


 ――自分が『できる』と思いさえすれば、不可能も可能になるんだってことを永瀬くんに見せてあげる!


 修は汐莉の言葉を思い出す。

 あんな約束をしてくるくらいだ、汐莉は相当自信があるのだろうか。


 しかし先程汐莉に答えたように、汐莉が条件を達成するのは現実的に不可能だろうと修は考えている。


(けど何故だろう……。不思議と、宮井さんならやってのけるんじゃないか……。そんな期待さえ抱かせる)


 手をさしのべてきた汐莉の表情が浮かんでくる。

 あの顔は自信に満ち溢れた、といったものではなかった。


(あれは……覚悟を決めたって感じの顔だった)


 その時けたたましいホイッスルの音が鳴り響いた。相手チームのファウルでタイマーが止まる。

 審判はテーブルオフィシャルにファウルの種類とナンバーを告げた後、再びホイッスルを吹いた。


「タイムアウト!」


 タイムアウトとは特定のタイミングで各チームが申請できる小休止だ。前半に二回、後半に三回とることができる。


 メンバーがそれぞれ自チームのベンチに戻る。

 合同チームのメンバーは汐莉が来ていることに気付き、驚いた表情や心配そうな表情をしていた。


 汐莉はそんな皆に対してまた頭を下げていた。

 そして顧問が二言三言話して少し経った後、タイマーのブザーが鳴り続いて審判がホイッスルを吹く。タイムアウト終了だ。


 それまで試合に出ていた内の二人がベンチに下がり、替わって汐莉と優理がコートに入る。


 修が汐莉の後ろ姿を見つめていると、汐莉は修の方へ振り返り、合図するようにこくんと頷いた。

 修はその表情を見て鳥肌がたった。


 今まで真剣な表情というのは何度か見たことがあった。

 だが今の汐莉はそれ以上の何かを感じさせる、強い目をしていた。


(あれが、集中した宮井さんの目……)


 修はごくりと唾を飲み込んだ。

 試合に出るわけではない修さえも、緊張感が上がっていく。


 もはや修は汐莉との約束のことを考える余裕はなかった。

 ただ、汐莉がどんな姿を見せてくれるのか。それだけが修の脳を支配していた。


 審判がスローインを行う選手にボールを手渡す。

 いよいよリスタートだ。


 汐莉は修のせいで試合前のウォーミングアップもシュート練習もろくにできていない。

 ただでさえ経験値も低いのに、今の状態では良いパフォーマンスは発揮できないだろう。


 まずは体を温めつつパス回しに参加してボールの感触を掴んでいきたいところだ。


 修がそう考えていたところ、早速汐莉のファーストタッチの瞬間が訪れた。


 トップの位置でボールを持った優理が左45度の3Pラインの外にいる汐莉にパスを出した。

 そのパスを受け取った汐莉は膝を曲げてゴールの方を向いた。


 次の瞬間、汐莉はシュートフォームを作り跳び上がっていた。


(嘘だろ!?)


 修は面食らいながらも弧を描きながら飛んでいくボールを目で追った。


 ゴールにみるみる近付いていくボールは、リングの出前上部に当たって大きく跳ね上がり、そのままネットを揺らした。


 なんといきなり3Pシュート成功だ。これで1/3。


 優理や他のチームメイトとハイタッチを交わす汐莉を、修は口を半開きにして見つめていた。


(確かに相手のディフェンスは油断してた……。終盤のこのタイミングで途中出場してきたんだから無理もない。けど、だからっていきなり撃つか!?)


 修は汐莉の大胆さに感嘆した。

 しかも紙一重だったとは言えきっちり決めていることも素晴らしい。


(一週間前は一本も入らなかったのに……)


 だが、まだまぐれの可能性もある。

 しかも、替わりバナいきなり3Pを決めてしまえば相手に対するインパクトは絶大だ。

 これ以降相手ディフェンスは汐莉を「シューター」だと判断し、3Pを警戒してロングレンジでも間合いを詰めて守ってくるだろう。


 案の定汐莉をマークしている選手は、まず3Pライン付近では汐莉にボールを持たせないように守った。

 そしてたまに汐莉にボールが回ることがあっても、シュートを撃たせないようにプレッシャーをかける。


(これじゃ自力でシュートに持っていくのは難しいぞ……。どうする?)

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